第9話 ダンジョンが生まれた理由

 神を名乗る少女とともに俺達は駄菓子屋を後にした。

 すると間もなく、周囲に微かな地響きが起きた。


 見れば駄菓子屋の土台から大量の人間の足が生えて店全体を持ち上げていた。

 唖然とする俺をよそに、駄菓子屋はドシンドシンと音を立ててどこかへと去って行った。

 少女が言った。


「ここは広いからね。店を決まった場所に置いちゃうと不便になるから定期的にああやって移動してもらっているんだ」


「へえ……」


 何も無かったはずの場所にいきなり店が現れたのはああいうカラクリだったらしい。

 というか足が生えたという事はあの店自体が一つの生き物だったんだろうか。


 俺は少し――いやかなり気になったが、ただでさえ脳味噌がパンク状態なのでそれ以上深く考えない事にした。


「さて。君にはこの世界に慣れてもらうためにもう少し歩いてもらう予定だったけど、その様子ならもう問題なさそうだね。折角だしここで話をしようか」


 少女は指をパチンと鳴らした。

 すると地面の岩が二つ盛り上がり、椅子に丁度いいくらいの高さになった。


 少女はその岩に腰かけると先程買ったあんこ玉を口の中へ一つ放り込む。

 そしてお菓子の甘さに顔をほころばせ、足をパタパタさせた。


 その様子はただの子供にしか見えないが、本当にただの子供なら岩を隆起させるなんて芸当はできない。

 神様かどうかはともかくこの子に特殊な力があるのは本当のようだ、と俺は思った。


「どうしたんだい? 君も座っておくれよ」


「あ、ああ……」


 少女に促されて俺はもう一方の岩に腰かけた。

 それから物欲しそうに俺を見上げるゴエモンの前に串を外した串カツを置いてやる。

 自分では絶対食べないからと約束して老婆に再度売ってもらったのだ。


 上機嫌でカツを食べ始めるゴエモンを眺めてから俺は尋ねた。


「それで君は……じゃなかった、あなたは本当に神様なんですか?」


「うん、そうだよ。でも敬語は必要ないかな。堅苦しいのは私も苦手だからね」


「ならタメ口にさせてもらうけど……神様が俺に何の用なんだ? てか、まさかとは思うけど俺をここへ連れてくるためにあんな大騒動を起こしたのか?」


 大騒動というのは言うまでもなく現実世界にダンジョンが大量発生した件である。

 だが少女は次のあんこ玉を口元へ運びながら首を横に振った。


「いや逆だよ。私はあれを解決するために君を呼んだんだ。君には『神殺し』の手伝いをしてもらいたいのさ」


「神殺し……?」 


「そうさ。まあ神殺しと言っても本当に殺す訳じゃない。殴って気絶させる程度でいいんだけどね」


 俺は困惑した。

 神というのはこの少女自身の事だろう。

 それを殴って気絶させろとは一体どういう意味なのか。


 すると少女は俺の顔を見てこちらの考えを察したらしい。

 眉をハの字にして笑いながら手を振った。


「ごめんごめん、言葉が足りなかったね。私が殴りたいのは私じゃない。別の神さ」


「君以外にも神様がいるのか」


「そうだよ。神様は私以外にも色んなのが大勢いるんだ。ほら君も聞いた事ないかな、八百万の神々って」


「それはまあ言葉くらいは」


「この世界に存在する事柄や概念の数だけそれを司る神も存在しているんだ。そして君も巻き込まれたダンジョン騒動を引き起こした犯人は、そんな大勢の神々の内のとある一柱でね。そいつが黄泉の国の中枢で暴れたために理(ことわり)が破壊されたのが原因なんだよ」


「理?」


「ああ。理が壊れた事で常世――黄泉の国が不安定になり、一部が現世に顕現してしまったのが今起きている騒動なのさ」


 少女は肩をすくめる。

 そして最後のあんこ玉を飲み込むと話を続けた。


「理さえ修復できれば全てが元に戻る。でも問題の神が未だ中枢で暴れ続けていてね。だからこの事態を治めるには、まず暴走している問題の神を叩きのめさないといけないのさ」


 黄泉の国の中枢部とか理を修復とか、その辺については俺には良くわからなかった。

 とりあえず理解できたのは、問題の神とやらを倒せば解決するらしい、という事だけ。

 ただ、それはそれとして気になった事がある。


「その神は何故こんな事をしでかしたんだ?」


 少女の言い方から察するに、今起きている事は神にとっても前代未聞の所業なのだろう。

 その動機は一体何だったのか。


 しかし少女は興味なさそうに首を傾げた。


「さあ? 聞いた話では数日前に別の神と喧嘩をしてずっと苛立っていたらしいし、何かの弾みで癇癪でも起こしたんじゃないかな」


「は? そんなことで?」


「神なんて皆そんなものだよ」


 少女は俺の反応を見て楽しげに笑った。

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