第10話 神殺しの素質

 これで一応このダンジョン――もとい、黄泉の国が出現した原因と解決方法が明らかになった。

 ただ、俺には全く実感が湧かなかった。


 ここへ放り込まれてから常識外れな事ばかり起きていたが、神を倒せというのはさらに一段どころではなく話のスケールが桁違いすぎる。

 そして何より納得のいかない事があった。


「でも何で俺なんだ? 俺なんかより優秀な人なんていくらでもいるはずだろ?」


 俺は尋ねた。

 別に卑下した訳ではないし怖気づいた訳でもない。

 単に疑問だったのだ。

 すると少女は言った。


「いや、君が選ばれた偶然だよ」


「そうなのか?」


「ああ。別に君一人だけに白羽の矢を立てていたのではないからね。私が連れて来させた候補者達の中で君だけがたまたま脱落せず私の元へ辿り着いた。それだけの話さ」


「候補者達って……じゃあ俺以外にもここへ来た人がいたのか?」


「そうだよ。申し訳ないとは思ったけど非常事態だったからね。今回の件の解決に役立つ素質のありそうな人間を私の権能で手当たり次第にこちらの世界へ引き込ませてもらったんだ。お陰で現世でもそれなりの騒ぎになっちゃったようだけどね」


「あ……」


 行方不明者多数。

 そんな見出しがニュースサイトに躍っていたのを俺は思い出した。


 つまり、現世におけるダンジョンがの出現自体は問題の神が原因だが、世界中で大量の行方不明者が発生したのはこの少女の仕業という事らしい。

 そういえばこの少女は椅子を用意するために岩を隆起させてみせた。

 押入れのダンジョンの入り口が俺に迫ってきたのもこの少女の力だったのかもしれない。


「俺以外の人はどうなったんだ?」


「心配いらないよ。脱落した人間達には安全な場所で眠ってもらっている。君にとってのゴエモンちゃんのように、案内役として差し向けた縁の深い霊魂をそれぞれ護衛として付き添わせてね。だから余程の事態にならない限り気にする必要は無いし、全てが終わったらちゃんと元の場所へ返してあげるつもりさ」


 名前を言われたゴエモンが顔を上げ、呼んだか? と少女に首を傾げる。

 少女は岩の椅子から飛び降りるとゴエモンの全身をわしゃわしゃと撫で回した。

 ゴエモンは構ってもらえて嬉しいらしく箱の身体でゴロンとひっくり返る。


「そういえば、ゴエモンは何故こんなミミックみたいな姿になってるんだ? これも君がやったのか?」


「そうだよ」


「なんでそんな事を」


「理由としては大きく分けて三つかな。……一応確認するけど、君はこの子が既に亡くなっているのは理解しているよね?」


「……それはまあ。俺が腕に抱いて看取ったし、墓だって作ったから」


 その時の記憶は今でもはっきりと覚えている。

 だからこそ、押入れにいたミミックがゴエモンだと気付いた時は驚いたのだ。

 少女はゴエモンを撫でながら言った。


「死んで肉体を失った存在というのは要するに幽霊だからね。幽霊のままでは君たち現世の人間は存在を認識できないんだ。だから案内役にするためには仮の肉体を与えてやる必要があった。それが理由の一つ目さ」


「元と同じ姿にはしてやれなかったのか?」


「やろうと思えばできたよ。でもそれじゃ都合が悪かったんだ」


「都合が悪かった?」


「さっきも少し触れたけど、君達の案内と同時に護衛もやってもらうためさ。それが二つ目の理由。君もここまでの道中で小鬼に遭遇しなかったかい?」


「そういえば……」


 俺はゴブリン――小鬼共の群れに遭遇した時のことを思い出していた。

 今のゴエモンの固い箱の身体と鋭い牙があったから難なく撃退できたが、そうでなければどうなっていたかわからない。

 このミミックの姿は強化スーツみたいなものなのか。


「それで最後の一つは?」


 俺は理由の三つ目について尋ねた。

 すると少女はゴエモンを撫でる手を止め、俺を見上げて言った。


「三つめは試験の一環だね。私が期待する素質があるかを確かめたかったんだ」


 素質。

 そういえば先程もこの少女は、解決するための素質のありそうな人間を引き込んだ、と言っていた。


「素質というのは問題の神を倒すのに必要な素質って事か?」


「その通り。ここまで来た君ならわかってると思うけど、ここは現世での常識なんてまるで通用しない奇妙奇天烈な世界だからね。どんな事が起きてもそれを現実として冷静に受け止められる人間が欲しかったんだ。事ある毎に気絶とかされちゃ神を倒す以前の問題だからね」


「なるほど」


 納得できたような、そうでもないような。

 俺は曖昧に頷いた。


 確かに、何かがあっても取り乱さない人間が欲しいという考えは理解できる。

 しかしそれはあくまで大前提だろう。


 この少女がやろうとしているのは神殺しなのだ。

 しかも聞いた限りでは、相手は大勢の神々が束になっても手を焼くような存在。

 そんな戦いに俺一人が増えたところで役に立つんだろうか。


 俺はそんな不安を覚えた。

 だが、少女は俺がそう考えるのを予想していたらしく安心させるように言った。


「大丈夫だよ。別に私は君に問題の神と正面から殴り合わせようなんて思ってないからね。君には私の計画の手伝いをしてもらいたいんだよ」


「手伝い?」


「そうさ。具体的にはね――」


 少女は神を倒すための作戦を話した。

 これまで散々驚いてきたのでもう何があっても驚かないだろうと思っていたのに、俺はその案を聞いて思わずあんぐりと口を開けた。



 ※ ※ ※



“金沢、今いいか?”


“どうした?”


“実はちょっと聞きたい事があるんだ”


“まかせろ。わからなければこっちで調べるから何でも聞いてくれ”


“助かる。じゃあ質問だけど……配信のやり方ってわかる?”


“は?”

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