第11話 初めてのダンジョン配信
和希とゴエモン、そして神の少女が岩に座って話をしている間にも、現世の状況は刻一刻と悪化の一途を辿っていた。
各地に出現したダンジョンによる混乱や被害は収まる様子を見せず、それどころか新たなダンジョン発生のニュースが相次いで報道される。
各国政府や現地の人々は対応に追われたが、そもそもダンジョンの正体すら掴めていないのだ。
活路の見えない状況に神経も体力もすり減らし、次第に人々の顔には絶望感が色濃く浮かぶようになってきていた。
ただし、それはあくまでダンジョンが出現した地域の関係者の話。
まだ直接的な影響の無い地域では普段と変わりない日常が流れていた。
もちろんダンジョンに関する被害については各メディアで大々的に報じられているので多少の焦燥感はある。
しかしやはり現実味のない話だし、自分は直接不利益を被っていない。
大変だなあとニュースを眺めながらも所詮は対岸の火事なのだ。
そしてそんな折、某大手ライブ配信サイトで一本の個人配信が始まった。
配信者のユーザー名は『カズ』。
登録したばかりのようで過去の配信履歴は無し。
この時はダンジョン騒動のに乗っかろうと有名無名に限らず大勢の配信者が配信を行っていた。
だから無名の新規ユーザーが配信をしたところで本来なら誰にも見向きもされず沈むだけのはずだった。
だがこの新参者の配信のタイトルは、今の状況下では多分に人目を引く物だった。
【神降臨】ダンジョン配信【世界救うよ!】
「……なんだこりゃ?」
暇潰しを探していたあるリスナーがそれを偶然見つけ、どうせ下らない釣りだろうと思いつつ冷やかし半分に視聴を開始した。
その配信には既に数名の視聴者が付いていた。
そして画面には配信者らしい二人組が映っていた。
『ねえねえ、これってもう始まってるの?』
『ああ、教わった通りにやったからこれで良いはずだけど……』
何とも奇妙な配信者達だった。
一人はひょっとこの面を付けた恐らく若い男。
そしてもう一人は大きな鹿の角みたいな頭飾りを付けた、赤い着物姿の小さな女の子。
背後にはゴテゴテした岩の壁が映っている。
洞窟のように見えるが、まさか本当にダンジョンから配信しているのか。
二人は画面を覗き込みながらああでもないこうでもないと話し合っている。
どうやら配信自体が初めてらしく、既に配信が始まっているのはもちろんリスナー達に見られている事さえ分かっていないようだ。
その様子をもどかしく感じたのか、リスナーの一人がコメントを付けた。
“ちゃんと配信できてるよ。声も聞こえてる”
それを見て少女がわっと歓声を上げた。
『あ、コメント付いた!』
『じゃあちゃんと配信出来てたのか。良かった』
ひょっとこが安堵した様子で肩を落とす。
二人の反応を見て他のリスナー達も気軽に発言して大丈夫だと判断したらしい。
ポンポンポン、と堰を切ったようにいくつもコメントが並んだ。
“なんで男の方お面してるの”
“洞窟の中で撮影してるっぽいけどそこどこ?”
“この配信なにするの”
“ツノっ娘かわいい”
『お、なんか沢山コメントが付いたね』
少女がまた画面を覗き込んで嬉しそうに言う。
ひょっとこも頷き、それから首を傾げながら言った。
『俺達やここについての質問が多いみたいだし、まずその辺を答えればいいのかな』
『そうだね、じゃあまずは自己紹介しようか。私は神だよ。そしてこの人は『カズ』。お面は私が貸してあげたんだ。別に恥ずかしがることもないだろうに、配信で顔を見せたくないって言うものだから』
“カミちゃんとカズか”
“神降臨ってカミちゃんの事なの”
“男の方がメイン配信者か”
“かわいい”
どうやらリスナーには男が多いらしく少女に対する好意的なコメントが並ぶ。
そんな中で一つ配信自体に対する質問が投下された。
“それでこの配信何なの? タイトルすげえ気になったんだけど”
『配信の内容はタイトル通りだよ。私達は今、世間を騒がせているダンジョンの中から配信しているのさ』
“え”
“はあ?”
『私達は今からダンジョンの奥へ進んで今回の騒動を引き起こした犯人を懲らしめに行く。君達リスナー諸君にはそれを見て応援して欲しいんだ』
少女の言葉にそれまで書き込まれていたコメントがピタリと止んだ。
そして少しの間が空いた後、それまでと違う空気のコメントが並び始めた。
“犠牲者も出てる状況でそういう冗談はちょっと……”
“不謹慎じゃね?”
“さすがにこれは駄目だわ”
“今すぐ配信止めろ。さもないと通報する”
一転して批判的な内容ばかりである。
現在進行形で起きている災害を揶揄しているとしか思えない内容なのだからリスナーの反応は当然と言えば当然だった。
『なあ、やっぱり無理があったんじゃないか?』
ひょっとこが狼狽える。
しかし少女の方は動じるどころか逆にリスナーたちに笑いかけてみせた。
『怒るのは分からないでもないけど、これは大真面目な配信だよ。私たちは本当にダンジョンの中にいて、親玉の正体も倒し方もわかってる。君達はその貴重な目撃者になれるんだ』
“まだそんなこと言ってるのかよ”
“いい加減にしろ”
“お前みたいなメスガキがそんなんやれるわけないだろ”
『おや、言っておくけど私はガキじゃないよ? さっき言った通り神様さ。批判するより崇めた方が後利益があると思うけどねえ』
“カミって神かよ”
“そういう設定語りは今いらない”
“もう通報してくるわ”
“神って言うなら証拠見せてみろよ”
少女が悪びれる様子も見せないのでコメント欄はさらに荒れていく。
ひょっとこがお面の上からでも顔面蒼白になっているのが分かる程オロオロしていた。
しかし少女の方は非難自体は気にする様子もなく考え顔で言う。
『うーん、つまり子供の姿だと信用できないのかな。それなら仕方ない、面倒だけど証拠を示そうか』
“証拠?”
『そうさ。……人には成しえない神の御業、ほんの少しだけ御覧に入れて差し上げようじゃないか』
少女はそう言って悪戯っぽく笑った。
するとその途端、少女の身体が仄かに光を放ち始めた。
同時に少女の身体がみるみる成長し、あっという間に大人の女性の姿に変わってしまった。
ただし服はほぼ子供のサイズのまま。
そのため大きく膨らんだ胸元は今にも零れ落ちそうだし、下半身もミニスカートみたいになって真っ白な太ももが露わになってしまっている。。
“え、何これ。動画に何か仕掛けてたの?”
“いやこのサイト生配信専用だから映像に細工とか無理だぞ”
“じゃあこれ本物?”
“もどして”
コメント欄が困惑で溢れた。
横のひょっとこも何故か驚いている。
それらの反応を見て少女、いや女は満足そうに頷いた。
『さあ、これで分かっただろう? 私が本物の神だと認めるかい?』
女はドヤ顔で画面を覗き込んだ。
前屈みになった拍子にたわわな膨らみがたゆんと揺れる。
それを見てリスナーの大半が途端に手の平を返した。
“これは神”
“認めますあなたが神です”
“でっっっっっっ!!”
“(゚∀゚)o彡゜”
“ありがたやありがたや……”
“もどして”
『……なにこの状況』
ひょっとこが呟いたが誰も聞いていなかった。
そしてリスナー達が落ち着くと女は言った。
『わかればよろしい。それじゃ一度配信切るね』
“え?何で?”
“神よ、我らを見捨てるのですか!?”
“待って。本当にダンジョンの事知ってるなら真面目に教えて欲しいんだけど”
“もどして”
『今回はお試しの配信だったからね。やり方も大体わかったし、準備を整えたら一時間後くらいに本格的に配信を始めるよ。その時にこのダンジョンについても話してあげる。だから君達、それまでに友人知人誰でもいいからこの配信の宣伝をしておくれ。大勢に見てもらえたほうが私もやる気が出るからね』
“わかった”
“りょ”
“宣伝しまくるわ”
同意のコメントがずらりと並ぶ。
そんな中に一つ、不安そうなコメントがあった。
“私、被災地から見てたんだけど……本当にこの状況解決できるの?”
『任せなさい。信じる者は救われるって言うだろう? 私の名に懸けて君達を必ず助けてみせる。だからもう少しだけ頑張って欲しい。……それじゃ皆、宣伝頼んだよ』
女はそう答えて手を振った。
そして配信は終了した。
※ ※ ※
その後は大騒ぎだった。
何しろ、鬱屈した状況下に突然希望が降って湧いたのだ。
配信を見た人々は半信半疑ながらも各々のコミュニティの仲間に自分が見た出来事を伝えた。
もちろん証拠として配信のアーカイブのアドレスと一緒に。
平時なら大抵の人間はネットに降臨した神など胡散臭すぎて信じないだろう。
だが、ダンジョンなんて物が出現している時点で今は平時ではないのだ。
アーカイブを見た人々もその映像を信じ、その僅かな希望にすがり付いた。
そして別のコミュニティに話を持って行き、そのコミュニティの人々も同じようにまた別のコミュニティに神の存在を布教する。
神を名乗る少女の配信の噂は爆発的に広まっていった。
それに比例して人々の期待と不安もまた膨れ上がっていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます