第12話 配信の目的

 配信を終えると女は再び仄かな光に包まれた。

 先程とは反対に身体が縮んで行き、大人の姿から元の幼い少女に戻る。


「いやあ楽しかった。初めてだったけど中々面白い物だね」


 ニコニコしながら携帯を弄ってコメントのログを読み返している。

 俺はひょっとこの面を外しながら溜め息をついた。


「こっちは冷や汗が止まらなかったよ。てか、ゴエモンや岩だけじゃなく自分の姿も変えられたのか」


「ああ、なんたって私は神様だからね。時代や嗜好に合わせて形を変えるなんてのはお手のものなのさ。ゴエモンちゃんもお疲れさま。もう起き上がって大丈夫だよ」


「ワンッ!」


 ずっと伏せの姿勢を取っていたゴエモンが返事をする。

 その辺りの岩だとつるつる滑って携帯を良い感じに置けなかったため、箱であるゴエモンを台座代わりにさせてもらっていたのだ。


 しかし、嗜好に合わせて形を変える、か……。

 俺は少女を眺めながら、先程のお姉さん形態(?)をぼんやり思い返した。


 ――あの乳揺れ、凄かったな……。


 すると少女は俺の脳内を見透かしたようにニマニマと笑みを浮かべた。


「おやぁ? ひょっとして君も大人な私の姿が気に入っちゃったのかな?」


「べ、別にそんな事は」


「いいよいいよ誤魔化さなくても。年頃の男の子なんだからむしろ健全でよろしい事さ。……そうだ、今の私は気分が良いし、協力してくれているお礼も兼ねてもっとエッチな姿を見せてあげようか。何ならお触りも許してあげるよ?」


「え……?」


 俺は一瞬返事に迷った。

 だがすぐに我に返ると、頭に湧いた妄想を慌てて振り払う。


 いやいや、冷静になれ。

 どう考えてもこれ、からかわれているだけだろう。


「い、今はふざけてる場合じゃないだろ!」


「何だいノリが悪いなあ。ま、それも若さのうちか。……あ、でも一応言っておくけれど、君にお礼をしたいと考えているのは本当だよ。今回の件が片付いたら君の願いを何でも一つだけ叶えてあげるつもりだから、今の内に考えておいてね」


「何でも?」


「うん、何でも」


 俺はまじまじと少女を見た。

 しかし少女はニコニコするばかりで真意が読めない。

 またからかわれているのか、それとも本当なのか。

 判断が付かなかったので俺は軽く流す事にした。


「まあ期待はしておくよ。それよりさっきの配信だけど、本当にあんなのが神殺しの切り札になるのか?」


 俺は話題を変えた、というか本題に入った。

 すると少女も若干真面目な表情になり、コクリと頷く。


「手応えは感じられたし多分行けると思うよ。あとは視聴者の数さえ増えれば十分有効打になるはずさ」


 少女によると、神々の業界(?)というのは信仰――つまり人気が何より重要なのだそうだ。


 人々から沢山の信仰を集めた神はその分だけ大きな力を行使できるようになる。

 逆に信仰を失い忘れ去られた神は弱体化し、最悪の場合だと存在自体が消滅したり醜い化け物に変容してしまったりする。


 そして肝心なのは、信仰というのは何も宗教的な信仰心だけを指すのではない、という点だった。

 その神に対して向けられるあらゆる感情がその神に対する信仰とみなされる。

 恐れや憎しみといった負の感情も神にとっては他の感情と大差ない糧の一つなのだ。


 現在、問題の神は黄泉の国の中枢を掌握し、いわば黄泉の国と同化した状態になっているらしい。

 つまり、現世に出現したダンジョン――黄泉の国の末端部分も問題の神の一部。

 人々がダンジョンに対して恐怖や怒りを抱けば抱くほど問題の神の力は増し、他の神との力量差が開いていく事になる。


 だから現状のままでは他の神にはほぼ勝ち目はない。

 かといって手をこまねいていれば黄泉の国は現世をさらに侵食し、やがて現世も常世も取り返しがつかなくなってしまう。


 そこで少女が状況打開のために思いついた策が『配信』だった。


 ダンジョンの解説をしながら攻略する様子を配信すれば人々のダンジョンに対する恐れは減り、問題の神の力を弱める事ができる。

 さらに配信によって少女に信仰が集まればこちらは逆に強くなれる。

 まさに一石二鳥の作戦、という事らしい。


「しかし見てくれてたの十数人だけだっただろ? 手応えって言ってもあれだけじゃ焼け石に水じゃないか?」


 ダンジョンの災害は世界規模で起こっているのだ。

 集まる感情は数十億人分だろう。


 それに対して十数人程度の信仰で立ち向かうのはさすがに無謀に思える。

 だが、少女は特に心配してはいないようだった。


「いや十分だと思うよ」


「そうなのか?」


「うん。と言ってもただの勘だけどね」


 その時、メッセージアプリの着信音が鳴った。

 例によって金沢からである。


“おい、今話せるか?”


“大丈夫だよ。配信見てくれたか?”


“見たよ。色々とやばかった……って、それは置いといてさ”


“どうした?”


“お前ら凄いことになってるぞ”


“凄い事?”


 金沢はどこかのサイトのアドレスを何個か貼り付けてきた。

 俺は首を傾げながらそれを開いて――思わず固まった。


 SNS、匿名掲示板、まとめブログ、そして配信サイト……。

 ネットの様々な場所で先程の配信が話題になっていた。


 どうやら少女が変身したシーンの切り抜きが出回ったらしい。

 映像の真偽や少女がダンジョン問題を解決すると宣言した事について、肯定否定様々な意見が飛び交っている。

 先程の配信は予想以上に人々の関心を集めたらしい。


「おー、これがバズるって現象か。お祭りみたいだね」


 横から画面を覗き込みながら、渦中の少女は呑気に笑っていた。

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