第13話 いざ出発

「これで強くなったのか?」


 俺が尋ねると、少女は袖をまくって力こぶを作る仕草をした。

 か細い二の腕がポコッと少しだけ盛り上がる。


「うーん、そこそこだね。あとは本番の配信でどれだけリスナーを集められるかが勝負かな」


「そうか」


 本当に強くなっているのかいまいちピンと来ないが、本人が言うならそうなのだろう。

 俺達はそれから配信をするための準備や段取りの確認をした。


 そうしている内に時は過ぎ、気付けば少女が配信を予告した時刻の数分前。

 俺は少し緊張しながら携帯の時計を確認していた。

 すると少女が思い出したように言った。


「そういえば今の内に伝えておこう。さっき私が渡したお面の事なんだけどさ」


「これがどうかしたのか?」


 俺は丁度被ろうとしていたひょっとこの面を軽く持ち上げた。


 先程の配信の時に被っていた面である。

 いきなり配信をすると言われて尻込みした俺に対し、「顔を晒すのに抵抗があるならこれを被るといいよ」と少女が貸してくれたのだ。


「そうそうそのお面。それには私の加護が掛けてあるんだ」


「加護?」


「おまじないみたいなものさ。それを持っていれば万一の事態になってもある程度は君を守ってくれるはずだ。だから黄泉の国にいる間は手放さないようにしてね」


「そんな凄い物なのか、これ」


「即席で用意した奴だから過度に期待されても困るけどね」


 俺はひょっとこの面をしげしげと眺めた。

 正直ただのお面にしか見えない。

 しかし後利益があるというなら心強い。

 俺はお面を被って言った。


「わかった、大事にさせてもらうよ」


「うん。ではそろそろ配信開始と行こうか」


「ああ」


 俺は頷き、携帯を操作して配信画面を開いた。



 ※ ※ ※



「それじゃ『カズ』、よろしくね」


 少女が俺をユーザー名で呼び、ゴエモンとともに少し離れた位置に立つ。

 対して俺は手にした携帯のカメラを少女達に向けた。

 俺が撮影係で少女とゴエモンが出演者、という役割分担である。


「よし、始めるぞ」


 俺は少女たちに声を掛け、配信開始のボタンを押した。

 画面の表示が『未接続』から『配信中』に切り替わる。

 それと同時にコメント欄に大量のコメントが並び始めた


“始まったか”


“待ってた!”


“神様が配信ってマジ?”


“早くダンジョンなんとかして”


“あれ、女の子縮んでる…”


“横にいる箱みたいのは何だ?”


“災害ダシに注目集めようとするカス共が”


“ひょっとこ映ってないけどどこ行ったの?”


“早くもアンチ生まれてて草”


 どうやら俺達の配信を待ち構えていた人間が大勢いたらしい。

 コメントは日本語だけでなく英語や中国語、さらにはどこの国かわからない言語まで混じっていた。

 その内容は様々だが、目を通す暇もない程の凄い速さで流れていく。

 視聴者数も想像以上の桁数になっていて、しかもさらに増え続ける。


 配信などほとんど見た事のない俺でもこれが異常な状況なのはわかった。

 これがバズるという奴の効果か。

 殺風景な洞窟内にいるはずなのに大量の視線を向けられているような気分になり、俺は思わず周囲を見回した。


「その様子だと客入りは上々みたいだね」


「いや上々ってレベルじゃないよ」


 少女に返事をしながら俺はコメント読み上げアプリを起動した。

 名前の通りコメントを人工音声で自動的に読み上げてくれるというアプリである。

 これを使えば画面を見なくても少女とリスナー間のやり取りできるぞ、と金沢からアドバイスされて入れておいたのだ。


 しかしアプリを起動してみると、携帯からは解読不能な雑音が大音量で流れ出した。

 コメント欄に並ぶ大量のコメントを律儀に読み上げているのか、それともアプリの処理能力が限界でバグってしまったのか。

 どちらにしろこんな雑音を聞き取るのは聖徳太子だって無理だろう。


 少女はその音を聞くとおかしそうに笑った。


「あはは。でもまあ賑やかなのは良い事だね。……さて、やあみんな。私達の配信を見に来てくれてありがとう。短い間だけどお付き合いよろしくね」


 少女がカメラに向かって手を振る。

 するとコメント欄の勢いはさらに加速し、騒音がさらに酷くなる。

 聞くに堪えないので俺は読み上げアプリを切った。


「リスナーとのやり取りは別の手段を探した方が良さそうだな」


「そうだね、とりあえず歩きながら考えよう。ほら、ゴエモンちゃんも行くよ」


「ワンッ!」


 少女が洞窟の奥へと歩き出し、ゴエモンと俺がそれに続く。

 箱が犬みたいに鳴き、しかもぴょんぴょん跳ねながら少女の後を追ったのを見てコメント欄にはどよめきが広がっていた。


「あれはうちの犬だよ。今はちょっとミミックになってるけど」


 俺はリスナー達を落ち着かせようと簡単な説明をした。

 だが余りにも簡単に言い過ぎたらしい。

 リスナー達は納得するどころか却って困惑し、コメント欄はさらに酷いことになってしまった。


「……うわ、どうしようこれ」


 出だしからいきなり前途多難である。

 とにかく、世界を救うためのダンジョン配信はこうして本格的に幕を切ったのだった。

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