第23話 百足

 やがて俺達は富士山のふもとに辿り着いた。

 ずっと走り続けたはずなのだが不思議な事に息切れ一つしていない。

 これも加護の力だろうか。


「ゴエモンは疲れてないか?」


「ワンッ!」


 問い掛けに対しゴエモンは楽しそうにくるくる回る。

 むしろまだまだ走り足りないようだ。

 俺はゴエモンを撫でると山登りを開始した。



 ※ ※ ※



 黄泉の国に飲み込まれた影響なのか、富士山は頂上の雪の部分以外は洞窟と同じ岩肌に変わってしまっていた。

 見るも無残と思わなくもないが、これはこれで歩きやすいし見通しもいい。


 山頂からは今も断続的に雷のような音は聞こえてくるものの、音がするだけで直接的な被害がない為いつしか気にならなくなっていた。

 また、途中で何度かゴブリンの群れに出くわしたりもしたが、左腕で一薙ぎするとすぐに恐れをなして逃げていく。


 そんな訳で山道は思いのほか順調。

 俺達は想定より早く金沢達が避難しているという洞穴の辺りに辿り着いた。


 ただ、見回してもそれらしいものは見当たらない。

 俺は立ち止まり携帯を取り出した。


「ゴエモン、金沢に詳しい位置を聞くからちょっと待っててくれ。……って、ゴエモン、一体どうした?」


「グルルル……」


 先程から妙に大人しいと思ったら、ゴエモンは山頂を見上げて唸り声を上げていた。


「何かあるのか?」


 俺も山頂へ目を向ける。

 そして――驚きのあまり、危うく携帯を落としそうになった。


「は……?」


 そこにいたのはムカデだった。

 富士山の山頂に、巨大な黒いムカデのような何かが巻き付いて這い回っていた。

 ここから目視できるのだから相当な大きさだろう。


 さっきまではあんなのいなかったはずなのに、一体どこから現れたのか。

 というか、あれはまさか……。


「……邪神なのか?」


 状況的にそうとしか思えない。

 あのミイラみたいだった邪神が、どういう訳か巨大なムカデに姿を変えたのだ。


 さらに目を凝らしてみると、山頂付近には他に大勢の人影が見えた。

 連帯を取り、ムカデを取り囲んで戦っているようだ。


 あれが水先の言っていたエマ以外の静観していた神様達なのだろうか。

 ひょっとするとエマもいるのかもしれないと思ったが、俺の目では判別が付かなかった。


 ただ、ムカデは肉眼でもはっきり形がわかるほど巨大なのに対し、神々はどれもゴマ粒ほど。

 恐らく人間と同じくらいの大きさしかない。

 多勢とはいえあの体格差で巨大ムカデに勝てるのだろうか。


 俺は棒立ちになったまま戦況を見つめていた。

 と――不意にムカデが頭をもたげて天を見上げたかと思うと、これまでとは比べられないほどの恐ろしい唸り声を上げた。


「グガアアアァァァ……!」


 それはもはや声ではなく衝撃波だった。

 空気が振動し山全体が揺れ、あちこちに亀裂が走って岩の雪崩が起きる。


 そして、そんな雪崩の内の一つが俺達のほうへ向かってきた。


「なっ!?」


 逃げなければと思ったが、どう考えても間に合わない。

 左腕の力を使ってもこの大量の岩を捌くのは不可能だ。


「くそっ!」


 俺はゴエモンを覆い被さるように抱き締め、ギュッと目を閉じた。

 気休めにすらならないだろうが、せめてゴエモンだけでも助かって欲しい。

 そう思ったのだ。


 そして次の瞬間、岩の雪崩は俺達を飲み込み、轟音と振動が辺りを包んだ。



 ※ ※ ※



 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 気が付くとやがて雪崩は治まり、周囲は静まり返っていた。


 痛みは感じなかった。

 そんなものを感じる暇もなく死んだのかな、と他人事のように考えたが、どうも違うようだった。

 死んだにしては俺の鼻は雪崩で起きた砂煙を煙たく感じているし、ゴエモンを抱き締めている感触もはっきりある。


 ……ひょっとして俺、まだ生きてるのか?


 俺は恐る恐る目を開けた。

 そして、最初に視界に入ってきたものを見て目を丸くした。


「これって……」


 岩の柱だった。

 複数の岩の柱が雪崩から俺達を守るように地面から突き出していた。


「――やれやれ。似た気配を感じたからまさかとは思ったけれど、どうして君達がここにいるんだい?」


 聞き覚えのある声がした。

 呆然としながら見上げると、エマが岩の柱に腰かけてニコリと笑っていた。

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