第24話 逆転の一手
「エマ!」
良かった無事だったのか、と言いかけて俺は言葉を切った。。
エマの姿は無事とは程遠い状態だった。
着物は所々千切れ、泥にまみれている。
手足には痛々しい生傷もあり、左の口端には血を拭った跡まであった。
そして何より、エマは子供の姿をしていた。
戦闘形態である大人の姿を維持できないほど力を失っているのだ。
「ここは危ないよ。やばそうな音は聞こえていただろうに、どうして登ってきたりしたんだい?」
エマは言った。
疲れたような呆れたような、しかしどこか嬉しそうな声だった。
エマも俺達と再会できて嬉しいと思ってくれているようだ。
しかし、山頂の様子を見るに喜び合っている余裕は無い。
俺はムカデを見上げながら質問した。
「あの山頂の奴はやっぱり邪神なのか?」
「そうだよ。君たちとはぐれた後あいつを先に見つけてね。今度こそ殴り飛ばそうと頑張ってたら他の神達が応援に来てくれたんだけど、油断した何柱かが取り込まれてしまった。その結果生まれたのがあの化け物さ」
エマの口ぶりから察するに、ずっと山頂で邪神と戦い続けていたらしい。
ただ、戦況は芳しくないようだった。
エマの姿もそうだし、言動もいつも通りのようでどこか余裕の無さが感じられる。
少し迷ったが俺は尋ねた。
「あの……大丈夫なのか?」
「大丈夫っていうのは、私達が邪神に勝てるかって事?」
「ああ」
俺はおずおずと頷いた。
戦ってくれている本人に対して失礼極まりない質問だろう。
しかしエマは気にする様子もなく、肩をすくめるとあっさり言った。
「本音を言ってしまうとかなり厳しいかな。でも心配はいらないよ。こんなアホみたいな経緯で世界が終わるなんて私も御免だからね。いざとなったら刺し違えてでも止めてみせるさ」
冗談めかした言い方をしてアハハと笑う。
それから話題を先程の質問に戻した。
「それで君達は何故ここにいるんだい? ひょっとして私を探しに来てくれたとか?」
「あ、ああその通りだ。ただそれ以外にも目的があるんだ」
「というと?」
「金沢達を探してるんだ」
「金沢君を?」
「金沢達がこの辺に隠れてるらしいんだ。邪神が近くにいるってわかったから俺達と合流して避難しようって話になったんだけど、正確な場所がわからなくて……」
「なるほどね。ちょっと待ってて」
エマは静かに目を閉じた。
それから数秒ほど黙ったかと思うとパチリと目を開け、右のほうを指差す。
「あっちに大勢の人間の反応がある。多分あれがそうじゃないかな」
「本当か?」
「まあ実際に行って確かめてみる事だね。――さて、そろそろ戻らないと他の神達がもたないな」
エマは山頂に目を向けて立ち上がった。
それから俺たちに笑いかけながら言う。
「それじゃもう私は行くから、君達も早くここから離れてね。その間は出来る限りこちらに攻撃が飛ばないように頑張るから」
「あ、おいエマ!」
慌てて呼び止めるが、エマはデコボコの坂道を素早く跳ねながら登って行ってしまった。
どんどん小さくなるエマを見つめたまま俺はその場から動けなかった。
――いざとなったら刺し違えてでも止めてみせるさ。
冗談のように言っていたが、あの言葉は間違いなく本気だった。
短い間ではあったが一緒に旅をしたのだ。それくらいわかる。
このまま行かせてはいけない、と思った。
しかし、止めたところで意味がない、という考えも同時に浮かんでいた。
先程の雪崩の時に何もできなかったことで、俺は改めて自分の無力さを思い知らされていた。
加護を得て多少マシになったといっても、結局は助けられてばかりの無力な存在なのだ。
水先から受け取った強化薬はあるが、これを使ったところで並の神の力しか得られず、しかも効果は短時間。
それでは仮に山頂へ助太刀に向かったとしても足を引っ張るだけだろう。
今の俺に出来ることは、邪魔にならないよう一刻も早く下山することだけ。
そしてエマ達が勝ってくれるように祈る事くらいなのだ。
「クゥーン……」
ゴエモンが俺を見上げながら悲しそうに鳴いた。
どうやら俺は余程ひどい顔をしていたらしい。
俺は気持ちを切り替えるために軽く息を吐いた。
「よし、それじゃ金沢の所へ行こうか」
ゴエモンを促しエマが教えてくれた方向へ歩き出す。
とにかく今は自分の役割を果たすしかない。
そう思いながら、金沢に一報を入れておこうと携帯を取り出した。
そして、ふと気付いた。
「………」
あるじゃないか、やれる事が。
危険かもしれないし、上手くいくかどうかはかなりの賭けになるだろう。
しかし、それでも試してみるだけの価値はあると思った。
どうせエマ達が負けてしまったらこの世界は終わりなのだから。
“金沢、今からそっちに向かう。定期的に声を上げるから聞こえたら返事をしてくれ”
“わかった”
“あと……少し予定を変更したいんだけど協力してもらえないか”
“何をするんだ?”
“もう一度、配信をやりたいんだ”
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