第22話 富士山へ
「………」
水先の言葉の意味がわかると、俺は頭から血の気が引いていくのを感じた。
実際にエマが邪神の元へ向かったかは定かではない。
ただ本当に山頂に邪神や他の神々がいるというのが事実だとしたら……。
大急ぎで金沢にメッセージを送る。
“雷みたいな音も聞こえたって言ったが、それだけか? 他は何も起きてないか?”
“? それ以外は特に何もないぞ。ただ雷の音はだんだん大きくなってる気はするな。空の様子はわからないが黄泉の国って天気悪いのかね?”
「音がだんだん大きくなってるって……」
まずい、一刻も早くそこを離れたほうがいい。
俺はそうメッセージを送ろうとした。
だがその矢先、地鳴りのような振動音が耳に届いた。
ハッとして音のほうへ目をやると、山頂近くに大きな土煙が上がっている。
愕然としていると金沢からメッセージが届いた。
“揺れた凄い音した”
“怪我人は出てないか?”
“ああ”
“落ち着いて聞いてくれ。お前が聞いた音は多分雷じゃない。邪神と神様達が戦ってる音なんだと思う”
“神様ってエマさんか?”
“わからない。さっき話しただろ、エマ以外の神も事態の収拾に動き出してるらしいって”
エマかもしれないし、そうではないかもしれない。
とにかく、邪神の気配を察した誰かが現在進行形で戦っているのだろう。
そして音が次第に大きくなっているのなら、それは恐らくその戦闘が激化しているということだ。
今以上に酷くなればやがて金沢たちが隠れている所も巻き込まれるかもしれない。
そうなる前に早く移動したほうが良い。
“でも移動するったって子供や老人もいるんだ。外には小鬼もいるだろうしどうすれば”
“大丈夫だ、俺が今からそっちに向かう。だからすぐ動けるように準備しておいてくれ。あと洞穴の場所がわかるようにもっと詳しい情報が欲しい”
“わかった。ちょっと待ってくれ”
間もなく金沢から簡単な説明を添えた写真が何枚か送られてきた。
それらから推察すると洞穴は富士山の中腹にあるらしい。
そして入り口周辺にはまばらに木が生えていて、ふもとの方には大きな川が流れているようだった。
川の写真は俺が今いる三途の川のように見える。
「水先さん、これどこかわかりますか」
川の写真を見せると水先はあっさり答えた。
「こりゃ、ここから少し下流へ進んだ場所だな。そんなに遠くないぞ」
「本当ですか」
「ああ間違いない。……だがちょっと待て。まさかお前さん、これを撮った友達のとこまで行くつもりか?」
「そのつもりです」
俺は頷いた。
水先はじっと俺を見つめた。
「正気か? 確かに今のお前さんにはエマ様の加護がある。だがあの戦いに巻き込まれたらそんなもん何の役にも立たないぞ?」
その意見に同調するように山頂で再び土煙が上がる。
「わかってます。でも行かないと」
この状況で富士山に向かうのがどれほど危険かは十分理解していた。
何しろ邪神には一度会っているのだ。
左腕が伸びる程度では話にならないだろう。
だが、ここで助けに行かなければ一生後悔すると思った。
だから俺としては何が何でも金沢たちの元へ向かうつもりだった。
水先は俺の顔を見て止めても無駄だと察したらしい。
やれやれ、と諦めたように溜め息をつくと、懐から小袋を取り出してこちらに投げて寄こした。
「悪いが僕はガイコツ君たちの警護があるからここを動けないんでね。せめてそれを持っていきな」
「これは?」
開けてみると、柑橘系の匂いがする色鮮やかな丸い玉が数粒。
ただの飴に見えるが一体何だろう。
「僕ら渡し守が神から支給されてる緊急用の薬さ。それを舐めればどんな傷でもすぐ回復するし、短時間だが並みの神くらいの力を出せるようになる」
「そんな凄い物、貰っていいんですか?」
「まだ在庫はあるし構やしないよ。……ただしそれはあくまで万が一のための保険だ。本当に切羽詰まるまでは絶対に使うな」
「どうしてです」
「そいつはこっちの世界の食い物だからさ」
「……なるほど」
黄泉の国の物を口に入れたら現世には戻れなくなる。
現世も常世も関係なくなった今の状況では気にしても仕方ない気もするが、だからといって食べなくていいならそれに越した事は無い。
俺は小袋を仕舞い、お面を付けた。
「余裕があったらエマの事も探してみます。――それじゃ行こうゴエモン」
「ワンッ!」
俺たちは富士山へ向けて駆け出した。
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