第3話 探索開始

「クゥーン……」


 気が付くと、俺は固い地面に倒れていた。

 ゴエモンが心配そうに俺の顔を舐めている。

 俺は起き上がり、ゴエモンの頭――頭と思われる宝箱の蓋の部分――を撫でてやりながら辺りを見回した。


「ここは……そうか、俺達ダンジョンに引きずり込まれたのか」


 そこはいかにも洞窟という感じの、床も壁も天井も岩のトンネルだった。

 光源は無いようだが不思議と明るく、周囲の様子は問題なく確認できる。


 通路は左右と正面の三方向に伸びていた。

 だが三方とも随分奥まで続いているようで、どれを進めば出口へ辿り着けるのか見当も付かない。

 この内のどれかが俺の部屋の押入れに続いていると思うのだが……。


 しかしあれは一体何だったんだろう。

 俺は意識を失う直前の事を思い返していた。


 あの時、ダンジョンの入り口は確かに動いていた。

 見間違いなどではないと思う。

 明確に俺を飲み込もうという意思を感じたが、このダンジョンが生きているとでもいうのだろうか。


 世界各地に突然出現している時点で常識など通用しない存在なのはわかっているつもりだった。

 だがさすがに気味が悪い。

 いずれにせよ、一刻も早くここから脱出するべきだが……。


 そんな事を考えていた時、不意に聞き覚えのある音が鳴った。

 メッセージアプリの着信音だ。

 まさかと思いつつ音の方へ目をやると、足元に携帯電話が落ちていた。


 見たところ携帯は故障した様子もなく、驚いた事に電波もちゃんと届いている。

 そして先程の音はやはりメッセージアプリの着信だったようだ。

 アプリを開くと金沢からの着歴だらけだった。


 メッセージの内容は“どうした?”“返事してくれ”といった俺を心配する物ばかり。

 携帯の時刻からするとどうやら一時間近く気を失っていたらしい。


 こんな場所なのに電波が届いているというのは奇妙に感じたが、使えるのならそれに越したことはない。

 俺は急いで返信した。


“悪い、気絶してて返信できなかった。今ダンジョンの中にいる”


“は?なんで入ってんだよ”


“入りたくて入ったんじゃない。引きずり込まれたんだ”


 俺はダンジョンに飲み込まれた時のことを説明した。

 金沢は驚いていた。そりゃそうだろう。

 俺は質問した。


“外はどうなってる? 少しは落ち着いたか?”


“いやむしろ酷くなってる。テレビ点けてるが被害がどんどん広がってて国もお手上げみたいなこと言ってるし”


 だとすれば多分このままじっとしていても救助は期待できない。

 食料の持ち合わせもないし、動ける間に自力で脱出を試みた方がよさそうだ、と俺は思った。


“とりあえず出口を目指そうと思う。協力してもらえるか”


“もちろん。でも何すればいい?”


“外で何か起きたら知らせてくれ。あと困ったら相談するかもしれない”


“わかった。気を付けろ”


“ああ”


 やり取りを終えると俺は改めて辺りを見回した。

 道は三方向。

 さて、どれを選ぶのが正解か。


「ワンッ!」


「ん? どうしたゴエモン」


 見れば、右側の道でゴエモンが吠えていた。

 俺が顔を向けるとさらに数歩奥へ進んでから振り返り、またワンッと吠える。

 こっちへ来い、と言っているようだ。


「じゃあそっち行ってみるか」


 どうせ碌に手がかりも無いのだ。

 ゴエモンがそっちへ行きたいというなら従ってみよう。

 俺はゴエモンに道案内を任せ、ダンジョンの奥へと進んで行ったのだった。



 ※ ※ ※



 しばらくは同じ景色が続いていた。

 たまに分かれ道があったりしたものの、基本的にはずっと岩壁のトンネル道。

 ゴエモンはといえば相変わらず俺を誘導するように数メートル先をぴょこぴょこ跳ねながら進んでいる。


「おーい、どこまで行くんだ? そっちに出口があるのか?」


 俺は尋ねるが、ゴエモンは当然ながらワンワン鳴くだけで答えてはくれない。

 ただ、どこに鼻があるのかは分からないが時折くんくんと匂いを確認するような仕草をしているし、何かしらの確信を持って行動しているようではあった。


「………」


 そんなゴエモンに目を向けながら、俺は何となく生前のゴエモンとの散歩を思い出していた。

 そして、そういえば結局このゴエモンは一体何なのだろうと考えた。


 自分の直感を信じるなら、これは本物のゴエモンだと思う。

 しかし何故死んだはずのゴエモンがここにいるのか、何故ミミックの姿をしているのか。


 ダンジョンとともに現れたのを考えると、ゴエモンがこうなったのはこのダンジョンが関係している気がする。

 ゴエモンに一体何があったのだろう。

 出来る事なら元の姿に戻してやりたいが……。


 と、ゴエモンが不意に立ち止まった。

 前のめりな姿勢になり、グルルル……と唸り声を上げている。

 何かを威嚇、いや警戒しているようだ。


「どうした?」


 俺はゴエモンに歩み寄った。

 そして気付いた。


「ギャギャッ、ギャギャギャッ」


 これから向かおうとしていた方向から、何者かの甲高い鳴き声と物音が聞こえた。

 しかも一つではなく、かなりの数だ。


 鳴き声の主達に悟られたくないのか、ゴエモンはそれまでより慎重に歩き始めた。

 俺もそれに倣って抜き足で進む。

 間もなく、俺の目にも鳴き声の主達の姿が見えた。


 その生き物は人間の子供くらいの大きさで、緑色の肌をしていた。

 二足歩行で歩き、体毛は無く、耳と鼻が尖っている。


 ゴブリン。


 俺の脳内に、ゲームや漫画でよく目にするそんな名前が浮かんだ。

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