第26話 決戦

 ――ああ、こりゃ本格的に不味いかもね。


 富士山の山頂。

 エマは岩の柱で邪神の攻撃を防ぎながら苦い顔で考えた。


 柱を出すたびに腕に痺れを感じるようになったのだ。

 どうやら自分の身体の限界が近いらしい。


 といって、ここから離れる訳には行かなかった。

 他の神達だって疲弊しているのだ。

 一箇所が駄目になればそこから一気に総崩れになってしまうのは目に見えている。

 何が何でも耐え忍ぶしかなかった。


「あの子たちはもう山を下りたかな」


 さっき別れた子達の事をふと思い出して呟いた。

 こちらの都合で強引に巻き込んでしまったが、あの子達を選んで本当に良かった、とエマは思っていた。


 期待以上の働きをしてくれたし、何より一緒に旅をして楽しかったからだ。

 あの子達を守る為にも目の前のこのデカブツは絶対に止めなければいけない。


「覚悟、決めますか」


 エマは周囲の神々に目配せした。

 自分が突っ込むから合わせてくれ、と合図したのだ。


 防御を捨てて全て攻撃に回せばそれなりに効果はあるだろう。

 そこへ他の神が追撃してくれれば仕留められるはず。

 自分を含め少なくない犠牲が出るだろうが、まあそれで済めば安いものだ。


 エマは邪神に向かって駆け出した。

 邪神がそれに気付き、ムカデの鋭い脚で貫こうとする。

 エマは柱を出してそれをいなし、懐に飛び込むつもりだった。


 だが、柱は出なかった。


 エマにはもはや柱一本伸ばすだけの力すら残っていなかったのだ。

 代わりに身体中に激痛が走り、その拍子に躓いてその場に倒れる。

 急いで身を起こした時には、すでに鋭い脚が目前に迫っていた。


 ……あはは。

 一矢報いる事も出来ずに終わりかあ。


 エマは思わず苦笑いし、死を覚悟した。


 しかし、ムカデの足はエマには届かず空を切った。

 誰かが背後からエマを抱えて素早くその場を離れたのだ。


「……え?」


 一体誰だ、とエマは思った。

 他の神にはこんな余裕は無いはず。

 ひょっとして、追加で別の神が加勢に来てくれたのか?


 エマの推測は当たっていた。

 ただし、それは神ではなかった。


「ひぃ、間一髪だな。大丈夫かエマ」


「君は……」


 エマはその声に目を見張って振り返った。

 自分を抱き上げていたのは白山和希――自分が巻き込み、さっき別れたはずの人間だった。

 しかもどういう訳か和希からは人間とは思えないほどの力を感じる。

 

 驚くエマを尻目に、和希は追撃をかわしながらエマを邪神の攻撃圏外まで運び出す。

 地面に降ろされるとエマは言った。


「どうして君がここに? それにその力は一体……」


「渡し守さんから薬をもらったんだ。一時的に神の力を出せるっていう秘薬」


「なんだって? そんな、何て事を……」


「俺の事は後回しだ。それよりこれを見てくれ」


 和希はエマに携帯を差し出した。

 それには配信サイトの画面が映っていた。


 パッと見では何桁あるのかわからない程の視聴者数。

 そしてコメント欄にはエマや和希に対するコメントが並んでいた。


“でかしたひょっとこ!”


“格好良いぞ”


“神様、無事でよかった”


“ボロボロじゃん”


“ずっと戦ってくれてたのか”


“ありがとう!”


“神様!”


“エマ様!”


 エマは和希が何をしたのかを理解した。

 同時に身体の奥から力が湧き出してくるのを感じた。

 これまでに無い程の信仰が集まって来ている。


「……逃げろと言ったのに、本当に無茶な事をしたものだね」


「ごめん」


「でも上出来だよ。ここまでお膳立てされてしまったら、神の端くれとしては期待に応えない訳にはいかないね」


 エマは静かに目を閉じた。

 同時に身体全体が仄かな光に包まれる。

 全身の傷がみるみる癒えていき、身長がぐんぐん伸びて――エマは見事な大人の女性の姿になった。


“うおー!”


“完・全・復・活!!”


“何度見てもすごい”


“もどして”


 コメント欄が盛り上がる。

 エマは片手を腰に当てながらニコッと笑った。


「よし、それじゃさっさと決着を付けてくるよ。荒っぽくなるから下がってて」


「わかった。気を付けて」


「ああ」


 エマは頷くと再び邪神に向かって駆け出した。

 ただし今回は先程とは比べられないほど速い。


 邪神が唸り、鋭い脚を何本も伸ばして仕留めようとする。

 だがエマはその猛攻を難なくすり抜けると、あっという間に邪神の足元に辿り着いた。


「散々てこずらせてくれたね。でもこれで終わりだよ!」」


 エマは大きく構えを取ると、邪神の手前の地面を思い切り殴りつけた。

 大地が激しく揺れて亀裂が広がったかと思うと、巨大なマグマの柱が噴き出して邪神を空高く打ち上げる。


 マグマの熱で全身を焼かれ、しかも空中に投げ出されたために身動きの取れない邪神は怒号を上げながら必死にもがく。

 しかしそこへ間髪を入れず他の神々が一斉に邪神へ突撃した。


「グガアアアァァァ……!」


 邪神が耳をつんざくような断末魔を上げた。

 そして同時に眩しい光が辺りを包んだ。

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