第27話 願いごと

「ここは……?」


 気が付くと俺は謎の場所にいた。

 何も見えず、明るいのか暗いのかさえわからない。


 俺は富士山にいたはずだ。

 それがどうしてこんな所にいるんだろう。

 エマや邪神はどうなったんだ?


「おや、お目覚めかな」


 エマの声がした。

 ただし声がするだけで姿は見えず、近くにいるのか遠くにいるのかもよくわからない。

 それでも俺は少しホッとして返事をした。


「エマ、邪神はどうなったんだ? それにここは一体……」


「お陰様で邪神は倒せたよ。ただあいつが取り込んでいた黄泉の国の理(ことわり)も一緒に消滅させてしまったものだから、その影響で黄泉の国も巻き添えに消えてしまってね。だから今は世界全体がこんな虚無の状態になっているんだ」


「消滅って……じゃあ結局何もかも無駄だったのか?」


「そんな事はないさ。壊れたら作り直せばいいだけだからね。もうすぐ新しい理が完成するから、そうしたら現世も黄泉の国も復元できる。正確にはダンジョン騒動が起きる前の状態までそれぞれの世界を巻き戻す感じかな」


「そうなのか」


 相変わらず理に関する事はよくわからないが、とりあえず世界は無事らしい。


「でも巻き戻すっていうのはどういう事なんだ? 本当に時間が巻き戻るのか?」


「そういう解釈で問題ないよ。現世ではダンジョン騒動以降の出来事は全て無かった事になる。といっても物理的に復元するってだけで個々の記憶はそのままだから多少の混乱は生じるかもしれないね」


「それは大丈夫なのか?」


「まあ何とかなるんじゃないかな。……ああ、ついでに言うと、君が丸薬を食べたことも無かったことになった。だから君も問題なく現世に戻れるよ」


「え、いいの?」


「もちろん」


「………」


 俺は半ば放心していた。

 二度と帰れないと覚悟していたから嬉しいはずではあるのだが、スピード解決過ぎてちょっと実感が湧かない。

 それに、世界を作り直すとかいう途方もない話のせいで正直俺の問題など些細な事に感じてしまう。


 自分はとんでもない出来事に巻き込まれていたんだな、と改めて思った。

 そしてそんな感慨に浸っていた俺にエマは言った。


「さて、そんな訳で今回の騒動はこれで解決。名残惜しいけれど、これで君とももうすぐお別れしないといけない。でもその前に――私が以前、君の願いを何でも一つ叶えてあげると言ったのを覚えているかい?」


「願い? ああ、そういえば」


 そんな事あったな、と俺は思い出した。

 初めての配信の後そんなやり取りをしたのだ。

 てっきり冗談だと思っていたのだが……。


「あれ本気だったのか?」


「当然だろう。そうでなくても君は今回の働きに見合うだけの報酬を受け取る資格がある。さあ、だから願いを言うといい。あの時の約束をここで果たそうじゃないか」


「いや、急に言われても思い付かないよ」


「難しく考える必要はないよ。君の望むままに答えるといい。大金持ちになりたいというのでもいいし、自分だけの特別な力が欲しいというのでもいい。……ああ、何だったら私の身体を好き放題にしたいというのでも良いよ? 大人の姿でも幼女の姿でも、君がやって欲しい事を何でもしてあげよう」


「そ、そんな願い言う訳ないだろ!」


 俺が慌てて言うとエマはアハハと笑った。

 どうやらまたからかわれたらしい。


 ただ、何でも叶えてくれるというのはきっと本当なのだろう。

 しかし俺には何も思い付かなかった。


 世界が元に戻り、自分も無事に帰れる。

 それだけで今は十分で、それ以上の事を望む気にはなれなかったのだ。


 俺がそう伝えるとエマは困ったように言った。


「うーん、欲が無いなあ。いらないと言うならそれでも構わないけれど……ああ、それならこういうのはどうだろう。ゴエモンちゃんを蘇らせて現世に連れ帰る、というのは」


「え? そんな事できるのか」


「できるよ。私の権能は本来そういうのが本領だからね。万物の形を各々に相応しい姿に変化させ、輪廻転生の流れが円滑になるよう管理すること。それが私の役目であり存在意義。……最後だから言うけれど、私は君達が死神や閻魔大王と呼んでいるような存在なのさ」


「へ……?」


 閻魔大王。

 俺ですらその名は知っている。

 生前の行いを元に死者へ裁きを与える地獄の裁判官とか、そんな感じの神様だったと思う。


「驚いたかな。ごめんね、本当は初対面で名乗るべきだったんだけど、役割的に生者には正体を明かしたくなかったものだから」


「いや、大丈夫だ」


 確かに驚いたが、腑に落ちた部分もあった。


 死者を管理する神だからゴエモンに身体を与えて俺の元へ寄越す事ができた。

 渡し守の水先が自分に縁のあるお方だと言っていたのもエマが閻魔大王だったなら納得がいく。

 ひょっとするとエマが他の神より率先して動いていたのも、自分が管轄する黄泉の国での騒動だったからなのかもしれない。


「それでどうする? 君と一緒に行けるならゴエモンちゃんもきっと喜ぶと思うよ」


「………」


 俺はすぐに答えられなかった。

 エマの提案はとても魅力的に感じられた。

 もう一度ゴエモンと一緒に過ごせたらどんなに嬉しいだろう。


 だが……。


「いや、止めておくよ」


「どうして?」


「できるならそうしたいけど、どう考えてもそれは俺のエゴだろ? これ以上俺の都合でゴエモンを縛り付けたくない。……ただその代わりの願いとして、ゴエモンに幸せな来世を与えてやって欲しい、というのでは駄目かな。ゴエモンが自分で望んだ、満足のいく人生を歩ませてやって欲しいんだ」


「なるほど、わかったよ。その願い、必ず叶えよう」


「ああ」


「さて、そろそろお別れの時間のようだね。……ああそうそう、死んでこっちに来た時は私の名を出すと良いよ。多少は待遇が良くなるはずだからね」


「最後の最後に縁起でもないな。ま、その時が来たら宜しく頼むよ」


 別れの寂しさを紛らわすように俺達は笑い合った。

 そして段々意識が薄くなっていき――やがて何も分からなくなった。



 ※ ※ ※



 PPPPP……。


 目覚ましのアラームで俺は目を覚ました。

 学生寮の自室、布団の中。

 枕元の携帯を確認すると、日付はダンジョン騒動の日の早朝になっている。


「………」


 俺は無言で起き上がると押し入れを開けた。


 そこはいつも通りの押し入れだった。

 洞窟などは無く、当然ミミックの姿もなかった。

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