第16話 中枢を目指して
「やれやれ、くたびれた」
エマは自分の肩を叩きながら戻ってきた。
ゴエモンが駆け寄って興奮気味にワンワン吠える。
エマは頭を撫でてやりながらカメラに向けて問いかけた。
「さて、私は君達のお眼鏡に適う事ができたかな?」
対するリスナーの反応は言うまでもなかった。
当然だろう。あれだけ圧倒的かつ大迫力な光景を見せられたのだから。
“お眼鏡に適うかなんてとんでもない。凄かったです”
“あんたならきっと大丈夫だ”
“エマ様!エマ様!”
コメント欄にはエマに対する称賛や期待の言葉が並んでいた。
視聴者数もうなぎ上りに増え続けている。
どうやらリスナーの一部が今の戦いを切り抜きにして拡散させたらしい。
「それは良かった」
俺が状況を伝えるとエマはニコリと笑った。
同時に身体が再び光り、元の幼い姿に戻る。
「そういやどうして変身したんだ?」
「大人の姿の方が戦うのに向いているのさ。でも代わりに消耗も激しいし肩も凝るしで疲れるんだけどね」
「そうなのか」
戦闘形態とかそういったものだろうか、と俺は思った。
それにしては露出が高すぎて激しい動きには向かない気もするが……。
ふと携帯に目をやると、コメント欄では“どうして戻るの”だの“こっちのほうが可愛いだろ”だの、エマの姿についての言い争いが巻き起こっていた。
どうやらエマが子供に戻ってからずっと続けていたようだ。
※ ※ ※
少し休憩を挟んで俺達は再び中枢へ向けて歩き始めた。
といっても歩いているのは俺とゴエモンだけ。
エマはゴエモンの上にちょこんと乗っている。
「あはは、楽ちん楽ちん」
「ワンワンワンワンッ!」
エマは大喜びではしゃぎながら箱のフタにしがみ付き、ゴエモンは普段以上に激しく跳ねながら俺の周りをぐるぐる回る。
二人とも楽しそうだ。
こうして見るとエマもただの子供にしか見えない。
“楽しそう”
“かわいい”
“お姉さんの姿でやってほしい”
コメント欄も一部のよこしまな物を除いて和やかな雰囲気が漂っていた。
これから邪神との決戦に挑むというのをうっかり忘れてしまいそうになる。
「そういえば邪神がいる所まではまだ掛かるのかな」
「ここまで来ればもう少しかな。というか運動したせいで汗かいちゃったし、邪神に会う前に一度お風呂入りたいかも」
エマは襟を軽く持ち上げると手で扇いだ。
それを聞いたリスナー達はまた碌でもない方向に盛り上がる。
“入浴シーン来るの!?”
“お風呂!お風呂!”
“大人形態で!ぜひ大人形態でお願いします!!!”
こいつら本当にブレねえな……。
俺は半ば呆れながら画面を眺めた。
しかしふと疑問が湧く。
「途中に風呂なんてあるのか?」
ここへ迷い込んでから随分歩いてきたが、その間の景色はずっと岩の洞窟のまま変わってない。
風呂場があるとは思えないし、天然の温泉でもあるのだろうか。
するとエマは言った。
「銭湯があるんだよ。ほら、駄菓子屋があったでしょ? あんな感じでその辺を走り回っているから、運が良ければ途中で出会えるはずさ」
「ああそうか、なるほど」
忘れていた訳ではないが、足が生えて走り出す駄菓子屋があった。
それなら同じように移動する銭湯がいてもおかしくはない。
銭湯が走るにはこの岩のトンネルは狭いんじゃないか? という疑問が一瞬浮かんだが、まあどうにかしているのだろう。
足を生やして移動するような建物の時点でそんな物は些事だ。
“うん? 黄泉の国って駄菓子屋あるの?”
“店が走り回るって何”
“結局風呂シーンはあるんですか”
俺達の会話にコメント欄が反応した。
それを読み上げるとエマが答える。
「あるよ、駄菓子屋や銭湯の他にも色んなのがね。どれも移動施設だけど」
“へえ、屋台とかキッチンカーみたいな感じなのかな”
“面白そう。見てみたいな”
実際は屋台などではなく店舗が文字通り動き回るのだが、それを言うと話がややこしくなりそうなので俺は黙っていた。
“そういうのって神様だけじゃなく私達も利用できるんですか?”
「勿論だよ。そもそもああいう施設は天寿を全うして黄泉の国にやって来た霊魂を労うために作られた物だからね。生前に人並み程度の善行を重ねていれば自由に使えるはずさ」
“へえ”
“善行かあ”
“俺多分無理だわ……”
それからエマは黄泉の国についてのあれこれをリスナー達に話して聞かせた。
どの施設のどんな商品がお勧めだとか、黄泉の国で過去に起きた面白事件の話とか、あの世ならではのちょっと変わった習慣についてとか。
リスナーたちからの反応は上々。
前に話していたように黄泉の国に対する恐れを減らす事で邪神を弱体化させるという狙いもあったのだろうが、エマ自身も楽しそうに喋っていた。
その後の道中で俺達は何度か小鬼の群れに遭遇したが、その度にエマが蹴散らしてくれたので特に問題にはならなかった。
ただ巡り合わせが悪かったのか、銭湯はおろか他の店にも遭遇することは無かった。
そして――俺達はついに黄泉の国の中枢へ辿り着いた。
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