第19話 世界崩壊
「世界が滅んだ? それどういう意味ですか?」
突拍子もない言葉に思わず俺は思わず眉を寄せた。
趣味の悪い冗談か何かだろうか。
だが水先はニコリともせずボリボリと頭を掻く。
「ま、いきなり言われてもそういう反応になるか。実際に見てもらったほうが早いかね」
「見るって何をです」
「ちょっと待ってくれよ。そうだな……ああ、あれなんかどうだ?」
水先は俺の後ろの方を指差した。
一体何があるというのか。
俺は言われるままに振り返って――思わず目を疑った。
富士山だ。
水先が示した先には富士山そっくりの山がそびえていた。
「……何ですかあれ」
「何って見りゃわかるだろ。富士山だよ」
「いや、富士山って……ここ黄泉の国ですよね?」
「おっと、ほらあっちにもっと面白いもんがあるぜ。ちょっと遠いから見辛いかもしれないが」
水先がそう言ってまた別の方向へ指を向ける。
戸惑いながらもそちらを見ると、なんと今度は自由の女神像が立っていた。
しかも自由の女神はその手に雷門と書かれた巨大な提灯を掲げ、その横には何故かスフィンクスが鎮座している。
そして女神像やスフィンクスの表面には大勢の小鬼たちが虫のように群がっていた。
「………」
俺は富士山はともかく、自由の女神や雷門やスフィンクスは実物を見た事は無い。
しかしそれらは写真等で見た姿そのままのように思えた。
「まさかあれ、本物なんですか?」
「そうだよ。びっくりだろ?」
「どういう事です。どうして現世にあるはずの物がこんな所に……」
すると水先は言った。
「僕らがお前さんを見つける少し前だったんだが、理(ことわり)騒ぎのせいでおかしくなってたこの世界が大きく変化して、さらにおかしくなったんだ。一線を超えた、とでも言えばいいのかね」
「というと?」
「黄泉の国の力が爆発的に膨れ上がって現世への侵食が一気に進んじまったのさ。富士山やら自由の女神やら現世の観光名所があんな所にあるのもそのせいだ」
要するに世界が完全に壊れちまったんだよ、と水先は言った。
もはやここは常世でも現世でもない、混沌とでも呼ぶべき世界。
二つの世界はミキサーにでも掛けたようにぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、もはや何が何だかわからない。
自由の女神とスフィンクスが脈絡もなく並んでいるのもその影響なのだという。
俺は信じられない思いで水先を見た。
「現世にいた人達はどうなったんですか?」
「さてね、他の奴らの事は僕も知らないよ。下手に動くと危なそうだからずっとここで待機していたんでね。運が良ければ生きてるんじゃないか?」
「そんな……」
俺は絶句した。
実家にいる家族やずっとアドバイスをくれていた金沢、友人知人、配信を見てくれていたリスナー達。
他にも現世には数え切れない程の人々がいたはずだ。
彼らは果たして無事なのだろうか。
「でも、どうして突然そんな事になったんですか?」
中枢までの道中でニュースは何度か確認していたが、黄泉の国による浸食被害は収まってはいなかったものの広がるスピードもそこまで早くはなかったはずだ。
いくら何でも唐突すぎる。
すると水先は俺をチラリと見たあと、釣り竿に目を向けながら言った。
「僕にも訳が分からなかったよ。でもお前さんの話を聞いて何となく理解できた。……恐らくだが、こうなったのはお前さん達の配信が原因さ」
「……は?」
「お前さんは配信の途中で暗闇に放り込まれて、どういう経路を辿ったかは分からんがここへ飛ばされてきた。つまり配信は邪神が反撃したところで唐突に終わったって事だろ?」
「それは……そうですね」
携帯の画面には配信アプリの配信終了画面が映っている。
終了時刻は俺たちが中枢に乗り込んで少し経った後。
多分だが、邪神が雄叫びを上げて周囲が真っ暗になった際、何かの拍子に俺が配信終了ボタンを押してしまったのだろう。
水先は続けた。
「その配信を見てたリスナー共はいきなり配信が中断されてこう思ったんじゃねえかな。エマ様は邪神に負けてしまったのかもしれない、ってさ」
「………」
俺はもう一度携帯に目を向けた。
そして、十分考えられる話だ、と思った。
あんなタイミングで唐突に終了したのだ。
リスナーは当然ながら悪い方に考えるだろう。
「それじゃあ、黄泉の国の力が膨れ上がった原因っていうのは……」
「エマ様の狙いとは真逆の結果になったって事だろうな」
エマは配信によって自分への信仰を集めると同時に邪神への恐れを削ごうとした。
しかし最悪のタイミングで配信が止まったせいでリスナーの不安を煽る形になった。
そして恐らく、最初の配信の時と真逆の事態が起きたのだろう。
エマは負けた。ダンジョンはやはり恐ろしい存在だ。俺たちはもう終わりだ。
エマの変身の切り抜きが拡散されてバズったのと同じように、そんなネガティブな情報が世界中を駆け巡ったのだ。
どんな感情であろうと、向けられた感情はその神に対する信仰と見なされる。
邪神を倒すのが目的だったはずの配信は、皮肉な事に邪神の――邪神と同化した黄泉の国の力を爆発的に高める切っ掛けになってしまったのである。
「………」
俺は言葉を失っていた。
世界を救うどころか滅ぼす原因になってしまったのだ。
俺たちの冒険は一体何だったのだろう。
すると水先が弁解するように言った。
「あー……一応言っておくが、別に僕はお前さんを責めてる訳じゃないからな? エマ様らしい突拍子もないやり方だったとは思うが理には適ってたと俺も思うし。たまたま運が悪かったってだけでさ」
「………」
「ヘコむなってほうが無理な話か。……ま、とりあえずお前さんも今の状況はわかっただろう。これも何かの縁だし、落ち着くまでこの船で休んでいくといいさ。しばらく待ってりゃこの騒動も収まるだろうしな」
「……収まるんですか?」
「多分だけどな。ここまで大事になったら今まで静観を決め込んでた他の神様連中も動き出すだろうから、その方々がどうにかしてくれるだろ。だから僕らは大人しく待ってりゃいいんだよ」
「………」
本当だろうか、と俺は思った。
ここまで酷い状況になってしまったのに、本当にどうにかなるものなのか。
しかし、水先の言う通り今の俺にできるのは事態が収まるのを待つ事だけだろう。
俺にはエマやゴエモンのように戦う力は無いのだから。
というか、あの二人はどうなったんだろう。
無事でいてくれたらいいのだが……。
俺がそんな考えを巡らせた時だった。
――ワンッ! ワンワンワンッ!
微かにだが、遠方から犬が吠え立てる鳴き声が聞こえた気がした。
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