【31】◆怒られる公爵令嬢
――数刻前にカンデラリアは、ルイスとエステルを追いかけて保健室へとダッシュしようとしたところアートに呼び止められた。
「カンデラリア、どこへ行くんだい、反省会は?」
「ちょっと、良い雰囲気保ってく……じゃなくて、ちょっと二人が心配だから様子みてくるわ!」
「そこまで!?」
そんな事をやらかしたにも関わらず、部室に戻り、ルイスたちや他の部員が帰ったあと、アートに、こういう絵かいてほしいの! とおねだりしようとした。
「な、なんですの。そのジト目は」
アートは呆れたようなジト目だった。
「ちょっとね。あんな理由で反省会を抜け出すのはいけないなって僕は思うよ……? 罰として今回は絵を描かないからね……」
「(がーん)」
しかし、言われてみればその通りなのである。
アートはカンデラリアの事情を知らないし、知ったところで結局は非常識な行動である。
ルイスとエステルの突発イベント(?)に浮かれていたカンデラリアは、冷静になって反省した。
「ごめんなさい。あなたの言う通りですわ。反省いたします。ごめんなさい」
そして、しょぼくれながら、謝った。
「やれやれ、しょうがない子だね。しかし、カンデラリア」
「なんですの」
「彼らに固執する理由は知らないけどさ。たまには、彼らをウォッチする熱心さを、僕に向けてはくれないかい?」
そういってアートは、カンデラリアの髪を一筋手にとると、微笑んでキスをした。
「……あ、あれ? アート様、怒っていたのでは?」
「すこしね。でも反省したみたいだし、もう怒ってないよ。ま、ゆっくりでいいんだけどね、僕のことも見て欲しいな」
夕日に照らされたアートの微笑みに、カンデラリアはすこしドキリとした。
「ま、まあその。そうですわね、あなたが言うのも最もですわ。それも婚約者として私の義務というか」
「義務……? それは悲しい言い方だね?」
「あ、ごめんなさい。それも良くない言い方でしたわ」
「……いいよ。許してあげる。だって、顔が真っ赤で可愛いから」
「ちょっ……」
カンデラリアは隠すように自分の頬を手でおおった。
「気品高くプライドが高そうにみえるキミが、実はこんなに可愛いと知れたら、大変だ。ライバルが出てくるかも知れない」
アートは楽しそうにカンデラリアのその様子を眺める。
「どこからそんな歯の浮くセリフがでるんです……?」
「キミが好きだから自然と」
「それをすこしルイスに移植してやりたいですわね」
「また……ルイスくんのことかい?」
あ、しまった。
「ごめんなさい!! 小さな頃から彼らをウォッチする日をとても楽しみにしていたもので!!」
「……? 小さな頃から?」
あっ。やべ!!
「それ知りたいなぁ。ちゃんと話してくれるなら、さっき言ってた絵、描こうかな~」
アートはカンデラリアを困らせるつもりでそう言った。しかし。
「す……すべてお話します!! 刑事さん!! だ、だから絵を……っ」
カンデラリアは食いついた。
「ホント、ちょろいなキミ!? てか、刑事さんって何……?」
******
カンデラリアは、アートに自分の事情を話した。
ただ、作者だということは伏せて、前世を覚えていて、その前世で呼んでいた本にこの世界がそっくりなのだと伝えた。
さすがに、ルイスやエステル、それにアートが自分の作ったキャラだ、などとは言えなかった。
「ふーむ、なるほど。大丈夫かい? ちょっと聖属性の人よぼうか?」
「治療!? 信じてない!!」
「……はは、嘘だよ。大丈夫、信じるよ」
「本当に~?」
「んー……ホントは話しちゃいけないんだけど……まあ、キミにも大きな秘密を暴露させちゃったみたいだし、僕も話しよう実は君みたいな人を1人、知ってる」
「はい!?」
「うちの母なんだけどね」
「え、王妃さま!?」
「うん、前世を覚えてるって言うんだよ。そして僕が、ちょっと言いづらいような本を作ってた。自給自足よ、と言いながら。コミックという新しい文化を立ち上げるとかなんとか言って、公務の間になんかやってるよ」
なん、だと!?
コミック! コミックを作るだと……!?
「王妃様にお会いしたい!? そしてその本、読みたい!?」
「うわ、食いつきがすごい!」
「まあ、もっと早く知っていれば芸術祭でお会いした時にもっとお話したかったわ。アート様、私、王妃さまととても仲良くなれる気がしますわ……」
「それはうれしいね。そう言ってもらえるなら秘密を話してよかったよ」
祈るように手を組んで目がキラキラしているカンデラリアを見て、アートはクスっと笑った。
「それにしても。そうか、カンデラリアは……ずいぶんと僕よりお姉さんなんだね。それで年齡の高い男性を選ぼうとしていたんだね」
「あ、はい。そうなんです。……中身がこんなおばさんではお嫌でしょう? まだ婚約式もしておりませんし、今なら婚約解消も行えますけども……」
カンデラリアは流されるように婚約をまとめられたにも関わらず、アートのことは気が合うと思っており、嫌いではなかった。
現実として10歳の少女ではあるが、アラサーの記憶があるために、こんなおばさんがこんな若い子と、みたいなためらいもあるのだ。
「婚約解消はしないよ。君はもう少し現状を受け入れるべきだよ、カンデラリア。君はおばさんじゃない。10歳の女の子だ。僕とはちゃんと年齡は釣り合ってる。それに君は前に言ったじゃないか。僕だっていつか歳をとるってね。僕だってもし前世を思い出したら中身はプルプル(笑)のおじいさんかもしれないよ?」
「プルプル……」
カンデラリアはクスっと笑った。
「……たしかに、そうですわね」
「それに、例えば急に前世の記憶がなくなって、気がついたらプルプルしてるおじいさんと結婚してた、とかショックじゃない?」
「(想像した) ……ぎゃー! たしかに! それは考えておりませんでしたわ!」
「あはは、カンデラリアは面白いね。まったく。本当にそんな年齡の女性だったの?」
「精神年齢は低かったかもしれません……」
「ま、例え話はともかく。僕たちは現実に子供なんだ。だから、今は僕が子供に見えてしょうがないかもしれない。でも、大人にはそのうちなるのだから……ゆっくり僕を好きになってよ。ね?」
そんな事を言って優しく笑うアートに、すこし頬が熱くなる。
私が考えたキャラだったはずなのに、この子はなんだか、私が書いた子とは、ちがう……。
やはり色々と違っちゃってるのね、この世界。
「私みたいなの、よく婚約者に選びましたわね、アート様」
アートはカンデラリアの手をとった。
「君のことは前から美しい人だとは思っていたけれど、それよりも、君のその個性的な性格に惹かれるよ、僕は」
「まあ。個性的の個性の内容が気になりますわね」
カンデラリアは目を細くした。
「それは自分でも答えがわかってる顔じゃない? ……たまに困った子だな、と思うけど、でも面白いよ、君は」
「おもしろ……。まあ、いいでしょう」
「ふふ。そして前も言ったよね、キミが僕の絵を喜んでくれたのが嬉しかったんだ、僕は」
「だって、あなたの絵は本当にステキですもの」
「僕はね、絵が上手で当たり前って思われてきたし、立場的にみんな絶対褒めてくれるんだよ。父か母だけだね、絵で本当の感想を言ってくれるのは。だから他人のなかで君みたいに手放しに僕の絵を喜んでくれた人は初めてだった」
「まあ、人って何に物足りなさを感じているかわからないものですのね。自信を持ってくださいまし。あなたの絵は本当にステキです。そして、周りの方も貴方が王子だから褒めているのではないと思いますよ。だって……ヴィオラーノ芸術祭は発表前まで王子として提出しなかったのに、あんなに評価されたではないですか」
「ありがとう、カンデラリア。――そうそう、今度……君をじっくり描きたい」
「たまにモデル、してるじゃないですか」
「美術部じゃなくて、プライベートでね」
「……いいですわよ、アート様のお屋敷まで参ります。ただし、美味しいお茶を用意してくださいましね」
「もちろん」
アートはその言葉を聞くとニッコリ笑って、そのままカンデラリアの手の甲にキスをした。
「じゃ、馬車まで送るよ、カンデラリア」
「あ……。はい」
どうも、この人と話していると手玉に取られている気がするわね。
そう思いながらもカンデラリアは、悪い気分ではなかった。
カンデラリアはさっきまで考えていたルイスとエステルのことを忘れて、繋いだアートの手を眺めながら歩いて行った。
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