【18】◆公爵令嬢の居残り
他の部員が帰ったあと、カンデラリアは居残りしていた。
カンデラリアは、平日の午後も部活以外にティーパーティへのお呼ばれなど公爵令嬢としての仕事が入ることも有り、他の部員よりも作品の進行が遅れていたからだ。
「ふうー。疲れた」
カンデラリアは、背もたれにだらしなくもたれ、天井をむいて手をだら~んとした。
「人が見てる前じゃ、こんな格好できないからなぁあー窮屈」
椅子から立ち上がって、前世で仕事の合間にやっていた軽い体操をする。
「(それにしても体育祭、ほんとにスチル絵がほしかったなぁ……そうだ、スケブにちょっと自分でラクガキしようかしら」
カンデラリアは、スケッチブックを開いて木炭でサラサラとラクガキをし始めた。
絵を描くスピードは結構早い方だとは思う。
まずはルイスを描いていく。その後で横にエステルを描く予定だ。
「結構難しいわね……さすがは氷の貴公子……理想を絵にするのは難しいということね……」
ルイスを描くのに苦戦しているところに、美術室の扉がガラリ、と開いた。
アートだった。
「おや、まだ残ってたのかい? カンデラリア君」
「ええ。今日は少し時間があるので、制作を進めていましたの。アート部長は、どうされたのですか?」
「ちょっと忘れ物をして……おや、スケッチしていたのかい? ……それは、ルイス君?」
「あ。えっと、そうですね」
「誰かを見つめているようなルイス君だね。その横には誰を描くつもりだったのかな?」
「え、あ……いや」
そんな突っ込みがくるとは思わず、カンデラリアは言いあぐねた。
「(まさか、趣味で同級生と後輩のラブラブスチルを描こうとしてました!、なんて言いづらいわね!?)」
「ちょっと、貸して」
すると、アート部長が近くに転がっていた木炭を手にして、カンデラリアのスケッチブックにサラサラと描き始めた。
見ていると、ルイスの横に見つめ合っているようなカンデラリアが描かれていった。
「えっ……ちょっと、アート部長?」
「……好きなんじゃないのかい? ルイス君が」
……はい?
「体育祭のときも、ルイスくんがエステル君を助けて会場が二人のことに沸いたあと、廊下で気分が悪そうにしていただろう? 実は少し心配していたんだ」
カンデラリアは目が点になった。
――違う。
違いますよ!? アート部長ぉーーーーー!?
「え、いや違」
「こんな一人でこっそりルイス君を描いているくらいだ。……でもルイス君が見つめているのは……――できた」
出来上がったその絵は完全にルイスとカンデラリアの――まさにスチルであった。
「現実の君もこのようになれたら良いのだけど」
その丸メガネの向こうは、カンデラリアを思いやるような優しい瞳だった。
その瞳にカンデラリアは少し心があったかくなった。
だがしかし&それはともかく。
「……あの部長」(挙手)
「ん?」
「それは勘違いですわ」
「え?」
「私は別にルイス君をそういう意味では思っておりませんわ」
「えっ」
丸メガネをいじってかけ直すアート。
「私、その横には……その、エステルを描こうかなー、と思っておりました。私は二人をこっそり応援しておりまして……」
「ええ!?」
アート部長が赤面した。
「僕はてっきり、君がルイスくんを追いかけて美術部に入ったのかと思っていたよ!」
「それは正解ですが。この際ですが言っておきます。私はルイスとエステルをくっつけたくて入部してますの。あらぬ誤解はよしてくださいまし」
「そこは正解なんだ!? いや、僕、すっごく恥ずかしいんだけど!!」
「まあ、誤解してもしょうがありませんね。たまに他の人にも誤解されますし。でも違うんですのよ」
「というか、何故そんな応援を……」
「趣味ですわ」
「変わってるね!?」
「そう思ってもらっても結構。ところで部長。あなたの絵をかくスピードすばらしいですね……」
カンデラリアは先程のルイス×カンデラリア絵を満足げに眺めた。
――この人の画力はすばらしい。そうだ。
「ところで、せっかく描いて頂いたこの私ですが、消してエステルで描きなおしていただけません?」
「あ、ああ。誤解だったし、それはすぐにやろう」
アートはすぐに描き直しに応じてくれた。
カンデラリアは思った。
……この人に依頼すれば、私が思うようなスチル絵が手に入るのでは?
アートが練り消しで先程描いたカンデラリアを消し、そこにエステルを描いていく。そこには、カンデラリアが求めていたものがあった。
「ま……まぁっ!! すばらしいですわー! アート部長」
これよ! これが……ほしかったのよ!!
カンデラリアは、スケッチブックを抱きしめて涙目で喜んだ。
「ありがとうございます!! アート部長!!」
カンデラリアは満面の笑みでアートにお礼を言った。
「そ、そんなに!? ……。……あ、いや。これくらいは、なんてことないよ。……こんなに喜んでもらえるなら、またいつでも頼んでもらいたいね」
アートは、そのカンデラリアの微笑みに少し狼狽していたが、完璧で隙のない公爵令嬢だと思っていたカンデラリアが普通の少女のように喜んでいるその様子を見て ――可愛いな、と思ったのだった。
また、自分の絵をこんなに喜んで受け取ってくれた人は初めてだ――とも。
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