【お前を愛することはない……ことも、ない。】と言ったその氷の貴公子(火属性)が描く彼女の肖像画はとても可愛い。
【1】 お前を愛することは……ないこともない! 、とその6歳少年は5歳少女に言い放った。
【お前を愛することはない……ことも、ない。】と言ったその氷の貴公子(火属性)が描く彼女の肖像画はとても可愛い。
ぷり
出会い
【1】 お前を愛することは……ないこともない! 、とその6歳少年は5歳少女に言い放った。
「お前を愛することはない……ことも、ない……!!」
春の温かな日差しの下。
新緑が芽吹き、色とりどりの花が咲き乱れる広大な庭園のなか。
日傘をさした幼い少女に、その幼い少年は、そう言い放った。
少年の名前はルイス=ヴィンケル。6歳。ヴィンケル侯爵家の次男。
少女の名前はエステル=クラーセン。ルイスより少し年下の5歳の伯爵令嬢だ。
本日が初見の彼らは今、将来の伴侶になるかどうかの一回目の顔合わせの最中だ。
両親達は二人を引き合わせて、相性を見るつもりでセッティングした。
両親同士が学生時代に懇意にしていて、領地も近い、という縁から本日この運びとなった。
話がうまくまとまれば、ルイスは将来、クラーセン家への入婿となる。
そよ風にサラサラと揺れるルイスの髪は銀の色、目の前の自分より小さな少女を見つめるその瞳はアイスブルー。
クールに見えるその容姿とは裏腹に、彼は頬を紅潮させ、目を反らした。
「……ふぇ?」
それを聞いたエステルは、大きな緑色の目をパチクリ、としたあと、小首を傾げた。
オレンジに見える明るくて長い茶髪がサラリとそれに合わせて彼女の額(ひたい)を流れる。
おでこは広い。
彼女はとても魅力的に思える容姿ではあるが、顔のまんなか――鼻から頬にかけては、ソバカスが広がっていた。
ソバカスというものは、平民女子であれ、貴族令嬢であれ、普通は容姿のマイナスポイントになるだろう。
しかし、彼女に限ってはチャームポイントのように感じられる。
そんな不思議な魅力のある少女だった。
――く、首をかしげるな。なんだ、この小動物は……。
態度とは裏腹に、ルイスの心は目の前の小動物の可愛らしさに震えていた。
そんな風に思う彼もまた、小さな子供。
未熟な少年であり、自分のそんな気持ちを素直に表せない性格だった。
気の利いた会話をリードしたいと内心では思いつつも、口から出るのは憎まれ口だった。
「そ、そばかすも化粧で隠してもこないし、おまえは、は、はしたない。だから今のままでは愛することは……な、ないだろう」
ルイスは完全に目の前の小動物を持て余し、動揺していた。
「そばかす……ふぇ……」
エステルの目にみるみる涙が浮かぶ。
「まだ小さいからお化粧は、まだしなくていいって……両親と、ばぁやが……」
それを見てルイスは、う……、と少し呻(うめ)いた。
「す、少し言葉が過ぎたな。そうか、ご両親がそう仰ったのなら、し、しかたない。だ、だが。このままではオレはお前を……あ、愛することはない」
乱暴な言葉を吐いている割には、ハンカチを取り出し、エステルの涙を拭う。
「お兄さんの言ってる事、よくわからないです、ごめんなさい……」
「そ、そばかすを消せ。そうすれば愛してやらないこ、こともない。さもなくば、婚約はしない……っ! ……こともなぃ…」
本当はソバカスなんて気にはしていないし、むしろそれすら可愛いと思ってさえいるのに、自分の口からは反対の言葉が飛び出る。
可愛い、と言いたいのに恥ずかしくて、反対方向に言動が振り切れて、止まらない。
「……う」
エステルは、最近物心がつくようになってきて、周りの人間にはない自分の顔にある斑点を気にし始めていたところだった。
ルイスの暴言は、そんな彼女の心に深く突き刺さった。
ただし、まだ幼い彼女にわかるのはソバカスの事だけで、愛することはない、とか婚約しない、だとかは理解が及ばなかった。
だが酷いことを言われているのはわかった。
――この状況。
彼女にとっては、ある日突然やってきた知らないお兄さんと、一緒に遊びなさいと両親に庭園に放り出されたうえに、そのお兄さんが気にしているソバカスを指摘し、更に訳のわからない罵倒(ばとう)を並べられた状態だ。
幼い彼女に限界が訪れるのはあっという間だった。
「う……あ……っ」
つまりあとは――
「うあああああああああああああああん!!」
大号泣あるのみ、である。
「わ……! な、泣き止め!! お、オレがわるか」
その大号泣に度肝を抜かれたルイスは、思わず謝りかけたが、エステルは日傘を放り出し、全速力で屋敷の方へ走り始めた。
ちなみにここはエステルの家門の屋敷である。
「なっ……!?」
ルイスは日傘を拾い上げ、少し追いつくのに手間取った。
「おとうさまああああああ!!!」
屋敷に駆け込み、大人たちが歓談している応接室へ飛び込むエステル。
――その結果、ルイスは彼の父親により、頭に大きなたんこぶを作った。
*****
「……普段はこんなやつではないんだが」
げんこつの痛みに涙目になりながら、応接間で父たちの話に耳を傾ける。
見れば小動物……もといエステルは、彼女の父親に張り付くように抱きついてヒックヒック、と震え泣いている。
ルイスの心は既に罪悪感でいっぱいだった。
「はは、ご令息も緊張してしまったかな」
僕にも経験がありますよ、とエステルの父であるクラーセン伯爵はルイスを見て言った。
その眼差しはとても優しく、その瞳に怒りの色は一切見えない。
「婚約は難しくても、仲良くはしてくださると、親としては嬉しく思いますよ」
ルイスにとって、その言葉は大きな救いだった。
「はい……」
エステルの父親の優しい言葉には感謝しかなかった。
だが、ルイスはさらに自分が恥ずかしくなり、真っ赤になって俯いた。
そして落ち込んだ。
彼女の父上はそう言っても、こんな事になってしまっては、もう彼女と会うことはできないだろう。
たとえ、親たちが笑って許しても、彼女が拒否(きょひ)る。
それがわからないほど、バカでもなかった。
そのうち、エステルは侍女に抱き上げられて、部屋を出ていった。
せめて一言、ごめんと言いたかったが、その日はもう彼女に会うことはできなかった。
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