【24】ヴィオラーノの休日⑥ 一曲踊ったら。
会場は騒然とした。
ここ数年、ヴィオラーノでも、その御姿を拝見出来ないと噂されていた第一王子が姿を現したからだ。
「あはは、注目の元になってしまった」
「あの……私たちまで一緒に注目を浴びる羽目になっているのですが? アダルベルト殿下」
カンデラリアが扇で顔半分隠しながら、ジト目でアートを見る。
「いやだな、アート部長って呼んでくれよ」
「学院ならともかく、ここでは無理でしょう……」
ルイスもジト目だった。
「はう……あう……」
注目を浴び慣れていないエステルはカチコチだった。
おまけに、国王陛下と王妃殿下にまで留学先の学友として謁見までする羽目になった。
「大丈夫か? エステル」
「あ……大丈夫です」
カンデラリアとエステルは、第一王子殿下が連れてきた令嬢として、その場にいたヴィオラーノの貴族たちの視線が一気に集まった。
婚約者候補疑惑の視線を向けられた、という意味でだ。
カンデラリラは注目されるのは慣れているので平然としていたが、エステルはビクビクしていた。
ルイスはカンデラリラに耳打ちした。
「カンデラリラ様。オレとエステルはこの場を離れますね。オレは平気ですがエステルが萎縮してしまっているので」
「仕方ないわね。女子のお茶会しか経験のないエステルにこの空気は荷が重いでしょう。この場は私が引き受けるから、あなた達は楽しんでいらっしゃい」
「ああ、君たちすまないね。僕も今日、突然王子として参加するように言われてしまったね。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず」
「わ、私なら大丈夫ですよー!」
エステルが痩せ我慢を言ったので、ルイスは少し頭をコツっとした。
「手が震えてるぞ。カンデラリア様が引き受けてくださると仰ってるのだから、甘えたほうがいい」
「わ、わかりました、ありがとうございます」
「それでは、落ち着いたら、おちあいましょう」
エステルが次に何か痩せ我慢を言い出さないうちにと、ルイスはその手を引っ張ってカンデラリラ達から離れた。
******
無数に集まった作品の投票結果が発表されていく。
映像を映し出す光魔法で、夜空に投票があった美術品達が浮かぶ。
絵画だけではなく彫像や、細工の素晴らしい工芸品まで、種類は幅広い。
そして予想通り、国王の絵画が1位だった。
アートの絵画も10位以内に入っており、それは王子の名で発表された。
「アート部長……上手だなあって思ってましたけど、すごいですね」
エステルが果実水を手に、感嘆の声をあげる。
「(どうやら、落ち着いたようだな。震えが止まってるみたいだ、良かった)確かにそうだな。あの人は美術部員の中でも格が違うな、とはオレでも感じてた」
同じく果実水を手にしたルイスはそう答える。
「あんな風に人の心をつかめる絵が描けるなんて、やはり天性のものですよね。うらやましいわ」
「お前もそういう絵が描きたいのか?」
「えっと……まあそれなりには。描いた絵は、やはり見てもらいたいし、楽しんでもらいたいし、そして好きになってもらいたいです。それが多くの人に認められたら、やっぱり素直に嬉しいですよ」
「そうか。お前の絵は今でも素晴らしいとオレは思うが、そう思うならもっと頑張るといい」
「ありがとうございます、がんばります! ……あ、そうだ。今度モデルになってくださいよ。ルイス先輩」
「ん? オレをか?」
「そうです。この間お渡しした絵を描いてから、またルイス先輩を描いてみたいなぁって! デッサンじゃなくて、ちゃんとした油絵に仕上げたいです!」
な ん だ と。
……エステルに、ずっと見られるだと……!?
オレが見るんじゃなくて、デッサンみたいに短い時間じゃなくて、油絵を描きあげるまでずっと……ずっと!? エステルがオレを!? 見られてしまうの!?
やばい、意識飛ぶ。しっかりしろオレ。
「……オレでいいならいつでも。普通に付き合、ウ」
「わあ、やった!」
エステルさん、『やった!』、はオレのセリフですよ?
*****
投票の発表が終わると、あとはもう普通にお祭り騒ぎだ。
街中が花火と音楽とダンスであふれる。
「ルイス先輩、せっかく練習したし踊りましょう!」
エステルが果実水を飲み干すとそう言った。
「そうだな。行こう」
ルイスも一口果実水を飲むと、グラスを置いてエステルの手を取った。
隣国なので、知り合いの貴族も見かけない。
「知り合いがいないというのは、なにげに気楽だな」
「ああ、そう言えば! 踊りを間違えても誰にも見られてない、と思えて気が軽いです!」
「……はは」
ルイスは、そんなエステルを見て、天真爛漫だな……、と思い何気なく微笑んだ。
「……あ、ちょっと、はしゃぎすぎでしたね……」
エステルは、ルイスが微笑んだのを見て、少し、はしたなかったかな、と恥ずかしくなって頬を染めた。
「気楽だと言い始めたのはオレだぞ? さっきも言ったが皆、楽しむので夢中だし知り合いもいない。今、お前を見てるのはオレくらいだから、気にしないで自分らしくするといい」
「……。は、はい」
ずっと優しい微笑みでリードしてくれるルイスにエステルは鼓動が早くなっていった。
もし学校のパーティなんかで今みたいにルイス先輩と踊ったら、私は他の女子に刺されるんじゃないかしら……
ルイス先輩は、ちょっと自分の笑顔の影響力を、ご自分で理解されるべきじゃないかしら……。
それにしても。
彼の事は怖かったはずなのに。
いつのまにか……こんな風に、一緒にダンスを踊って楽しい相手になるなんて思わなかったな……。
*****
一曲終わると、ルイスの近くにこの国の貴族子女が集まってきて、よければダンスを……と申し込まれた。
「(うわ、さすが氷の貴公子……。この国の女の子も夢中にさせるとは……)」
ルイスにできる女性の列にエステルはあんぐり口を開けて見ていた。
しかしルイスは、それらを断って、エステルの手をとった。
「え、ルイス先輩、彼女たちと踊らないのですか?」
「お前を1人にするわけにはいかないだろう。それに……興味ない」
「もったいない……ってどこへ行くのです?」
「すこし、外の風にあたりたい……付き合ってくれるか?」
「あ、はい。もちろんです」
「それと……」
ルイスが少し足を止めてエステルを見た。
「?」
「少し、おまえに話したいことがあるんだ」
ルイスは、決めていた。
一曲、ダンスを踊り終えたら――謝る、と。
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