【25】ヴィオラーノの休日⑦ あなたを許さないこともないですよ!
空いているバルコニーを見つけ、エステルをそこにあるベンチに座らせた。
「話し……ってなんですか?」
キョトンとした目のエステルが、座らないルイスを不思議そうに見上げてくる。
ルイスは、小さく深呼吸したあと、エステルに向き合った。
「……初めて会った時のことを、今更だが謝りたいんだ」
「え」
「ひどい暴言を吐いたこと、すまなかった。恥ずかしい話しだが、オレはあの時、ひどく緊張していた」
ルイスは、頭を下げた。
エステルはポカン、とした顔を一瞬したが、すぐに真面目な顔でルイスの言葉に耳を傾けた。
「本当は、あんな暴言の数々ぜんぶ、欠片も思っていなかった。傷つけてすまなかった。それと、そのあと送った手紙のことも、だ。おまえの侍女に聞いた。……ひどい手紙がまじっていたようだ」
ルイスは、没になった手紙が混入したことも、その手紙を書いた経緯も説明した。
「……本当に、すまなかった。オレのことは許さなくていい。ただ、お前の容姿をなじってしまったことは撤回させてほしい。本当は、あの時オレは……その……」
「……」
エステルは無言で聞いている。
「おまえのこと、実に……可愛いと思ったんだ!」
思い切り大声で言ってしまった。
「……な」
エステルは、それを聞いたとたん、真っ赤になって、自分のドレスのスカートをギュ、と握りしめた。
「あの時言った原因のソバカスも含めて全部可愛いと思った! だが、オレはお前が可愛すぎたせいで緊張してしまったんだ!」
「ひゃああああ! ストップ! ストップ、ぷりーず!! です!!!」
エステルは立ち上がって、思わずルイスの両肩に両手を置いた。
ルイスはルイスで、過去の自分の本心をぶちまけたせいで真っ赤になっていた。
「あ……いや、すまない。だが、そのつまり。お前は本当に可愛い。よって、オレのバカな発言のせいで、容姿に自信をなくすようなことはあってはならない、と思ってだな」
エステルは、ルイスの肩から両手をひかせると、こんどは自分の頬を包みこんでしばし目をぎゅっとつぶった。
「……」
しばし二人共立ち尽くして、無言が続いた。
「ルイス先輩は、ずるいです」
無言を破ったのはエステルのほうだった。
その言葉にルイスは、ひどく反省したような顔になった。
「すまない……」
「……こんなに、仲良くなってから言うなんて、ずるいです」
エステルはそんなルイスの顔を覗き込んで微笑んだ。
そんなエステルに、ルイスは少し後退りした。
「ず、ずるいのは……そうだな、確かにそうだ。こんなに何年も経ってから謝るなんて……いや、しかし。な、仲良……いいだろうか」
ルイスは、自分が一方的にエステルにストーカーしているな、と実は思っていたので、エステルがしぶしぶ許してくれているのは感じていた。
「部活で一緒に絵を描いて、体育祭で助けてくれて、夏休みもご一緒して。そして今ここでこんな風に話をして……これで仲良くないなんて言われたら、私、困ります」
「確かにな。実は迷惑ではないか、とずっと思っていたが、謝るチャンスが欲しいのと……お前が困っていたら助けたいと思って傍にいた」
少し真実を隠した。
一番の理由はエステルのことが好きで傍にいたかったから……だが、それはさすがに言えなかった。
「……最初は怖かったですし、困ってましたよ。スケッチのときもずっとついて来ると思ってたら……謝りたいと思っていたんですね。でもルイス先輩がそういう風に私を守護してくれていたから、体育祭でも怪我しないですみましたし――今も謝ってもらいました」
そうですね……、とエステルは苦笑気味に言葉を続けて、
「あなたを許さない事もないですよ!」
と明るく――少しイタズラするような顔で笑った。
それを言われてルイスは、少し吹き出しそうになった。
「いま、笑いましたね?」
「いや、その。普通に許すって言われるより、気が楽になって」
「あら。そうだったんですか? 嫌味を言ったんですよー?」
「そうか、嫌味だったのか」
「これで……おあいこにしましょ!」
「いや、おあいこ、はオレのしたことに対して、それは無理があるだろう」
「そういうこと言いますか? ルイス先輩。私がもし許さなかったら先輩もう美術部とかやめちゃうでしょう? 私はそんなの嫌です。だから……ずるいって言ったんです……さっきまで通り、仲良くしてくださいね!」
……オレが、部活をやめたら嫌だ、と……?
え、仲良くしていいのか!? 本当に!?
神様、今日オレはこのあとひょっとして天に召されるのでしょうか?
ルイスは、両手で口をおおった。
「わかった……ありがとう、エステル。こちらこそ、これからもよろしくお願いする。オレもお前が許してくれるなら、これまで通りにさせてもらいたい……」
ルイスがすこし涙ぐんだのを見てエステルは、そっとハンカチでそれをぬぐった。
ルイスは、それ以上の涙を堪えたが、本当は号泣したかった。
――ああ、やっと謝れた。
そして、許してもらえた。
嬉しい。
そしてエステル、ありがとう。
ルイスはエステルに感謝し、心の中で何度も礼を言うのだった。
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