【26】◆餌付けならぬ絵付けされる公爵令嬢。


「夏休みもあっという間だったわねえ……」


夏の予定も全部こなし、学院の宿題もすべて終わらせてあるカンデラリアは自室でくつろいでいた。


 それにしても、ヴィオラーノ芸術祭の舞踏会は残念だった。


 あれからアートとずっと一緒で、ルイスとエステルの様子を見に行けなかったのだ。

 

 ……まったく、私が彼らをウォッチしてることを知ってるくせに!


 まあ……アダルベルト殿下も急に王子として参加するように言われたって言っていたからどうしようもなかったかもしれないけど……。


 ああー!

 くやしい!

 絶対ロマンチックなことあった気がする!!


 悔しくて歯をギリギリしていたところ、ノック音がして、侍女が声をかけてきた。


「カンデラリア様。閣下がお呼びです」


「あら、お父様が? なにかしら」


 カンデラリアは、侍女に伴われて、父親のところへ向かった。



******



「でかした! カンデラリア」


「……はい? 私なにか手柄でも、あげたでしょうか?」


「ヴィオラーノ国王家から婚約の打診が来たぞ!」


「はい?」


「いやあ、なんだかジジくさいやつらの釣書ばっか選ぶから、正直、父は困っていたぞ。それにしても王子と交流があるなら、とっとと言いなさい。それともサプライズしたかったのか?」


「……(口ぱくぱく)。 ……あの、確認したいのですが。その婚約のお相手というのは」


「ん? まさか夢心地なのか? すばらしい縁談を引き当てたのだ、わかる、父はわかるぞぉ。心して聞け、お前の婚約するお相手はアダルベルト第一王子殿下だ! お前は将来、ヴィオラーノ国の王妃ならびに国母だ!」


「な」


 なんですってええええええええええ!!!


 ……あいつ……! じゃなかった、あの方!!

 何を考えてるの!?


「断る」

「は?」


「断ってくださいまし」

「何を言ってるんだ!? 断れるわけないだろう!?」


「私はジジイ……もといお年を召した方と結婚したいんです!! そしてそのジジイが早く死んだらそのあと悠々自適にすごすスローライフが待っているんです!! 百歩譲ってイケオジがいいんですよ!! 子供はお呼びじゃないんです!! つまり、私の人生計画に支障がでますので断ってくださいまし!!」


「お前なんてひどいことを考えてるんだ!? 言い直したのに結局ジジイっていってるじゃないか!? お前はジジィをなんだと思っているんだ!? ジジイにだってもっと生きる権利や花嫁とラブラブライフする権利はあるんだよ!? 却下だ。だいたい隣国とはいえ王家からの婚約打診を蹴るなんぞ、ありえない。あきらめなさい!!!」


「お父様こそジジイって仰ってるじゃないですか!! いやです、私はまだ見ぬヨロヨロヨレヨレプルプルのジジイがいいんです!! ちゃんと最後まで面倒見ますから!!」


「ペット飼わせてみたいな会話にするんじゃない!? お前時々言葉がひどすぎるよ!? 言葉どころか、まだ見ぬジジイを軽視しているだろう!! 外では言ってないだろうな!? そうだ、向こうから王妃教育の講師を送ってくださるそうだ。来月から常駐してくれるそうだ。しっかり学べよ、カンデラリア」


「おうひきょういく……」


「向こうの国へ、中等部からは留学してもらって、そこからは直接王妃さまから王妃教育の手ほどきをうける。それまでしっかりと予習しておきなさい!」


「な……な……」


 くそおおおおおおおおおおおおお!!

 アダルベルトぉおおおおおおおおぉぉ!!!


 アノヤロオオオオオオオオオオオ!!!


 今まで悠々自適にルイスとエステルの事をウォッチしてきたカンデラリアだったが、どうやら自身にエマージェンシーが発生したようであった。



******



 その後、仏頂面でティータイムするカンデラリア。


「……アダルベルト……そうか、認識阻害魔法で気が付かなかったけど、あいつ……」


 私が書いた当て馬だよ!!


 本来ならエステルに求婚するんだよ! あいつ!!

 ……よくわからんけど、私の方にフラグが立ったのか。


 たしか、情熱の国の王子だから、穏やかな見た目に反して、一度恋に落ちたら情熱的って設定だったな……。


 うわあー。

 エステルの方に行かなかったのは良かったが、私に来られても困る!


「なんてことよ」


 カンデラリアは額を抑えた。


 ……しかし、こうなってしまった以上、おそらく逃げる手段はない。


 ルイスにすら惚れなければどうとでもなると思って、なーんも逃げるための準備してなかったし……。


 私が前世の記憶を持っていようと持っていまいと、この世界はこの世界の法則で生きている。


「郷に入らば、か……」


 前世の記憶はあるものの、公爵令嬢としても真面目にやってきた。

 だから、自分のプランが水の泡になることも心の片隅に留めてはいた。


「ああ……プルプルジジィと白い結婚して未亡人悠々自適ライフの夢がぁ……」


 そして、そのタイミングを測ったかのように、アートが尋ねてきた。


「やあ、カンデラリア。プルプルジジイじゃなくってごめんね。でもプルプルジジイより、僕はかなり条件が良い相手だと思うんだけど?」


 彼はもうメガネはかけておらず、スーツに身を包み現れた。

 サラサラと風に薄緑の髪をなびかせつつ、どこからどうみても気品あるプリンスであった。


 しかし。


「何をしにきた……」


 アートを見た瞬間、カンデラリアは黒いモヤを発生させた……ように見えた。


「うわ、瘴気が……と思ったが幻だったようだ」


「どうしてこんなことに? あなたが婚約したいっていったの? それともまさか芸術祭で国王様の目に、私とまったの?」


「僕が国王である父上に申請したよ。そして父上も君の家柄と君自身を見て承諾した。父上も僕の結婚による貴族たちのパワーバランスに悩んでいたところでね。外国の公爵家の君はちょうどよかったようだ」


「……嘘でしょ」

 カンデラリアは、テーブルに突っ伏した。


「私が、ジジ専だって知ってましたよね!?」

「うん。でも僕は君が良いんだ」


「私と貴方の間に、なにかロマンチックな流れとかありましたっけ!? ないですよね!?」


「君のほうには無かったのかもね。でも、僕は君が好きだよ。君は僕の絵を喜んでくれるし……君自身のそのいい性格してるとことか、可愛いなって思えてる」


 ニコ、と微笑んでサラっと告るアート。


「一部褒めてない部分ありません!?」


「褒めてるよ、とても。僕と婚約して後々は王妃になって共に人生を歩んでくれませんか? カンデラリア」


 カンデラリアの手をとって、その甲にキスを落とす。


「まだ10歳なのにプロポーズが重い!! それにそれは、婚約の話を出す前に言ってくださらない!? 私に断れる権利ないですよね!?」


「確かにそうだね。でも、そうしたら断ったよね?」

「はい!」

「即答した!! ほらね。……だから捕まえたあとで落とすことにした」

「子供がサラっと怖い計画吐いたあ!!」


 自分の描いたキャラが実体化して、産みの親を外堀埋めプロポーズしてるよぉ!


「子供? 僕は君より年上なんだけどな? ……あ、そうだこれ」

「なんです……? あ!?」


 包みの中は、ヴィオラーノ芸術祭におけるルイスとエステルの絵画が数点入っていた。


「こ、これは……一体!! どうして!!」


「君が欲しがるかと思って、彼らの様子を光魔法の魔術で映像に記録してね……それを見ながら、僕が君のために描いたんだよ」

「最低だ! でもありがとう!!! なんて美しい!! あああ最高うううう!!」


 カンデラリアは罵りながらも、絵画を掲げて立ち上がった。

 餌付けならぬ絵付けされている。


「ふふ。君には宝石やドレスを贈るより、このほうがいいかなって思ったんだ。……ねえ、また描いてあげるよ……?」


「え、こんな非合法なものまで!? あなたって、なんていけない人なの!?」


 カンデラリアは震えた。

 神絵師が私の専属に!? ……と。


「君のためならこれくらい……するさ」


「ちょいワルな人は嫌いじゃないわ!! 好き!!!」

「……えっ!?」

「好き!!」

「ちょろい!?」


「正直、あなたは若いから範疇外なのですけど、あなたもどうせそのうち年とりますものね!」


「その通りだけれど、もうすこし言葉を選べないのかな!? というかまさかこんなにいっきに落ちてくるとは思わなかったよ!? 僕はもう少しジレジレ楽しむつもりだったのに!」


「残念だったな! ……じゃあやめます? こんな女、ろくでもないですわよ? ただいい性格してるってのはお互いさまかと思いますけれどね?」


「……。……いや、嬉しいよ、カンデラリア」


 アートはカンデラリアの手をとってキスをした。


「また、絵を描いてくださいますよね?」

「……もちろん、君のためならいくらでも」


 まさか、こんな簡単に受け入れてもらえるなんて、思わなかったな、とアートは思いつつ、自分の絵を楽しそうに眺めているカンデラリアを見て、彼女とやっていくのは楽しそうだ、思い切って行動してよかった……そんな風に考えていた。


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