【7】小動物しか描かない美術部員①
次の日。
「~♪」
ルイスは、ランチを鼻歌まじりにフォークでつつき、同級生の男子がそれを異様なものを見るような目で見ていた。
「……ルイス、どうしたんだ」
「なにがだ?」
「いや、だって鼻歌……」
「ん? え、オレ歌ってたのか?」
「おう……」
その他、鼻歌まじりに黒板を消すルイス、微笑みながらゴミを見つめ箒で掃除するルイスが目撃された。
――この掃除が終わったら、放課後か。放課後は部活だ。部活ということはエステルがいる。そうエステルが……。
氷の貴公子の頭の中は色とりどりの花が満開であった。
「なんだかとても楽しそうね、ルイス君」
同じく箒をもったカンデラリラ公爵令嬢が、声をかけてきた。
「そうですか?」
「ええ、とても……ひょっとして美術部に入ったから?」
「そうかもしれません」
「そんなに、楽しいんだ、美術部って……」
「個人の感想です」
ルイスにとっては、絵を描くなどおまけである。
美術部に入った動機は不純極まりない。
「ふうん……?」
カンデラリアは、いつになく楽しそうなルイスの横顔を、興味深そうに眺めていた。
***
「はい、じゃあ今日のお題は風景画ね」
本日もスケッチの課題がアート部長から出される。
「校内で気に入った場所を見つけて描いておいで」
美術の授業と変わらないな、とルイスは思ったが、彼の動機はエステルなので、何でも構わなかった。
「早く油絵やりたいなあ」
しかし、エステルはそう言った。
「はは。個人で使う基本的な画材は発注しておいたから、それまでは我慢してね。クラーセン君」
「はい」
やんわり微笑んで会話するアート部長とエステル。
まるで兄に怒られた妹のようだ。
アート部長は物腰柔らかで、若草のような珍しい髪色に丸メガネの向こうの瞳の色も優しいグリーンだ。
話していると、どことなくホッとする。
ルイスは少し――焼き餅をやきそうになった。
正直、羨ましい。
エステルの態度が、自分の時とは違うし、自分自身も氷の貴公子などと冷たい印象で呼ばれている。
少し伸びた前髪を指でつまんでみる。
まあ、髪や瞳の色ではない、問題は……それはわかってる。
それはそれとして、もうすこし温かみのある見た目だったら良かったのに、とは思うのだった。
――まあ、自分じゃどうにもならない、生まれ持ったもったもの……もあるよな。
ただ、エステルを怯えさせてしまっている原因として……見た目の冷たさも後押ししているんじゃないか……とたまにふと思ってしまう。
……昔のこと、早く謝りたい。
過ぎてしまった事を謝る、というのはタイミングを掴むのが難しいものである。
*****
ルイスとエステルは校庭へ向かった。
「えっと……中庭のほうへ行ってきますね」
エステルは、昇降口からは、別れて行動するつもりだった。
「そうか」
「では」
――そんな会話をしたのに。
「(な、何でついてくるの!?)」
エステルは背後にルイスの気配を感じていた。
しかし、ついて来るな、とも言えずそのままデッサンする場所を涙目で探した。
中庭には、大きな一本の木が中央に生えており、部活動時間も考えるとそれがふさわしいと思ったエステルはその木を描くことにした。
それを描くのにちょうどいいベンチに腰掛け、デッサンを開始すると――
ルイスが、その木の下に腰掛け、距離はあるが、向かい合う形になった。
「(なんで!? ルイス先輩は一体なにを描こうとしてるの!?)」
エステルは、思わず背後を振り返ったが、とくにモチーフになりそうなものはない。
エステルは、また昨日のように、じーーーーーーっと、凝視されている気がしたまま作業する羽目になった。
実際、ルイスは彼女を凝視しているのだが。
しかし、課題を描いているうちにそれも気にならなくなり、ついでに木の下にいるルイスまで描いてちょうど時間になった。
「終わったか?」
描き終わり、伸びをしていると、ルイスがやってきた。
「はい、なんとか時間内に終わりました。ルイス先輩何を描いていたのですか?」
「ん……」
ルイスはスケッチブックを開いて見せた。
ルイスのスケッチブックの中心にはベンチに座るエステルとその周りの風景がすこし描かれていた。
絵の中のエクセルは、スケッチブックを抱えて一生懸命前を見ていた。真剣に絵を描こうと頑張っている少女の絵に見えた。
「(……私、こんなに……可愛いかしら……)」
エステルは少し頬があつくなった。
「なんだか……その、私を……可愛らしく描いてくださって、ありがとうございます」
「見たまま描いてみただけだ」
「……」
……これはどう受け止めればいいのかしら。
モヤモヤっとするものの、まだ7歳のエステルには難しい問題で、結局コメントが浮かばないままだった。
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