ルイス2年生。

【3】 灰色の新学期。

 ルイスとエステルのお見合いから、ほぼ1年。

 ルイスは小等部2年生になった。


 本日は、ルイスの通っている学院で入学式がある。


 学級委員長のルイスは、新入生引率の手伝いがあるため、休日にも関わらず登校していた。


 家庭で英才教育を受けているだろう貴族の子供たちだが、そうは言っても、平民の子も混じる6歳児の群れだ。


 上手に列に並べなかったり、泣き出したり、ふざけたり……となかなか手が焼ける。


 昨年はオレもあんな感じだったな、とルイスは少し懐かしい気持ちになりながら、手元の書類と新入生を確認していた。


「えっと次は……エステル=クラーセ……」

「はい」


【エステル=クラーセン伯爵令嬢】


 ルイスの手元の書類にはそう書いてあった。


――な、なんだと?


 ルイスの心臓がはねた。


「……」


 ルイスはその返事をした少女に、ゆっくり視線を向けた。


 思った通り――明るいオレンジの髪に、顔に広がるソバカス。

 ――1年前にお見合いをし、傷つけてしまった彼女だった。


 彼女のほうも、ルイスを見て――ハッとした顔をして、目をそらした。


「(め、目をそらされた!!)」


 反応を見るに、彼女もバッチリ自分を覚えている。


 こ、これは――。


 それは当然の反応ではあるが。

 ルイスは、あの手紙は許されなかったのだと、はっきりと思い知ってしまい、胸が激しく傷んだ。


「OKです……次の人……」


  ルイスは頭が真っ白になりながら、その次の生徒の確認作業に入った。



 *****



「やあ、久しぶりですね。ヴィンケル侯爵令息」


 入学式が終了したあと、エステルの父親であるクラーセン伯爵に声をかけられた。

 その背後に、オレンジの髪が見える。彼女が、父親の後ろに隠れている。


「――ご無沙汰しております、クラーセン伯爵」


 ――嫌われている。

 

 取り返しの付かないその事実に、彼の世界は灰色になった。


 ……仕方ない。


 自分が悪いのだ。

 謝罪をしたいと思っても、また自分は緊張して暴言を吐くかも知れない。


 しかも、こんなに嫌われていては、下手に謝罪するよりも接触を持たない方が正解な気がした。


 自分が書いた手紙で、とんだドジで暴言を上塗りしていることも知らず、ルイスは、黄昏れた。


「……入学おめでとう、ございます」


「ありがとうございます」


 挨拶は父親のクラーセン伯爵が応対し、彼女は隠れたままだった。

 クラーセン伯爵も、普通に親しい笑顔ではあったが、娘に挨拶をうながすこともしなかった。


 ただ、背後の娘を見ながら、一言だけ言った。


「すみませんね、ちょっと引っ込み思案なところがあって」


「いえ、お気になさらず」


 ……全ては自分のせいだが、胸が痛い。


「ヴィンケル閣下によろしく。良ければまた遊びに来てください、と伝えてくれますか?」

「はい、伝えます、では係の仕事がありますので――」


 ルイスは張りのない声で、そう伝えると足早にその場を立ち去った。



 *****


 その日、帰宅してからルイスは悶々(もんもん)とベッドの上に体育座りをしていた。


 諦めなければ、と思いつつ、久しぶりに見た彼女はやはり――


「可愛かった、な……」


 オレは一体なんてことをしたんだろう。

 なんであんなことを言ってしまったんだろう。


 この1年ずっと思ってきた同じことを、また反芻(はんすう)する。


 本当は可愛いって言いたかった。

 ソバカスなんてちっとも気にならなかった。


「く……!」


 両手で顔を覆った。



 ……とりあえず。

 迷惑になるだろうから、基本的に接触はしない。


 だが、もし彼女が困っているのを見かけたら無言で助けよう。

 口を開いたら、また変なことをいってしまうかもしれないから。


 さっと助けて、さっと立ち去ろう。そうしよう。


 それだけ、それだけを頑張ろう。


 考え込んでいたので気がつけば夜だった。


 まだ7歳の少年が、自分にできるささやかな事を心に誓った夜だった。


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