【38】ヴィオラーノ王家の婚約式


 ルイスは、カンデラリアの婚約式に向かうため、ヴィオラーノの屋敷を出た。


 息が白い。


 夏はかなり暑かったヴィオラーノではあるが、冬は普通に寒いのだな、と思った。


 ――婚約式に出るなんて、小さい頃に兄上の婚約式に出席して以来だな。

 これからはこういう貴族行事も増えてくるのだろうな。


 思えば、カンデラリアにはずいぶん世話になっている気がする。


 珍しくルイスは昨晩、カンデラリアとの今までのことを思い出していた。


 ……彼女の行動。

 ひょっとして、オレがエステルを好きなことに気がついていて、手助けしていてくれたのではないか。


 違うかもしれないが、そんな気がしてきていた。


 実際には、ルイスがエステルを好きなことは、四方八方、気づかれまくっているが。


 ともかく。

 アート部長……アダルベルト殿下もカンデラリア様も、美術部で一緒にすごす大事な仲間だ。


 ルイスは、今日が良い日になるよう祈りながら、昨晩は眠った。


*****


「ルイス先輩、おはようございます! 本日は良いお天気ですね!」


「……」


「ルイス先輩?」


「あ、いや、すまん。おはよう、エステル」


 エステルのフォーマルドレスが可愛くて思わずボーっとしてしまった。


 なんでこいつは! 寒色系着てくるんだよ!


 エステルは強すぎない優しい色の青が基調となったドレスを着ていた。


 濃紺のフリルがついているが、色のせいで非常に落ち着いて見える。


 そして淡い水色のケープを身に着け、髪はふんわりと巻いており、両サイドは水色の花の造花、そして青と水色のリボンで編み込みをしている。


「その……綺麗だ」

「えっ」

「あ、いや。清楚な装いだな、と」

「はい! また寒空の下にこのような寒色ですが、私は気に入っております! なので、ありがとうございます!」


 寒色で身を包んだエステルの頬が赤く染まる。


「確かに寒い」


 ルイスはエステルに程よい温かみのある魔力を纏わせてやった。

 

「あ! あったかい! やったー!」


「いつでもご利用ください、ご令嬢。……そろそろ時間だな。参列しよう」

「そんなこと言ったらずっと利用しますよ! はい!!」


 ずっと? うん、ずっと利用してくれ。


 そんな事を思いながらルイスはエステルをエスコートして列へ導く。


 本来なら家族と同じブースへ行くのだが、ルイスとエステルは美術部のメンバーたちに用意されたブースで、今日の主役を祝う。


 美術部のメンバーに静かに挨拶しつつ、二人並んで、カンデラリア達が来るのを待った。


 しばらくすると、王城の庭園にずらりと配置されたオーケストラが演奏を始め、2台の豪華な馬車がやってきた。


 一台の馬車からはヴィオラーノ王家、もう一台からはジョンパルト公爵家の参列者がまずおりてきて、親族のためのブースへと向かう。


 そして王族と公爵家の面々がブースに着席すると、アダルベルトが馬車から降りてきて、もう一台の馬車へ近づき、カンデラリアをエスコートして降ろし、 厳かな祭壇へ続く赤い絨毯へと導いた。


 カンデラリアは華やかな薄緑のドレスを着ており、髪にも、ドレスにも色とりどりの花が飾られとても美しい装いだった。


 アートはシルバーのスーツで、ピアスにカンデラリアの瞳の色のような紫色のピアス、そしてネクタイも同じ色だった。


 その二人が神聖さを感じさせるメロディーと、大勢の貴族に見守られ、祭壇に向かって歩いていく。


「(まるでもう結婚式だな)」

 ルイスはそう思いながら眺めていたが、となりでグスッと鼻をすする音が聞こえた。

 見るとエステルがハンカチを握りしめてボロボロ泣いていた。


 この段階でボロ泣き!?


 ちょっとびっくりしたルイスだったが、思い直した。


「(エステルはカンデラリア様にとても懐いているからな。当然か)」


 ルイスは軽くエステルの背中をポンポン、とした。

 エステルがルイスを見上げたので、やんわりと微笑んでみせた。

 エステルも、涙をうかべたままではあったが、微笑みを返した。


 祭壇で祝いの祝詞が唱えられ、主役の二人がお互いの頬にキスをして、婚約指輪を互いにはめる。


 会場は大きな拍手で二人を祝福した。


*****


 午餐会(ごさんかい)が始まった。

 エステルがまだ、涙ぐんでいる。


 アートとカンデラリアが挨拶にやってきたら、エステルは、またさらに泣いて抱きついた。


「やあね、この子は。まるで私がすぐに嫁いじゃうみたいじゃないの」


「だって……お姉様がとってもお美しくてー!! お二人共おめでとうございます!!」


「おめでとうございます」


「ありがとう、エステル、ルイス。僕もまだ2年はそちらの国にいるからね。それまではよろしく頼むよ」


「はい!!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 来賓が多いため、主役の二人は長居することができず、またね、と言って去っていった。


 ルイス達の両親と、ルイスの兄の婚約者とその家門と歓談している。


 そしてルイスとエステルはなんとなく二人で、なんとなく食事と飲み物を取って、なんとなく空いているベンチに腰掛けた。


「あっという間に終わったな」

「はい。でも、すごい婚約式でした。まさかヴィオラーノ城の庭園に入ることが一生のうちにあるなんて、思いもしませんでした」

「たしかに」

「……ルイス先輩は」

「ん?」

「ルイス先輩のお家も、格式高くていらっしゃるので、やはりルイス先輩の婚約式は盛大なんでしょうね」

「どうだろう。兄上の式はそこそこ大きかった。でもそれは跡取りだからだろうな。というか……お前の家も格式は高いだろう」


「あっ。そうですね、はい」


 エステルはトレイの上のサラダをフォークでつつきながら言った。


「ルイス先輩は、その……婚約はまだ、なのですか?」


「え」


 ルイスはドキリとして、フォークを取り落としそうになった。

 まさかエステルに自分の婚約の話を聞かれるとは思わなかった。


「あ、すいません。失礼なことをお聞きしたかも」


「いや、構わない。オレは、まだだな。……その昔、オレがおまえとの見合いでやらかしてから親に呆れられて放置されている。釣書が送られてきているかどうかも知らん」


 ルイスは苦笑して言った。


「ほ、放置です!?」


「そうだ。ついでに仕事も自分で見つけてこいと。おそらく親がオレになにか婚約の話をしてくるとしたら、仕事が定まったあとか、どこかに婿養子に行かされるかの二択だろうな」


「そ、そうなんですね……」


 ルイス先輩が、どこかの跡取り令嬢の……旦那様に……。


 エステルはそう思うと、胸が痛くなって、すこし涙がでた。


「……どうした? 部長とカンデラリア様の式を見たせいで、すこしナーバスにでもなったか?」


 ルイスはハンカチを出してエステルの涙を拭いた。


「そうかもしれません。あ、大丈夫ですよ。ハンカチありがとうございます」


 ルイスは、エステルの様子を見て、話題を変えることにした。


「明日、覚えてるだろうな?」

「あ、もちろんですよ! 楽しみにしてるんですから!」


 エステルは急に元気になった。


「パンフレットを取り寄せて、見たいものには丸つけておきましたよ~! 順路を決めておかないと、あそこの美術館も広くて、一日じゃ回りきれませんからね!」


「キャバネルは、最後か?」

「えーっと、順路的に最後ですね!」


「そうか、わかった。楽しみだ」

「はい! ガイドはお任せください!」


 その後、カンデラリアとアートの婚約式は無事終了し、それぞれ帰途についた。


 ルイスは別荘のバルコニーで寒い夜空を眺めた。


 ――エステルが最近、情緒不安定な気がする。

 なにかあるのだろうか。


 今日は婚約について色々気にしていたようだが……。


 はっ!

 まさか、望まない釣書でもきて、悩んでいるのか!?

 婚約が決まりそうだけれど相手がいやだ、とか!?


 いやいや、もう今それを考えても仕方がない。

 オレは明日、エステルに告白するのだから。


 胸の鼓動がすこし早くなる。


 告白した後のことは後で考えよう。

 結果がどうであろうとも……オレは彼女にずっと伝えたかったんだ。


 ――君が好き、だと。

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