【40】その絵には愛が灯っている。【完結】
ルイスは後日、自分の気持ちが落ち着いてから、父親であるヴィンセント侯爵に事情を伝え、エステルの家門であるクラーセン伯爵家へ、釣書を送ってもらった。
父親は、
「……過去の過ちを、ちゃんと自分で取り返したな。いつのまにか顔も大人びてきた。これからも頑張れよ」
と、ルイスの頭をクシャ、と撫でた。
ルイスは放置されているようで、実は見守られていたのだな……と、なんとなく感じ取り、父親にありがとう、と素直に礼を言った。
釣書は年が明けて、学院の新学期が始まる頃にエステルの家に送られた。
もともと二人を見守っていたエステルの父親も婚約を承諾し、婚約は内定となった。
******
年が明けて数日経った美術部で、婚約が内定したことを伝えると、部室はわーっと湧いた。
「やっとかあああああああ!!!」
「おめえええええええ!!」
「賭けはオレの勝ちだあああああ!!」
「きぃいいい!! 来年、婚約するほうに賭けてたのに!!」
「だから今年中だって言ったでしょー」
呆れたことに。
ここでようやく、本人たちは学校ですでに自分達がカップル認定されていた事を知ったのである。
しかもいつ婚約するか、賭けまでされていた模様。
「うえええええ!?」
「なんてことだ……」
ルイスとエステルは二人して真っ赤になって、ひやかしに耐えた。
「あらまあ、おめでとう! あらあらまあまあ!! それで婚約式はいつですの?」
カンデラリアが、ニヤニヤしながら聞いてきた。
ルイスはびっくりした。
カンデラリアがそんな顔をしたところを見たことがなかったからだ。
「カンデラリアお姉様! お顔が!?」
エステルが泣いた。
「……来年度の春に行います」
そんなエステルの頭をなでて宥めながら、ルイスはカンデラリアに答えた。
「ふふふ、私がこの国にいる間で良かったわぁ」
それを横目で見ながら、アートが言った。
「カンデラリア、顔がすごいことになっているよ? ……ルイス君、エステル君、おめでとう。ぜひ二人の婚約式の絵を僕に描かせて欲しい」
「え! ヴィオラーノの第一王子様に絵を贈って頂けるのですか!? うれしいです!!」
「光栄です。アート部長」
「そんなに喜んでもらえるなら、やりがいを感じるなぁ」
「婚約式に作業着を来てこないでくださいましね」
カンデラリアがやりかねないと思ったのかそう突っ込んだ。
「ははは、まさか。やるときは許可とるよ」
「ちょっとやる気がある!?」
「(どっかで聞いた会話だな……)」
カンデラリアはアートに突っ込んだあと、ルイスに向き直り、
「実はこっそりあなた達のこと、応援していたわ。……良かったわね、エステル。がんばったわね」
「はい……っ」
「……エステルの相談に乗ってくださっていたと聞きました、オレからも、お礼を言わせてください。カンデラリア様」
「いいのよ。私はね、あなた達のことが大好きなの。ねえ、いつか。ヴィオラーノにも遊びに来てちょうだいね。あなた達とはずっと、友達でいたいの」
カンデラリアがルイスとエステルに握手を申し出る。
「……こちらこそよろしくお願いします」
ルイスはそれに応じて握手をした。
エステルは、握手ではなく抱きついた。
「おねえさま!! 絶対、絶対、遊びにいきます。お姉様こそ、訪ねたら絶対に会ってください……!」
「もちろんよ、エステル」
カンデラリアは抱きついてきたエステルを抱きかえしながら、すこし涙した。
その後、部活が始まると、賑やかさは一点して、静かになった。
みんな黙々と自分の作品に取り組む。
カンデラリアの傍で作業をしていたアートが、小声で彼女につぶやく。
「良かったね、カンデラリア。君の期待していた出来事だろう?」
「ええ。アート様。私、いまとても満足ですの」
「婚約式の絵は君にもちゃんと描いてあげるからね」
「ありがとうございます。……ねえ、アート様、その絵であの二人の絵を描いてもらうお願いは、私、最後に致します」
「え、いいのかい?」
「ええ。それより今度、私にあなたの絵を描かせてくださいまし」
「え……。それは……いい、けど?」
意外な言葉が続くと思ったアートは、どうしたんだろう、と不思議そうにカンデラリアを見た。
それを見たカンデラリアは、やんわり微笑んだ。
「あなたみたいに上手には描けませんけども……あなたをじっくりと見ながら描いた絵を、私からあなたに一度贈ってみたいのです」
アートの手が止まった。
どれだけ喋っていようとも、同時進行で作業を止めることがなかったマルチタスクな彼の手が、止まった。
カンデラリアはそれに気がついて、どうしたのかとアートの顔をまじまじと見た。
「……カンデラリア。ありがとう……うれしい、よ」
アートの瞳がすこし潤んで、とてもうれしそうな顔だった。
カンデラリアとしては、アートに以前言われた、僕を見て欲しい、という言葉への返答のつもりで。
恥ずかしいのでそれを、わからないように遠回しに言ったつもりだった。
しかし、アートはそれを見抜いたようだった。
意図が通じて、カンデラリアも嬉しくなったが、どこか恥ずかしくて。
「……本当に、あなたからしたら、とても下手くそな絵ですわよ!」
と照れ隠しにそう言うのだった。
******
ルイスとエステルは、新学期のその部活から、同じキャンバスで初めて合作をすることにした。
最初はエステルがルイスから誕生日に貰ったビスクドールを中心のモチーフに、優しい絵を描こうと二人で計画を立てた。
次の絵は、ここはこうしよう、ああしよう、と二人で意見を重ねてすこしずつ時間をかけて描いていく。
けっして、上手な合作ではないが、二人で描く作業が楽しくてしかたのない二人であった。
その絵を一緒に描いていたある日、ルイスはエステルに言った。
「伯爵家の仕事は全部オレにまかせていいから、留学してもいいんだぞ」
「え……!?」
「……オレは君に絵を描かせてあげたいんだ。すこしの間、オレ達は離れてしまうかもしれないが、それでも君が好きな事をさせてあげたいと、思うんだ」
そう、いつか思った事だった。
自分が婚約者なら、伯爵家の仕事を引き受けて、エステルに時間を作ってやりたいと。
その気持ちは変わっていなかった。
エステルは唖然としたあと、しばらくしてニッコリ微笑んだ。
「ルイス様。それは……だめです。私はクラーセン伯爵家の跡取り娘としてその責任はちゃんと背負うつもりです。それでも、ルイス様にかなり助けて頂くことにはなりますが……! 私は、そのように頑張りたいです!!」
「エステルは真面目だな……」
「いいえ、当然です! それに、絵はいつか嫌でもたっぷり描ける時がくるって、わかったので……。それもルイス様のおかげです」
「オレの?」
「ブルダリアス画伯の個展で、画集をいっぱい買ったのは、私を画伯に会わせてくれるためでしょう?」
「気づいてたのか」
「ふふ。あんなにいっぱい買ってたら気づきますって。……でもそのおかげで彼女と話すことが出来て、あれからとても気が楽になったのです。考え方がかわりました」
「ふむ?」
ルイスが首をかしげると、その様子にエステルはクスっと笑ったあと、すこし恥ずかしそうに言った。
「その……あなたといつか結婚して、子供が生まれて、子供が大人になったそのあとで。もっといっぱい勉強して、いっぱい描きます。でもその間も、出来るなら……ずっとこうしてあなたと一緒に絵を描きた……いです」
エステルが真っ赤になって下をむいた。
「……」
同じようにルイスが真っ赤になるのは秒だったが、ルイスはそんな下を向いたエステルに、
「もちろんだ。オレも絵を描くことが好きになった。オレも君と同じものを見て同じ絵を描きたい」
そのように囁いた。
そして、彼女の頬に、初めて恋人としてキスをした。
――二人は一生のうち、いくつも合作の油絵を描いた。
結婚するまでも、大人になって仕事の間にも、そして仕事を引退したあとも。
そんな彼らは著名な画家にはならなかったが、たった一つの有名な絵を残す事になる。
――――――――――――――――――――――――
遠い遠い未来。
ヴィオラーノ美術館の片隅に飾られる一枚の絵があった。
二人で微笑み合っているその絵は訪れる人に、いつも甘酸っぱい感想を抱かれていた。
「へー、この絵って合作なんだ。そんな風に見えないね」
「なんだか可愛らしいような、くすぐったい感じのする絵だね」
「ちょっとパンフの説明……ずっと自分たちの肖像画を夫婦で描き合ってたって」
「えー、なにそれ、ノロケの油絵? やだ、自分たちのこんな絵を自分たちで描いたの? この人たち??」
また、いつしかその絵の前で告白すると恋が叶うという逸話がつき、叶えたい愛を抱く人たちに人気の観光名所にもなるのだった。
その絵の傍に貼られてあるキャプションボードには、こう印字されている。
【夫婦の肖像】
――――――――――――――――――――――――――
『作者 ルイス=クラーセン、エステル=クラーセン夫妻』
共同制作/油絵
――その絵に籠められた思いは、灯り続ける彼らの愛。
*** 【お前を愛することはない……ことも、ない。】と言い放ったその氷の貴公子(火属性)が描く彼女の肖像画はとても可愛い。***
――FIN――
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