【15】 【体育祭③】愛さないって……あれ、言われてない。


「あ、あの……ルイス先輩。治療してもらったのでもう歩けます。そもそもかすり傷ですし……」


ルイスはエステルを救護室に抱きかかえたまま連れていき、治療が終わってもまだ姫だっこでクラスの観覧席まで運ぼうとしていた。


「そうか」


 ルイスは、エステルにそう言われて、やっと彼女を下ろした。


「(まさか、抱きかかえられたまま、クラスには戻れないわ……!)」


 エステルは赤面した。


「ルイス先輩、助けてくださってありがとうございました。ハアト君が倒れこんできたら、さすがにペシャンコだったと思います」


 エステルはルイスを見上げて苦笑しているが、ルイスはそれを聞いて、


 ――エステルの上に倒れ込む? 絶対そんな事許すものか……、


 と考えていた。


「あの体格差は酷いだろう。ペアの取替は訴えなかったのか?」


「他に体格差がぴったりで早い人達がいたので、彼と私は捨て駒枠なんですよ。他の人達で点数稼ごうっていう。ほら、クラスの総合点のこともありますし」


「捨て駒……そんな風に言うな。頑張ってたじゃないか」


 ルイスは、少し心を痛めたような表情をした。

 自分自身のこととはいえ、そんな事を言ってもらいたくないと思った。


「あ……。ごめんなさい。言葉が悪かったです。クラスの作戦でノリ良く皆でそう言ってたので……」


 エステルは初めて見るルイスのそんな表情に少し動揺して目をそらした。


「(本当に心配してくれてるのが、わかる……)」


「なるほど。悪ノリも楽しい時があるものな。こういうイベントの時は特に……オレも真面目に考えすぎた」


「いえ、ルイス先輩は正しいです」


 エステルは、気を取り直して、ふふ、と笑った。


そんなエステルの笑顔につられて、ルイスも自然と笑顔になっていた。



*****


クラスの観覧席に戻ると、ルイスはクラスメイトに色々と突っ込まれそうになったが、美術部の後輩を助けただけだ、と一蹴した。


その後、自分の個人競技まで観覧席で過ごす間、ルイスは……


「(髪も、少し触れた腕も……やわ、やわらかかっ……)(そう……魔力変質しなければ、これくらいの重みだった)(香りが……もう一度……かぎたい……)」


 などと、先程抱き上げたエステルの感触を思い出して反芻(はんすう)していた……。

 もう、病気である。



 一方エステルもクラスメイトに怪我の心配よりも、ルイスとのことを突っ込まれていた。


「いや、その美術部で後輩だから……」


 ……と、説明するも、いや、付き合ってるんだろ?、とか、実は婚約しているのか、氷の貴公子に守られるなんてうらやましい、とか。


 そんな関係じゃない、と言っても、そうじゃなきゃあんなに飛び出て助けにこないだろう、と言われる始末。


 たしかに、あんな助けられ方は普通はない。普通は。


 だからって、ルイス先輩と私が勘ぐられているような関係なわけ、ないじゃないのよー!


 そもそも、ルイス先輩とは、確かにお見合いしたことあるけれど、ソバカスのことで私のこと愛さないって仰ってるんだから。


 そう、たしか――


『そ、そばかすも化粧で隠してもこないし、おまえは、は、はしたない。だから今のままでは愛することは……な、ないだろう』


 小さい頃は、その全ての意味はわからなかったけれど、今ならわかる。

 私はソバカスがあって、そしてそれを隠さなかったはしたない女の子。

 

 それに今も……小等部はメイク禁止だから今も、ソバカスを晒しちゃってるし……。


「……」


 エステルは、昔のルイスの言葉を思い出して、胸が痛くなった。


 ……ま、まったく、当時小さい男の子だったとしても、かなり……失礼よね。


『今のままでは愛することはない……こともない』


  ――ん?


 そういえば、愛さないと、断言はされていない。


 今までずっと、彼の態度や以前もらった手紙のこともあわせ持って、嫌われるまではないも好ましくない相手だと思われていると――思いこんでいたのだ……が。


「……」


 1年生のときは、購買で助けてもらった。


 それに美術部で仕上げる作品が全てエステル入りの絵だ。本人が描きやすいというし、エステルもあまり関わりたい相手ではないから――


 危うきに近づかず、な気持ちでスルーというか、放置というか……考えないようにしていたのだけど………。


 その美術部にしたって、エステルが入部しようとしたところに同時に入ると言い出した。


 侍女長マーサが言っていたことを思い出す。

 ”ああ、そういうこと――”


 あれからマーサはルイスの作品を持ち帰る度に丁重に飾ってくれている。

 ルイスのことは彼女が一番怒っていたのに。


 そして、さっきも、ただひとり、観覧席から飛び出してまで助けに来てくれた。


「(ひょっとして、昔のことを気にされていて、罪滅ぼしのおつもりなのかしら……もしそうなら、もう小さい事のことだし、軽く謝ってくれるだけで別に……)」

 

 エステルはふと……そういえば、最近ルイス先輩が前ほど苦手ではなくなってきたな、と感じた。そして、さっきの救出劇を思い出す。あんな風に……守られたら……。


「やだ……変な感じ」


 エステルは自分の体操着のすそをギュ、と握った。

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