【16】 【体育祭④】姫抱っこ、追加で。

 ルイスの個人競技。

 借り物競争が始まった。


 ルイスの順番は最後だ。


 注目と期待を集めているだけに、最終走者に指名されていた。


 走り終えた走者を見ていると結構とんでもないお題が出されているようだ。

 ゴールには、珍アイテムを携えた生徒が並んでいる。


 街の店頭に立っている白いヒゲ白いスーツのおじさんの等身大人形だったり、散歩中の犬を飼い主ごと連れてきていたり、巨大な水槽抱えていたり。

 他には大型家具などもあった。


「魔力変質が使えるとはいえ……なんだあれは……。持ってこられないようなアイテムに当たらなければいいんだが」


 こんな面倒くさいお題を出すから、立候補者が毎年減るのだろう。この競技は。まったく。


 そんなことを考えていたら、もう自分の順番が巡ってきた。


 パン!!


 スタートのクラッカーが鳴って走り出す。

 ルイスは、一番にお題の紙を取って開いた。


「…………」


 ルイスは、ハア……とため息をつくと、キッ!、と観覧席にいるエステルを見た。


 目があったエステルは、ビクっとした。


「(え、何。目が合った気がするんだけど、気のせいかな……あ、いや。え、なんでこっち来るの!?)」


 そしてルイスがエステル目掛けて超スピードで走ってくる、猪突猛進なルイスにエステルのクラスメイトから悲鳴が上がる。


「うぁ!?」

「うおー!?」

「なにー!?」


 3年生の観覧席にハードルを超えるかのようにして、飛び込むルイス。


「あ、あわわ!?」


 エステルは、なんだか怖くなって思わず立ち上がって、逃げようとしたところ、後ろからガッツリ捕獲された。


「きゃあああああああああ!?」


「一緒に来てもらうぞ……!」

「何故!?」


 エステルを捕獲すると、横抱き――つまりはまた姫抱っこに抱え直し、きびすを返し、ゴールに向かって一直線に走るルイス。


 氷の貴公子ルイスの表情があまりにも鬼気迫る形相だった為、恐怖したエステルのクラスメイトから、


「エステルがさらわれたああああ」

「エステルううううう」


 ――と、まるで賊に奪われたかのような悲鳴が上がった。


「る、ルイス先輩っ! なにが、何が書いてあったっていうんですか! 私の名前でも書いてあったのですか!? ……って怖いです!!」

 

 横抱きで走られると揺れが怖いのか、エステルは思わずルイスに抱きついた。


「そんなところだ、……そうだ、しっかり捕まっていてくれると助かる」


 真面目に答えているようにみえて、下心でいっぱいのルイスが一着でゴールする。

 先ほど救出劇を披露したペアの再出演である。それはもう大歓声である。


「(また!! 姫だっこされてる!! 言ってくれればちゃんと走るのに……って私の足が遅いからかしら!? うわーん! この大歓声は何ー!!)」


「(まさかまた、抱き上げるチャンスが巡ってくるとはな……しかも、向こうから抱きついてもらえた……知らなかった、体育祭とはなんと良い文化なんだ……)」


 ルイス以外の最終走者たちがゴールして、お題の発表が行われる。

 これでお題と違うものを持ってきていたらアウトだ。


 こんなお題でした、と読み上げる体育委員と、運んできた物を会場中に見えるように持ち上げる走者、そして拍手が起こる。


「さて、ルイス走者のお題は――『可愛いもの』でしたー!」


「うあ!?」


 真っ赤になるエステル。そして大歓声。


「せ、先輩……ルイス先輩! あの、そのお題は、私は違うんじゃないで、しょうか?」


「体育委員が不正ともなんとも言わなかっただろう。間違ってない」


 ”もうお前ら早く結婚しろー!” ”婚約! 婚約!!”"お幸せにー!"


 歓声の中から聞こえる野次に、そんな言葉が混じる。

 恐らく先程の二人三脚のこともあって、言われている。


「あ……あ、あああ……」


 そんな言葉に、エステルはもうまともに顔を見せられなくなり、またルイスの体操服をギュッとして、彼の胸の方をむいて顔を隠した。


 一方、ルイスは……


「(なにこれ可愛い。持って帰りたい。そうだ……観客たちよ……もっと言ってくれ。もっと言ってくれて構わない……。結婚か……許されるなら結婚したい……というか、神様もうオレの物語ここで最終回にしてください)」


 鉄面皮の下、そんな事しか考えていなかった。


 観覧席には保護者も座っている。

 ルイスの両親とエステルの両親は懇意にしているため、同じブースで観覧していた。


 ルイスの父親のヴィンケル侯爵は、エステルの父親のクラーセン伯爵に謝りながらも腹を抱えて震えていた。


「す、すまない……クラーセン、すまない……オレ恥ずかしいわ。帰りたい」


「帰んなよ……。くっそ……。いや、面白いな、ヴィンケルの息子……」


 そんなクラーセン伯爵も涙目だった。


 夫人同士も、扇で口元を隠しつつも、二人共震え――絶対、笑っている。


「だが、娘を助けてくれて助かった。思わず私が飛び出すところだったよ。先を越されたがね」


「やらかしたことが人助けでよかったよ」


「しかし……これは、娘にくる釣書減るなぁ。いや、もう来ないかもな……。ほら、私たち親も同じブースで一緒に観覧しているし……周りの貴族たちから見ると、アイツらの話しはもう固まってるんだな、と見切りつけられるだろう、コレ」


「ああ……すまん」


「まあ、それはルイスくんも同じだろうがね。……初見で駄目かなーと思ったけど……まだ幼いし時間はある。……見守るか」


「そうしてやってくれるなら、助かる。オレもそうするわ」


 身分の差はあれど、プライベートでは仲睦まじい友人同士な彼らもまた、学生時代は恋愛結婚だった。


 そんな彼らにとっては、この状況は許せないものではなかったらしく、婚約を決めるにはまだ猶予のある彼らを見守ることにしたようだった。


 借り物競走のあとは、各学年のクラス対抗リレーで競技は締めくくられた。


 大会の表彰式で、ルイスは個人での活躍により、この運動会で一番多くのメダルを授与された。

 また、一番メダルを多く獲得した生徒として、さらにトロフィーが進呈される。


 まだ顔が赤いままのエステルは、少しうつむき加減で、それを見ていた。


 ……うう、恥ずかし……かった!!


 ……でも、ルイス先輩ってすごい人なのは確かだわ。

 容姿もいいし、成績も運動も良い。魔法の扱いにも長けてそう。


 なぜあんなすごい人が自分に構うのだろう……。


 エステルが、まだまだ幼い少女とはいえ、さすがにここまで来ると、彼が自分のことを嫌っていないことには気がつく。――むしろ好かれている気もする。


 だが、根底には過去のトラブルがあり、それを度々思い出して、やはりそれはありえないのでは?、とループしてしまう。


 どうして……?

 両親が仲良しだから?

 そうだとしても、私のことは気に入らないのじゃなかったの……?

 謝罪の手紙だって、あんな……。

 ……何か誤解があるのかしら?


 ルイスの事情を察するに、8歳の彼女は子供すぎた。


「……」


 ……う。

 ……それにしても……こ、こんな騒ぎになったら釣書こなくなるんじゃ……。 私、跡取り娘なのに……。


 大体ルイス先輩だって、特定の女子と噂されるのは困るのでは??


「……こ、困る……」


 と、うつむき加減のままで小さくつぶやいたエステルだったが、その顔は本気でそう思っている顔ではなく、その内心も、


  今までは、普通に接することを心がけていただけだったけど……。

 ……少し、歩み寄ってみようかな……。


 と、前向きに傾いていた。

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