【17】誕生日プレゼント
体育祭の練習の間にも、美術部員たちは、スキマ時間に自分の作品を描きに来ていた。
夏休みのヴィオラーノ国での絵画コンクールに参加するためだ。
そして体育祭が終わり、また部活通いの放課後が始まると、通常通りの部活が集まり、絵を描く日々がしばらく続く。
ルイスとエステルは体育祭後の数日、話題にされたり冷やかされたりした。
だがしばらくするとそれも収まった。
「ああ、そうだわ。夏休みの旅行ですけれど、私はお父様から許可を頂いたわ」
カンデラリアが、夏休みの話を始めた。
「私もです!!」
エステルが顔を輝かせた。
「ふふ、楽しみね。ルイスは?」
「大丈夫です。許可はとりました」
「はは、夏休みも皆と会えそうだね」
アート部長がのほほんとした笑顔で言った。
「わあ、楽しみです!!」
「でもその前にテストねえ」
「テストだねえ」
「テスト……だな」
「う……」
「ふふ、テスト期間がきたら、またしばらくつまらない毎日ね」
「そうだねぇ。……絵は学校にいる間に仕上がりそうかい?」
アート部長が、カンデラリアの絵を覗き込む。
「どうかしら。最悪、コンクールの締め切り直前まで描いているかもしれませんわたしかコンクールは未完で出しても良いのですよね?」
「うん、いいんだよ。コンクールといいつつ、お祭りも兼ねているからね。小さな子どもも一生懸命描いた絵を提出したりするしね」
「……」
ルイスは周囲の会話を聞きながら黙々と絵筆を動かしていた。
相変わらず彼が描いているのはエステルである。
「……ルイス先輩は、いま描いてるその絵を提出するんですか?」
エステルが遠慮がちに聞いてきた。
彼女的には、自分の絵がそんなお祭りで飾られるかと思うと、ちょっと恥ずかしいな、と思うところがあった。
「いや、オレはコンクールには提出しない」
「え、どうしてだい? そんなに魅力的な絵が描けるのに」
「単純に、コンクールに提出したいという欲求がないからですかね」
「あら、もったいない。そのエステルも可愛いのに」
「……」
エステルは無言で赤面した。
褒められたのは絵の自分なのに、どうにも気恥ずかしい。
「個人の絵ですので門外不出です」
ルイスはそう淡々と答えるのみだった。
以前、『私を描くのをやめればいいんじゃないですかね!?』と突っ込まれたこともあるし、やはり強引に彼女を描いている、という負い目はどこかあった。
そんな絵を提出できないと普通に思ったし、この絵のエステルは、そんな多くの人の目に触れるところには、ルイス自身も展示したくなかった。
******
帰宅時間になって、廊下に出てしばらく歩いていると、小走りに追ってきたエステルに呼び止められた。
「ルイス先輩」
――!?
な、なんだ!? 向こうから初めて声をかけられた気がするぞ!?
――苦情か!?
た、体育祭の時に密着しすぎたか!?
さっきまでそんな素振りは何もなかった気がするが!?
「なんだ」
ルイスが平静を装って振り返ると、エステルが、プレゼントのような包を差し出してきた。
「?」
「えっと。体育祭のあとぐらいに、ルイス先輩のお父様が、うちの父を訪ねていらっしゃったのですが。その時に、ルイス先輩が5月生まれって仰ってるのがたまたま聞こえて……。だからその。これ、誕生日プレゼントです。日付は存じ上げないので、もう終わっちゃったかもしれませんが」
……。
……え? 夢?
「……ルイス先輩?」
小動物(エステル)が首をかしげる。
「あ、いや……いいのか?」
「ええ。体育祭の時に助けて頂いて何かお礼をしたい、と思っていたところにちょうど誕生日とお伺いしたので……それともう一つ」
エステルは、今度は白い包を取り出して、それをルイスの目の前で開いた。
それは0号サイズの小さな油絵だった。
そこに、炎舞の時の衣装をまとったルイスが描かれていた。
「あの……あまり上手には描けなかったのですが、いつも私を描いてくださるので、私も描いてみました。……えっと、ご迷惑でしたら持って帰りますので」
迷惑なわけないだろ!?
炎舞の時の絵とか言われると、非常に恥ずかしいが……エステルが、オレのことを考えてオレの絵を描いただと!?
そんなもの、一生の宝に決まってるだろう!
夕日でごまかしが効いているが、ルイスの耳は今真っ赤である。
「いや、ありがとう。大切にする……だが、オレはこんな良い男じゃない。美化し過ぎだ」
以前、美術部に入った日に描いてもらったスケッチのルイスより断然良い男に見える。あれは木炭画だったから、また見え方が違うのかもしれないが。
「いえ、炎舞は本当にお見事で、麗しいお姿でしたよ! お礼のことを抜きにしても描きたいって思いましたもの。それを言うなら、ルイス先輩だって普段から描いてる私を美化しすぎですよ」
エステルが照れたように笑う。
「そうか……? オレはオレに描けるありのままを描いてるつもりなんだが」
「ふふ、でもありがとうございます。いつも可愛く描いてくださって。……では、また次の部活で……え」
「……馬車の停留所まで送る。カバン寄こせ。お礼だ。」
少し背伸びして紳士ぶってみる事にしたルイスは、エステルのカバンを持った。
「え、いえ、そんな先輩にカバンもって頂くなんて。お礼にお礼を返してもらうことになっちゃいますよ、って……」
ルイスは先に、スタスタ歩いていくので、エステルは早足になった。
「……お前の誕生日はいつだ?」
「え? あ! それはえっと……いや、それ誕生日プレゼント催促したみたいになってしまうので!」
ルイスは立ち止まって振り返った。
「……教えないつもりか?」
「あー……。そうですよね、それも失礼ですね。10月です。10月23日です」
「わかった。エステル、ありがとう」
ルイスが微笑むと、エステルもニコ、としてどういたしまして、と言ったのだった。
エステルもまた、耳が赤く染まってはいたのだが、廊下に差し込む夕日がそれを隠していた。
エステルを馬車まで送り届けて、また明日、と自分の馬車へ向かうルイス。
手にした小さな0号カンバスと、プレゼント包を手に、馬車に乗り込んだところでふと重要な事に気がついた。
しまった!
これは謝るチャンスだったのでは!?
エステルからの思わぬプレゼントに心が舞い上がってしまい、謝罪のチャンスをのがしてしまっていたルイスであった。
屋敷について、プレゼントのほうの包みを開けてみると、サファイヤのカフスボタンだった。
落としたくないし、傷をつけたら……と思ったが、身につける事にした。
身につけたほうが、エステルは喜んでくれるだろう、と思ったからだ
カフスボタンを手のひらにのせ、サファイヤを眺める。
エステルはこのサファイヤを眺めながら、何を思ったんだろう、などと考えてしまう。
「嬉しい……。そして早く……謝りたい」
そして、気が早い、と思いつつも、エステルの誕生日プレゼントをなんにしよう……と考えながら眠るのであった。
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