【14】 【体育祭②】エステルの二人三脚

 パァン!!


 スタートのクラッカーが鳴らされ、一斉に走り出す3年生達。


 ――案の定。

 小動物エステルと、巨体クラスメイトの動きはちぐはぐだ。

 運動神経が悪いもの同士が一生懸命走っている印象を受ける


「は、ハアト君! えっと、もう少し合わせてほしい!」


 エステルは、そのハアトと呼んだその巨体少年の肩に、手を回すことができず、その背中の体操服を掴んで走っている。


「これ以上遅いとさすがに距離が開いて恥ずかしい! 無理だよ!」

「え、あ。うぁあ……っ」


 ハアトのほうが少しスピードは上らしく、エステルは引きずられるように走り続ける。


 それを見ていたルイスは、


「(み、見てられない……いや、ちゃんと見るが……だが、これはひどい)」


 ――下手したら捻挫するだろう、あれ……!!


 ハラハラしてギュっと、自分の胸元の体操服を掴んだ。


 その傍でカンデラリアも、エステルの二人三脚にハラハラしていた。


「(ちょっと、あれ……今まで練習でよく怪我しなかったわね!?)」


 そして、おそらく会場中の観覧者が不安げに見守るなか、予想通りのことが起きる。


「あ……っ!!」


 エステルがハァトに合わせ切れずに、体勢を崩し――

 しかも、ハアトの前に倒れ込んだ。


「うぉあ!! おま、バカー! どけええええ!!」


 ハアトは、つまずいて、前のめりに――。


「(このままだと、エステルがあの巨体少年の下敷きになる!!)――え、エステル……えっ!?」


 カンデラリアが、頬を抑えて息を飲んだ瞬間、ルイスが魔力変質――魔力を自分に纏わせることで身体能力にブーストをかけ、観覧席から飛び出した。


 ルイスは一足飛びにエステルとハアトの間に入り込むと、指の腹に火属性魔法で熱を込めてコテ状態にし、二人の縄を素早く焼き切りエステルを抱え込んだ。


 そして、前に倒れつつあるハアトのほうは、少し乱暴だが、足で後方に傾くように蹴り飛ばし、バランスを取らせた。


「わ、わあああ、……あれ!?」


 ハアトは逆方向に力が働いたせいで、転ばずにすみ、その場に立ち尽くした。


 会場から歓声が沸く。


「えっ……!? ……あ。ええ!?」


 エステルにしてみれば、転んでハアトまで巻き込んだ……!、とギュッと目をつぶっていたのに、次に目を開けたらルイスに姫抱っこされている。


「え。なんで……? ルイス先輩……」


 ルイスはそれに答えず、言った。


「膝を擦りむいている。救護室へ連れて行く。……おい、そこの。一人で走れるな。おまえら、一応ゴールはしろ(やばい、とっさにエステルを助けたいと思ったら飛び出していた……恥ずかしい! いや、しかし、助けられたからヨシ!!)」


 内心は自分がやったことに動揺していたが。


「あ……はい、ありがとうございます……」


 さすがにエステルは真っ赤だった。

 転んで大醜態を晒した上に、ルイスに助けられて姫抱っこされているので当然といえば当然だ。


「恥ずかしい……」


 エステルが、自分の顔を隠すように、ルイスの胸元に寄せた。

 ルイスの体操服をギュ、とする。


「(はうっ!! これは……頼られている!!)」


 ルイスはその可愛さに頭がどうにかなりそうだった。


 ハアト少年のほうもなにやら、ルイスをみて赤面してハイ……先輩と言っていたが、それはルイスにはどうでも良かった。


 そうしてルイスは、エステルを姫抱っこしたまま、ゴールを通って救護コーナーへそのまま走っていった。

 ハアトが続けてゴールすると、さらに観客席から、大歓声があがった。


 ルイスは本日二回目の大歓声を体育祭で受けたのだった。


 しかし、本人はというと、そんな事はどうでもよく。


「(エステルが大怪我しなくてよかった……よかった……が、だ、抱きかかえてしまったぞ!!! うああああああ!!!)」


 必死にポーカーフェイスをしていたが、耳だけは真っ赤であった。


 *****


 その頃カンデラリアは、人気のない観覧席裏の通路で、壁に手をつきハアハアしていた


「うっ……(ほっっっっぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)」


 口元に手をあてて、震えるカンデラリア。


「(発狂しそう!! 耐えろ、耐えるんだわたし!! いやああああもう、スチル!! これはもう乙女ゲーでいうスチルよぉおおおおおお。スチルくれええええええええええええええええ!! いや、これは小説なのだから、挿絵くれ!! 神絵師!! 誰か描いてくれよおおおお!! ああ、そうだ! なんとかしてカメラを開発できないかしらー!? シャッター音がしないやつ!! ほしいいいぉおおお!!)」


 ダン!と壁を拳で叩く。


「クッ…… はぁ……」


 胸を抑えて、ため息をつく。


「――カンデラリア君?」

「!?」


 誰もいないと思ったのに声をかけられた。

 振り返るとそこには、アートが立っていた。


「あら……アート部長(光の速さでポーカーフェイス)」


「大丈夫かい? 何やら苦しそうだ。歩けるかい? 救護室へいくかい?」


「(ふぁがっ!)……いえ、大丈夫ですのよ?」


「でも……顔色がよくない。それに壁を叩くほど苦しかったんじゃないのかい?」


 カンデラリアの顔にかかった髪を整えるアート。


「い、いえ? な、なんでもありませんの……!」


「カンデラリア君……」


 アートから離れてカンデラリアは走って逃げた。


 まさかの発作(はっする)中を人に見つかるとは。

 幸い気分が悪いのだと思われたようだったが。


 ――やっべ!! 見られてた!! 今度からはもっと気をつけないと。

 あーん、もっと発散したかった。


 そして何食わぬ顔で、クラスの観覧席にもどるカンデラリアなのであった。


 もちろん、心の中は先程のルイスとエステルの映像を巻き戻し何度も再生中であった。



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