【30】保健室に連れ込まれる。


  約束通りプライベートルームで昼食を一緒にとったり、エステルの絵のモデルをしたり、ルイスにとっては充実した秋の日々が過ぎていく。


 文化発表会では、エステルの描いたルイスの絵に対し、売ってくれという生徒が何名か現れた。


 氷の貴公子というモデルに加え、エステルのすこしパステル風の絵が女心を掴んだらしく、結構食い下がる女生徒もいたが、非売品ということでお断りになった。


 また、ルイスを描いた以外の作品では風景画が一点、売れた。


 その日が終わり、展示物の片付けをしながらエステルが言った。


「先輩の絵、女の子がいっぱい買いたいって言ってくれたんですけど、男の子が1人だけ……えっと、ハアト君に売ってくれって言われました」


「……誰だ、それは」


「体育祭の二人三脚で私がペアだった子です。あれ以来、ルイス先輩のファンだそうです」


「(ぞわ)……コメントしづらいな?」


「ハアト君、来年から騎士課程を取るって言ってました。なんでもルイス先輩の……ヴィンケル侯爵家の騎士団に入りたいって。なんか不思議なご縁ですね」


「縁……まあ、いいんじゃないか。(エステルに振られたとしても、オレは家を出るつもりだから、うちの騎士団に入っても、オレは将来、実家にはいないけどな)」


「ルイス先輩は将来のこと何か考えてます?」

「ああ……。まだ模索中だ」


 ルイスはエステルに婚約を申し込んで、クラーセン家の領主代行になる形が将来の理想だ。


 ここ数年エステルのことばかり考えてきたが、それ以外であまり自分の身の振り方を考えていなかったな、と気がついた。


 そうか……エステルに振られたあとのことも考えておかなくてはならない。

 すこしさびしい気持ちになった。


 おそらく、エステルではなくとも、メリットある家門の別の令嬢と婚約するよう言われる可能性が高い。


 多数の家門から婚約を打診される立場ではある……。


 ちゃんと指標を持っておかないと、家門にとってメリットのある貴族のところへ放り込まれる気がする。


 エステル以外の相手とか結婚したくないな………ん? まて。


 オレがエステル以外、となるとエステルもオレ以外のヤツと結婚……する!? 


 エステルが他のヤツと結婚……!?


 いやだ!!


 オレと結婚しないのはいいけど、他の男と結婚されるのはいやだ!!!


 支離滅裂である。


 さらに、ルイスの頭の中で、エステルがウェディングドレスに身をつつみ、顔のない男がエスコートして式を挙げている様子が頭に浮かび上がる。


 つつー、と涙が一筋流れた。


「ルイス先輩!? どうしたのですか!? 震えてますよ!! って泣いてるんですか……っ?」


 エステルが必死な顔で心配してきた。


「あ……ああ、いや、なんでもない。大丈夫だ。ありがとう……」


 ルイスは涙をぬぐい引きつった顔で微笑んだ。


「いや、でも顔が青いですよ……そうだ! 保健室行きましょう!!」

「え、ちょっとまて」


 大丈夫だから、といっても、自分の妄想のショックでフラフラしているルイスをエステルは保健室に引っ張っていった。


「先生がいなぁい! 先輩ほら、寝てください!」

「え、いや、ちょ」


 エステルの勢いに流されて、思わずベッドに横たわるルイス。

 その上に布団を掛けられる。


「あの、エステル?」


「涙がでるほど体調がお悪いんでしょう? あ、ネクタイ緩めますね。楽になりますよ」


 エステルの手が、ルイスの襟元に触れる。


 ふぁ……っ……!?

 

 ルイスは真っ赤になった。


「(ま、またこいつ、勝手に……! いや、良いけど!! やってほしいけど!!)」


「あ、ネクタイに皺がついたらいけないですね、取ります!! ……あと、ボタンもはずしますね。きっと息が楽になりますよ!」


 シュル、とネクタイを奪われ、ボタンを2つ外される。


「(いやあああああああ!!)」


 ルイスは真っ赤になった。


「熱でてきました? 顔が赤いですし、やっぱりちょっと震えてますね……ちょっと失礼します。」


 額に手をあてられ、熱の具合を確かめられる。


「(あ、悪魔ぁ! それとも死神か!? 迎えにきたのか!? オレはもうすぐ死ぬ!!)」


「あ、大丈夫ですよ、そんなに熱くないです。でもこのあと熱が上がるかもしれませんね。早く先生が帰ってきてくれるといいんですが」


「そ、そうだな……。(え、いや、帰ってこなくていい。先生、ゆっくり離席してきてください)」


 頭にタオルを乗っけられて、エステルが椅子を持ってきて座り、一旦落ち着いた。


「寝ていいですよ。先生が帰ってくるまで、私がいますから!」

「いや、寝ない。夜に眠れなくなる」


「わかりました。……ルイス先輩、先程は私、軽率な質問をしてごめんなさい」

「ん?」


「将来の話です。あれがきっかけだった気がして。ひょっとしてこんなに気分が悪くなるほど将来のことに悩んでいらっしゃるのかと」


「……いや。そんなことはないから、心配しないでくれ」


 オマエの結婚式を妄想して涙したなど口が避けても言えない。


「そうですか? あ、顔色すこし良くなってきましたね」


 静かなゆっくりとした時間が流れていく気がした。

 

「……そういえば、今頃部活は文化発表会の反省会をしているのか。抜け出してしまったな」


「ああ、そういえばそうです!」

「行ってきていいぞ」

「いえ、ルイス先輩を1人にはできません!」


 ルイスはすこし笑った。

「義理堅いな、オマエは……なら、ここで反省会だ」

「いいですね!」


「反省というか、よかったことしかない気がするがな。とくにエステル、絵が売れてよかったな。……そのうちオマエが誰かの絵に憧れるように、誰かがオマエの絵に憧れるようになるかもな」


「え……えっと……。あ、ありがとうございます、恐縮です!」


 エステルが頬を染めて照れている顔になった。


「オマエの絵、良いと思うぞ。オレは好きだし、今日買ってくれた人も、好きになったんだろう。これからもがんばってくれ」


「あ、はい……! ありがとうございます」


 そう。

 ずっと前から彼女の絵を褒めてやりたいと思っていた。


 彼女の絵は、未熟であっても、ちゃんと魅力がある。

 なによりも彼女が楽しんで描いている。


 芸術の道に進めなくても、そんな風に彼女がいつまでも絵を楽しんで描けるといいと願う。


「ルイス先輩は……相変わらず同じ絵でしたね」


 エステルは苦笑した。

 自分が相変わらず描かれているので言いにくそうだ。


「すまんな。一つ覚えしかできん」

「いいえ。そんなことないですよ。ビスクドールの作者のように、一つを追い求める作者もいますし」


 すこし違う気もするが、まあいいか。


「それに、段々やっぱり上手になってますよね。描き方」

「そうか?」


「そうですよー。ルイス先輩がくれた順番でうちに絵を飾ってますが、段々上手になっているのがわかりますよ! 私以外も描いたら肖像画でお仕事できるんじゃないですか!?」


「いや、無理だな。趣味だから楽しいレベルだオレは」

「もったいないなぁ」


「お褒めに預かり光栄だ。……そろそろ部室にもどろう。ありがとう、気分がよくなった」

「ああ、そういえば顔色が良いですね。でも無理しないでくださいね。あ、ネクタイ」


 そういうのでネクタイを受け取ろうとしたら、エステルがルイスのネクタイを付け始めた。


「!?」


「まかせてください! 小さい頃、お父様のをたまに付けさせてもらったことがあるんですよー!」


「そ、そうカ?」


「あれ? やっぱりネクタイをつけるのは、まだしんどいですか? 顔色が」

「いや? 大丈夫だ」


「心配ですね……」

「いや、だがもう帰る準備もしないと」

「それもそうですね。今日はゆっくり休んでくださいね」


 そんな話をしながら、保健室を出たところ。


「あれ? カンデラリアお姉様に……保健室の先生!」


 なんと保健室の扉の前で、カンデラリアと保健医が立ち話をしていた。


「あら、エステルにルイス」


「どうされたのですか?」


「あなた達が保健室に行く、みたいな話をしていたから、心配になって来たのだけれど、ちょうど保健室の先生とお会いしたのですこし立ち話をしてしまったわ。もう大丈夫なの?」


「まあ、そうだったんですね!」

「ご心配おかけしました。カンデラリア様。もう大丈夫、です」

 ルイスはどこか幸せそうな花を飛ばして、自分のネクタイを握りしめている。


「(くっそ……wwww)ふふ、残念だけれど反省会は終わったわ。カバンをとりにいらっしゃいな」


 保険医に挨拶して、三人で、部室にもどる。


「(ああ、もう早く告りなさいよねぇ。もうイケるわよこれはあ。じれってぇ……!! 私も婚約が決まったせいで勉強が忙しくなってきたし、そろそろ決めて貰いたいものねぇ……)」


 エステルとルイスが二人で並んで歩き、カンデラリアはその様子を後ろから内心ニヤニヤしながらついていくのだった。


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