【28】ヌードにならないことも……ない。
10月が近づいてくるというのに、結局エステルの誕生日プレゼントが決まっていない……。
ルイスは自室でソファーに寝そべって天井を見ていた。
自分の誕生日には、自分の絵とサファイアのカフスボタンを貰った。
「(……絵を描いて渡すのはちょっと、な)」
美術部でずっとエステルの絵を描いて渡しているので、誕生日までそれはくどい気がする。
他にパッと思いつくものといえば、画材だが。
絵を描く道具関連は、自分で自分の手に合うもの、好みのものを選びたいだろう。
リクエストされれば別だが……。
そう考えると、美術関連以外でエステルが好きな物や好きな事を全然知らない。
「わからないな……。花とカードしか思いつかない……」
そういえば。
エステルと一度、学院で昼食をとってみたい、と思っていたな……。
今なら普通に誘える自信がある。
昼食を一緒にとりながら、探ることができるだろうか?
――誘ってみるか。
ルイスは、エステルに対して段々と前向きになってきた。
*****
昼休みのチャイムがなった。
――よし。
約束はしていないが、エステルの教室を見に行ってみよう。
もしまだ食べていなければ、声をかけてみよう。
急だし、友人と一緒かもしれない。
その場合は、明日の昼食を一緒にどうか、と言ってみよう……。
そう考えながら廊下を歩いていると、
「ルイス先輩!」
背後からエステルの声がした。
「エステル……?」
振り返ると、大きめのランチボックスを手に持ったエステルがいた。
「ルイス先輩は食堂ですか?」
「あ、いや。まだ決めてない」
「良ければ、一緒に中庭でランチしませんか? 急に思い立って多めに作ってもらったんです」
「(なんだと……?)」
エステルから誘ってくれただと!?
最近、本当に良いことありすぎて怖いんですが、神様。
なんか最後でどんでん返しとかしないでくださいよ。
「い いぞ」
「わーい。じゃ、行きましょう!」
エステルが屈託ない笑顔で歩きだし――。
「あ」
なんでもない場所で躓いて、後ろ側に倒れそうになった。
「あ、おい」
ボフッと、エステルを背後から受け止める。
エステルがすっぽりと、ルイスの腕の中に入った。
――あの、神様?
喜びで、魂がすり減りそうなんですが?
いやもうスリ減ってもいいです。
それともオレ、知らない間に悪魔と契約でもしたか?
あくま? あくまなのか?
「あ、ありがとうございます」
エステルは、礼を言ってルイスから離れ、すこし赤面した。
「いや……。それよりランチボックスはオレが持とう」
ルイスは平静を装ってエステルからランチボックスを、奪った。
「あ……そんなルイス先輩にもってもらうなんて」
「昼飯を失いたくない」
「も、もう転びませんよー!」
何だこの会話。
オレは今どこにいるんだ。誰と話してるんだ。
オレは今本当にオレなのか……?
今日の帰りは馬車の車輪を自分で念入りに点検しよう……。
自分に起こっている幸せが身に余りすぎると感じて、ルイスは運のしわ寄せを気にしてしまうのだった。
******
「美術部の予算が増えたらしいですね!」
一緒に昼食をとっていると、エステルがキラキラした笑顔でそう言った。
「そうなのか?」
同じ美術部なのに、情報早いな。
それともオレがそういったことに無関心だから情報がまわって来にくいのか。
まあ、どうでもいいが。
「ええ。きっとアート部長のご身分が発表されたおかげですね。アート部長サマサマです!」
「しかし、予算が増えたところで……今までの予算でも、特に困ってない気がするんだが」
「たしかに困ってはいませんでした。ですが! ちょっと贅沢ができるかもですよ!」
「ほう。例えば?」
「そうですねー。たとえば、とても大きな作品を作れるだけの画材を揃えられるとか、文化発表会以外でも、美術部による展示会とか開けるかもしれませんし……あ! そうだ!! ヌードモデルさんも雇えますね!」
「……ぬっ!?」
ルイスは口に含んだモノを吹き出しそうになったが、耐えた。
適度に咀嚼し、なんとか飲み込んだ。
「……ヌード?」
「はい。ああ、いいかもしれません、ヌードデッサン会。……そういえば一度お父様にヌードモデルさんをお願いしたのですが、理解を得られずに却下されてしまったんですよね。ああ、展示会を開くより安価にできそうですし、アート部長に提案してみようかなぁ」
こ、こいつは、何を言っているん、だ……!?
か、神様?
「……ルイス先輩?」
「いや、その。オレは芸術のことは疎いというか、感覚が一般人寄りでな。……その、いくら芸術のためとはいえ、裸の女性を見ながら絵を描くなど……」
ルイスが少し言いづらそうに言うのを見て、エステルは、
「ああ、気が利きませんでした! それなら男性ヌードモデルで提案してみようかしら……本当は女性のほうがいいんですけど……男性も一度デッサンしてみたいですし」
と、言い出した。
ぐはっ!? ヌードモデルから離れろ!?
駄目だ!
え、エステルが素っ裸の男をジロジロ見ながら、描く姿などオレは見たくないぞ……!!
「てっ」
「?」
「オレは展示会が良いと思う……! プチ芸術祭のように、学校中から作品を募集して……そうだな、投票で順位をだな!」
いつになく必死で意見するルイス。
それを聞いてエステルは目を輝かせた。
「わあ、それ楽しそうですね!」
……よし!! ヌードから離れたな!!
「じゃあ、それも提案しましょう! 予算どれだけあるかわかりませんけど!」
それ『も』!?
結局ヌードデッサン会を推すつもりだ、こいつ!!
……くそ。
それとも、オレがもう少し芸術を理解すべきなのか!?
オレが芸術オタクならこの意見は心から推奨するのかもしれない!
……そういえば、誕生日プレゼントの情報を得たかったのにいつの間にか美術部の話しになっている!!
誕生日プレゼント……そうだ、誕生日プレゼント……。
「10月、誕生日だったな……」
「唐突ですね? はい! 9歳になりますよ!!」
「そんなにヌードが描きたいなら……オレが、ヌードモデルにならないことも、ない……!」
さすがに声が震えた。
しかし、エステルが他の男性、しかも多分大人の男だろう男性の裸を見るというのはどうしても止めたかったし、そして芸術に理解を示したいという思いで、ルイスはそれを口走った。
「ふぁあ!?」
エステルが悲鳴をあげた。
「誕生日プレゼントだ……だから、ヌードデッサン会はあきらめろ……。学校側からも理解が得られないかもしれん……」
お、オレは今、何を言っているんだ? これでは変態ではないのか……?
自分から脱ぐとか言ってしまったぞ!? いや、断言はしていないが!?
しかも意中の女の子の誕生日プレゼントに!?
終わった……。軽蔑される……。くそ!!
しかし、今やルイスにかなりの信頼をおいているエステルは赤面しつつも真面目に受け止めた。
「せ、先輩、いけません! いくら私が絵を描かせてください、とお願いしたからってルイス先輩にヌードは頼めませんよ! ヌードデッサンは、やれる時がきたら、ちゃんとプロのモデルの方に頼みますから大丈夫です!!」
――なんて優しいんだ、エステル!!
そのエステルの優しい言葉に感動したルイスだが、口が滑ってその次の言葉はおかしな方向へ転がった。
「……オレはヌードモデルとしては不十分だと…!?」
まるで脱ぎたくて食い下がっているようだった。
違う! そうじゃない!! そうじゃないんだ!!
「まさかヌードモデルを、やりたいんですか!?」
エステルが真っ赤になって口元を抑える。
うああ!? ちがうう!!
「いや。そうでは、ない。ただ、そのお前の誕生日プレゼントに悩んでいたから……あ」
ついでに、違う本音までポロリした。
「あ……」
エステルがどこかホッとした顔をしたあと、微笑んだ。
「そうだったんですね、ルイス先輩、ありがとうございます」
「お……おう」
だめだ、耐えられない。
話題を変えたい。
サプライズにしたかったが、リクエストをもらおう。
サプライズは来年以降、彼女の趣味嗜好をもっと知ってからにして、今年はちゃんと欲しいものを聞こう。
話題変更も兼ねてな!!
「そう、だ。まあそいういう事で、モデルは冗談だとしても、なにかリクエストはあるか?」
「あはは、そうですよね。本気な訳ないですものね。 ……えっと、そうですねぇ。モデルは美術部でやってもらってますし……。あ。そうだ。個展に行きたいのですが、付き合ってもらえますか?」
……んっ!?
「ちょうど、私の誕生日の頃に、私の大好きな作家様が、王都で個展を開くので行きたかったんです。護衛の方と二人で行っても良いのですけど……あ。ルイス先輩がつまらないかもしれませんね」
それは、デートではないか!?
考えすぎか!? いや、考えすぎだ。
美術部の先輩と後輩が一緒に文化的交流で個展に行くだけだ、デートではなく、そしてそれは誕生日プレゼントだ。
断じてデートではない。だからオレの心臓は落ち着くといい。
「いや、お前の誕生日プレゼントだから、オレの方は関係ない。それに絵画鑑賞はオレも嫌いではない。行こう」
行くし。
雨が降っても槍が降っても、絶対行くし。
「わーい、ありがとうございます!! 約束ですよ!!」
「ああ」
こうしてルイスは、エステルと誕生日デートすることになった。
まるで自分のほうが誕生日プレゼントをもらった気分であった。
そして、念の為に誕生パーティはあるのか?、と尋ねたところ。
「あるんですけれども、お父様が女の子の友達しか呼んじゃだめって」
エステルの父上、グッジョーーーーーーーーブ!!!
エステルの誕生日パーティに行けないのは残念だが、他の男子が参加しないのは朗報であった。
――そうだ。誕生日パーティは一度じゃなくてもいいだろう。
ルイスは、個展に行く日にどこか喫茶店を予約して小さく誕生日を祝おうと考えるのだった。
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