【12】 夏休みのやくそく
「エステルは体育祭、個人競技は何に決まったの?」
カンデラリアが、カンバスに向かいながら、真横に座って絵筆を握るエステルに聞いた。
本日は全学年がHRで、体育祭に関する話し合いをしたので、それを話題に持ってきたようだ。
「あ、はい。私は魔力がないに等しいので……一般競技で……二人三脚です。パン食い競走が楽しそうだったのですが、人気でくじ引き負けました」
エステルが苦笑しながら答える。
貴族の家系は、だいたいが魔力を持つもの同士で血を作り上げているため、伯爵令嬢でありながら魔力がないというのは、少し言いづらい話なのだ。
エステルも家系的にはその血は充分作り上げられているはずなのだが、彼女はたまたま魔力無しで生まれてしまったらしい。
魔力なし、といってもまったくないわけではない。
魔法を扱える基準に達しない事を、一般的に魔力がない、とされる。
「まあ……。それは残念だったわね」
「でも頑張ります!!」
少し遠くに座ってその二人と同じモチーフ(ただしエステル入り)を描いているルイスの耳がピクリ、とする。
ちなみにモチーフは園芸部からおすそ分けしてもらった花を花瓶に生けたものだ。
健気だ……だが……二人三脚だと。相手は男じゃないだろうな……。
ルイスの目が細くなった。
「まあ、相手は男の子?」
「あ、はい。二人三脚は男の子の立候補が多かったので、仕方なく。女の子のほうが走りやすそうなんですけどね。カンデラリア様は?」
なんだと……。
まさか仕組まれたくじではあるまいな……。
ルイスはエステルのことになると、妄想が進むようだった。
この間、カンデラリアにエステルはこれからモテるだろう、という話をされたから余計に。
ちなみに、4年生からは、徒競走など体が男女で密着するような競技は同性同士で組まされる。
そろそろ男女分け目無く、という年齢は終わりに入る。
「私はね、風属性なの。従って箒(ほうき)競争。魔女の仮装して飛ぶやつね」
「あ、あれ! 去年もそれを見てすごく楽しかったです! わあ~、いいですね! 楽しそう!!」
「ふふ、実はクラスの女子では一番はやいのよ」
「わあ、すごいです! 風属性って体育祭だと花形ですよねぇ、ステキです!」
女子たちがキャッキャウフフしながら制作しているのを眺めながらルイスは考えていた。
どんな男子だ……エステルを怪我させたらただではおかない……。
その昔、エステルの心に怪我をさせた氷の貴公子(火属性)はその心を暗黒面に足を突っ込みながら、黙々と絵を描き続ける。
「ルイス先輩は何の競技なのですか?」
エステルが聞いてきた。
……エステルがオレに質問を……(ほわ)
いっきに暗黒面から連れ戻される。
「魔力変質使用可能の借り物競争だ」
魔力変質とは、属性関係なく、魔力を持つ人間なら必ず覚えるべき魔術だ。
魔力を体にまとわせて、筋力を補佐させ、早く走ったり重いものを持ち上げたり、
戦いならば防御や攻撃威力を増すのに使ったりもする汎用性(はんようせい)が高い魔術だ。
「あ、それも面白いやつですよね。魔力変質を使うので、お題がやたら重いものとか突拍子ないものでしたよね。意外です。」
「意外、か?」
「ええ、一般枠になりますけど、短距離走とかのイメージがありました」
「立候補が少なかったものに立候補しただけだがな」
「僕は、玉入れだよ~」
そこへ部長のアートも会話に参加する。 最近はこの4人でモチーフを囲むことが多くなってきていた。
「玉入れは気楽だよ。あ、そういえば競技によっては、そろそろ体育祭の練習で放課後に部活ができなくなるね。放課後練習に出たくない子は、やはり玉入れがいいよ~練習なんて体育祭前日くらいしかないからね」
「ああー! そっかー! 二人三脚に加えて全員参加のクラス対抗リレーも練習があったわ。体育祭終わるまで部活あまりこれなくなっちゃう」
エステルがしまった、という顔をした。
「はは、でもまあ。学年全体がだいたいそうだよ、でもさ。体育祭が終わったら今度は文化発表会のことを考えなきゃね。秋開催だけど、僕らは制作に時間もかかるし……ほら、夏休みの間、ヴィオラーノ国主催の大きな絵画コンクールもあるじゃないか」
喋りながらも筆はスラスラ動くアート。
「そういえば昨年も、春中盤から秋にかけては忙しかったわね。アート部長は夏休みにヴィオラーノへ里帰り?」
「うん、実家帰りもかねてね。コンクールに参加するよ」
「え、アート部長。ヴィオラーノのご出身だったんですか?」
「言ってなかったっけ? 僕、ヴィオラーノからの留学生なんだよ。小等部を卒業したらあっちに戻るんだ」
「まあ、中等部はご一緒できませんのね。残念ですわ」
「何故留学を?」
「見聞を広めるためってやつだよ。小等部のうちなら勉学はめぼしい国はどこも水準は変わらないしね。それにこの国なら、それほど時間をかけずにヴィオラーノには帰れるし……と、僕の父は言っていたよ」
「あれ、そういえばアート部長、お家柄は?」
「んー、普通に向こうの貴族だよ。大した家柄じゃないけど。もしヴィオラーノに旅行する時は尋ねてきてくれたら泊まる部屋くらいは用意するよ」
「わあ、本当ですか! いつか行ってみたいです!」
「うん、おいでおいで」
「じゃあ、エステル、この夏、私とヴィオラーノへ行かない? 予定空いているかしら?」
カンデラリアが言い始めた。
「え! いいんですか!? 行きたいです!!」
エステルが頬を紅潮させてカンデラリアにキラキラした瞳を向ける。
「ふふ、嬉しいわ。 こういう事するなら小等部のうちよね。中等部になったら社交界デビューやら色々貴族令嬢業務も忙しくなるでしょうし」
「カンデラリア様は、お忙しくなりそうですものね。ならぜひ行きましょう!」
「なら、うちの別荘にお泊りしなさいな。短い間でしょうし、ならば一緒の屋敷にいたほうが時間の節約になるわ」
「わあ! 行きたいです!! お願いします! 公爵家の別荘にお泊りさせて頂けるなんて!」
「ふふ、2人共、ご両親から許可がでたら教えてくれるかい?」
「3人だ(ぼそ)」
さっきから黙っていたルイスが、突如そう言った。
「「えっ」」
エステルとアートがその意外な声にびっくりしてそっちを見た。
「……(釣れたぁああ!!)」
カンデラリアは口元を抑えた。ニマニマ笑いを隠すために。
「オレも行きます」
「ああ、そうだね。この流れでここにいるメンツで君だけこないのもおかしな話しだ。気が利かなくてすまなかったね」
「いいえ、気にしていません」
「わあ、部活メンバーで夏休みですか! 楽しそう」
エステルが屈託なく笑った。
……嫌な顔をされなかった。
実はかなり言うのに勇気が必要だったのだが、言ってよかった、とルイスは思った。
「よーし、取り敢えず体育祭がんばろーっと」
「うふふ、そうねえ。夏休みの楽しみができたわ」
そうだ、ヴィオラーノに旅行に行けば話せるチャンスも増える……そうすれば謝れるタイミングもあるのでは?
女子二人も楽しそうだったが、ルイスはルイスでずっと抱えている目的を果たせそうな予感がして胸に期待が沸いた。
「(ルイス先輩、最近顔が穏やかだ)」
エステルがそんな風にチラ見していることには気が付かず、ルイスは作業に戻った。
その日描きあげたルイスの下絵の中のエステルは、とても楽しそうな顔をしていた。
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