【32】エステルの誕生日①
エステルと個展に行く日がやってきた。
プライベートで初めて二人きり……。
……ご、護衛が離れたところにいるから、二人きりではないけども!!
ふ、二人で……。
オレはちゃんと喋れるのか!?
また緊張してエステルを傷つけるような事を言わないように気を引き締めなくては!!
ルイスは朝から悶々としたり緊張していた。
「おい、ルイス。ナイフでハムを口に運ぼうとしているぞ……」
朝食時、隣に座る兄に突っ込まれる。
「おいおい、口切るぞ。ルイス、どうした? 大丈夫か?」
「まあ、お熱でもあるの?」
ルイスの父と母が心配そうに声をかける。
何故か今日は妙に優しい気がする。気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
彼らはルイスが今日、エステルと出かけるのをもちろん知っていて、エステルのことに関しては超デリケートなルイスに、実は内心とてもニヤニヤしていることを悟られないように気を配っている。
彼らにとっても、ルイスとエステルがうまく行くことは、とても好ましいことなのだ。
なので、今日ルイスとエステルが一緒に過ごすカフェも、自分たちからのエステルへのプレゼントだと称し、貸し切りにした。
「そこまでしなくても」
とルイスが言ったが、私達がエステルにプレゼントするのだと押し切った。
今日は使用人に念入りに髪をセットされたし、家族からも妙な視線を感じる……と感じつつも、エステルとの今日の行程で頭がいっぱいだった。
そして緊張ガチガチで待ち合わせ場所へと向かった。
*****
待ち合わせ場所にやってきたルイスは、鼻血がでないか心配になってきた。
いや、だって。
「ルイス先輩、ごきげんよう」
そう言って、微笑むエステルの私服姿が眩しすぎた。
髪は毛先をふんわりと巻いたハーフツインにクリーム色に近い白いリボンが飾られている。そのリボンの中央には小さくて控えめなサファイアが付いていた。
冬が近く肌寒いため羽織ってきたケープは白くて、その下のワンピースの基調は紺色であったが、スカートの裾には淡い水色とサファイアを思わせる色の裾リボン。
普通に可愛い、という以上に……。
「(その髪のリボンなんだあああ! 白に水色とか!! お、オレの色だと誤解するだろーー!! 何だぁその色のチョイスはあああ婚約者だと誤解されるだろおおおお!! いや、されてもいいんですけどおおお!!)」
ルイスの中にいるルイスが真っ赤になって顔を覆う。
「ふ、冬なのに寒色なのだな」
「あ、そうなんですよー。私もばあやにそう言ったんですけど、これで支度させられちゃいました! 変ですよねぇ」
……ばあや。
あ、あの侍女か! 夏に手紙のことを言ってきた……。
……おばあさま、と呼んでもいいですか?
ルイスの中のルイスが、膝をおって祈り、身分が下の侍女を称え敬った。
「いや、そんな事はない。意外性があって、イイと思ウ」
「そうですか? ルイス先輩も学生服と違ってステキです! 学院の女の子が見たらきっと皆うっとりしますよ! それにあったかそうな色のマフラーですね!」
ルイスは黒のコートの前を開けて、方には明るいブラウンが基調のマフラーを結ばずに首からかけている。火属性なので寒さの心配はいらないし邪魔だ、と言ったのだが使用人に今年の流行色ですから!!、とか言って無理矢理身に付けさせられたが。
――今気がついた。これ、エステルの色じゃねえか!!
オレのやってること家門の隅々まで、もうバレバレなんですね!!
エステル側も。
エステルの身につけているものを考えても、少なくとも使用人たちにはバレてる!!
恥ずかしい!! ……が、彼女側の使用人はオレの味方をしてくれてるのか。ありがたいな。
それにしても……学院の女子? そんなのどうでもいい。
おまえは? おまえはうっとりしないの?
いや、オマエにうっとりされたらオレは多分気絶するけど。
そういえば、エステルはどんな男子が好きなのだ。
まだ幼いからそういうのはないのか。
むしろ幼いからこそクルクルと好みのタイプが変わるのかも知れないが……。
聞いてみてもいいのだろうか。
しかしそんな事をすれば、オレの気持ちがバレてしまう!!
そして避けられでもしたらオレは海に身を投げるかもしれない!!
涼しい顔の内面そんな事を考え続けるルイスは、すこしぶっきらぼうな言葉で礼を言う。
「必要最低限の装いだ。そこまで褒めなくてもいい、だがありがとう」
嘘です、めっちゃチェックしました。
スーツもコートも新調しました。
「はい! コートもステキですね。あ、そういえば学院にいつもサファイアのカフスを付けてきてくださってありがとうございます! 気に入っていただけました?」
「ああ、もちろん。なくさないか、心配するくらいには」
といって、微笑みを向ける。
あなたに頂いたカフスボタンは、墓までもっていくつもりだが?
この間、落としてもサーチできる魔法をマジックアイテム屋に依頼して付与してもらったからな!! こいつとオレはもう一心同体。絶対になくさない!!
「大丈夫ですよー! 失くしたら言ってください! また贈ります!」
「そう、か。それはうれしい。……そろそろ入場するか」
「はい!!」
『ブルダリウス展』と看板の出たゲートを二人でくぐる。
個展会場まで小さな小道があり、そこに可愛らしい人形たちが、ところどころに置かれている。
来場者を歓迎しているようだ。
エステルはもうそれだけで感動している。
「作者は女性だったな。なるほど女性の来場が多いようだ」
ルイスは会場の奥を見やった。
貴婦人が多い。
「たしかに、女性が好きな作風だと思います。あ、入口で新しい画集が置いてあります、買ってきます」
「あ、待て。……誕生日だから贈らせてくれ」
「え……。あ」
エステルはマーサに言われていた。
ルイスが何か購入してくれるといったら、喜んで受け取れと。
恥をかかせちゃいけませんよ、と。
「はい、ありがとうございます。今日は甘えちゃいます!」
ニコッと笑ってお願いするエステルに、ルイスは優しい笑みで頷いて、画集を購入しに向かった。
包む係に言われる。
「抽選をやっています。中にピンク色のしおりが入っていたら、作者のサインがもらえますよ」
「……出るまで買います」
「えっ」
係の人がドン引きし、ルイスは生まれてはじめて大人買いした。
「ルイス先輩……? ちょっと買いすぎでは? 同じ画集ですよね」
「……よい画集なので、あちこちの孤児院に寄付することにした」
「あ、なるほど!! 素晴らしいです! ルイス先輩!! たしかに小さな子供も見たら喜びそうです!」
護衛に画集を預け、しおりの入っていた画集をエステルに渡して説明する。
「お褒めに預かり光栄だ。ああ、エステル。このしおりがあると、作者にサインがもらえるらしい」
もちろん抽選だったとは伝えない。
「ええ! この会場にいらっしゃってるんですか!? わああ!! しかもサインが頂けるなんて! ルイス先輩、ありがとうございます!!」
エステルが涙目で画集を抱きしめる。
「いや。良かったな」
ハンカチでエステルの涙を拭う。
あれ、オレ……。今日は上出来じゃね?
ドキドキしながらも、優しい気持ちになる。
今まではずっと、緊張して、変なことを言わないようにと必死だったはずなのに。
エステルが大事で、自分に必要な子だと新たな思いがわくのを感じた。
ドキドキする調子が変調した気が、する。
自分の変化にすこし戸惑いながら、ルイスはエステルに声をかけた。
「さあ、行こう、エステル」
エステルの画集を持ち、エステルの手を差し伸べた。
エステルはそう言われるとすこし頬を赤らめながら、はい、と言ってルイスの手を取った。
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