第9話 危機一髪

 竜頼は負傷した左手を手当していた。敵軍を将の一人、結城晴朝を捉えた今、残りは小田氏のみ。

 焦らずゆっくりと攻めようと考えている。


「盾家、英松を呼んできてくれ」


「分かりました」


 竜頼は盾家に英松を呼ばせる。数分して英松が来た。


「こっちも殲滅は完了した。ってそいつ誰?」


 英松が晴朝に気づき、問うた。竜頼はあっさり答える。


「結城家当主の結城晴朝だ」


 竜頼はそう紹介した。英松は静かに竜頼を見る。絶句していた。それはそうだろうこんなところに敵将がいるなど思いもしないのだから。


「ぇ、は?本当か」


「あぁ」


 英松は呆れそれ以上追求はしてこなかった。そして、次の質問をしてくる。


「じゃあなんで生かしているんだ」


「こいつは色々と情報を持ってそうだったからな。それにこいつに戦う意志はなかったから」


 晴朝はその言葉に超うなずく。


「だから、今から情報を聞き出そうと思ってな。お前を呼んだんだ」


 英松はそうか、と言い椅子に座る。そして、尋問が始まった。


「まず、お前たちの軍容は?」


「小田氏や大掾氏とわしら結城が上に立ち、防衛戦を敷いた。その戦力は約五万ほどじゃ。じゃが、錬度はそれほどでもない。そなたらの軍ならば余裕とはいかないものの勝てるじゃろうて」


 竜頼は晴朝を見る。今の話が嘘か本当なのかを見極めているのだ。


「どう思う、英松」


 竜頼は英松に問うた。英松は長考し、言った。


「嘘は言ってない………と思う」


「そうか」


 そう言い、竜頼は次の質問をした。


「小田氏の居場所は?」


「府中城に軍を置いていると聞きましたぞ」


 竜頼は配下に目配せし、将虎の下へ向かわせる。そして、竜頼は晴朝を立たせた。


「来い、大人しくしておけばこの戦の後で解放してやる」


 そう言い、盾家に連れて行かせる。竜頼は英松に振り返り言った。


「府中城を堕とせると思うか」


 英松は驚いた。そんなことを聞いてきたのは初めてだからだ。しかし、竜頼の顔は真剣だった。


「あいつの話が本当ならば堕とせはするだろう」


 英松はだか、と続ける。


「だが、大掾一万、結城一万として小田一万なら大丈夫だが、あとの二万が府中城に陣取ればかなり厳しいものとなる。最悪、撤退も考えなければならない」


 それに、と英松は続けた。竜頼はその内容を聞き驚く。そして、笑みを浮かべた。


「英松、退却の銅鑼を鳴らせ。撤退だ」


 竜頼は言った。それを聞いていた配下たちは驚く。ここまで順調に進軍していたのだ。少しの苦戦は覚悟の内だ。

 それなのに竜頼は撤退を指揮した。しかし、それに逆らうことはせず、退却の銅鑼を鳴らす。


 それを聞いた義重たちも驚く。


「撤退?なにかの間違いか?」


 配下にそう聞くも首を横に振られた。義重は疑問に思いながらも撤退の準備を始める。


 1576年、長原の南常陸侵攻は断念。歴史書には失敗と書かれた。


 ◇ ◇ ◇


 長原城へ戻ってきた長原軍は各地へと散っていく。そんな中、幹部たちは長原の館へ集まっていた。

 いるのは、上杉将虎、英松、九条晴仁、佐竹義重、笠間綱家、江戸重道、大関高増、菅正道、増田時上らが集まっている。


「今回の戦、ご苦労。おかげで、大掾氏と結城氏、常陸の有力な武将の二角を堕とすことができた」


 感謝する、とそう言った。しかし、皆の顔は浮かない。そして、我慢の限界だとでも言うように笠間綱家は立ち上がる。


「なぜ、撤退したのですかぇ。吾輩たちは圧勝していたのだから、その勢いのまま攻めるべきではないのかいぃ」


「あぁ、俺もそう思っていた。途中までは」


 綱家は問う。


「その考えが変わっと?」


「俺たちは順調に事を運んでいた。だが、あまりにも順調過ぎた。だから焦ることなく一度撤退した」


「そして、配下に府中城周辺を調べさせた」


 竜頼は紙を取り出す。その紙に書かれた内容は驚愕に値する。


『敵側に北条あり』


 と。北条とは小田原を中心に関東地域を支配する大名である。その力は武田や上杉、今は亡き今川に匹敵する。


「こ、これを見越しての撤退!」


 義重は驚き、竜頼に問うた。竜頼は英松の方を向く。


「あぁ、そいつが気づいた」


 皆は英松を見て、感心した。英松自身はあまり活躍の場がなく他の者たちには、なんで竜頼は英松を横に置いているのかと疑問に思っていた。

 しかし、今回の活躍によりその評価は一変し、英松を認めた。


「いやはや、英松殿。素晴らしいではごさいませんか」


 義重は褒め称え、拍手を送る。皆も拍手した。しかし、竜頼は厳しい顔へと戻っている。ゆえに、義重は問うた。


「どうしたのですかな、若」


「撤退できたのはいいのだが、これから俺たちは北条に目をつけられたと思うとな。動きづらくなる」


 それを聞いた義重はたしかに、とうなずく。皆も同意し、より一層空気が重くなった。

 そんな中、一人の男が発言する。


「では、下野国はどうでしょう」


 竜頼ははっとする。それだ、と。


「あり、かもな。下野といえば今は武茂兼綱むもかねつなが宇都宮広綱の後を継いで、支配しているんだったな」


 英松は竜頼の言葉に、付け加える。


「それに、あそこには真田氏がいる。彼らならこちらについてくれるでしょう」


 竜頼の眉を上げる。そして、薄っすらと笑みを浮かべた。


「そうか、真田昌幸さなだまさゆきか」


 すると、竜頼は配下を呼び寄せた。そして、命令する。


「上田城へこれを持っていってくれ」


 配下はうなずき、外へ出る。皆は覚悟を決めた。竜頼の意図を理解したのだろう。


「狙いを変更する。下野だ。北条に警戒しながら、下野を手に入れる」


「「御意」」


 ◇ ◇ ◇


 この年、織田信長は派手に動いていた。1576年1月には配下の丹羽長秀にわながひでに安土御普請の役を命じた。

 5月には自ら先頭に立ち石山本願寺軍から四天王寺を救済した。そして、織田信長の征伐が表明される。

 毛利元就もうりもとなり穂井田元清ほいだもときよ、上杉謙信らがそれに承諾した。

 また、羽柴秀吉はしばひでよしに西国計略を命じている。そして、木津川にて毛利軍と戦っていた。


 そんな信長の下に一通の報告書が届いた。柴田勝家しばたかついえからだ。その内容は信長の心をくすぐった。


『常陸に強敵あり。名は長原竜頼』


 信長は安土城にいた。立派な髭を持ち、精悍な顔をしているその顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


「おい!信盛のぶもりを連れてこい」


 信長の侍女はお辞儀をして部屋から出ていき、佐久間信盛さくまのぶもりを呼びに行く。

 数分して、信盛が来た。信長はそれを見るなり、命令した。


「信盛、常陸に面白いやつがいるらしい。会いに行くぞ」


 信盛はまた無茶振りか、とそう思う。しかし、今回は少しばかり気がかりだ。常陸といえば最近、長原という武将が台頭してきている。

 それは危険分子だ。だが!それでも目の前の男は止まらない。止まらないと分かっていながらも信盛は忠告する。


「殿、常陸といえば、最近台頭してきた長原という大名でしょう。危険では?」


「はっ、なにが」


 信盛は諦めの境地に達し、命令を承諾した。


「分かりました。しかし、安全を期して、利家としいえも連れていきますからね」


「好きにしろ」


 信長の胸は高鳴る。新たな武将を見て、ワクワクしているのだ。


「さて、どんな男なんだぁ、長原竜頼」


 数日後、信長は常陸に向けて、馬を進めた。その数、約一万を連れ。各地の大名たちはこの行動に驚いた。天下統一に近い男の謎の行軍、理由を知らぬものからすれば恐怖でしかない。

 そんなことは知ったこっちゃない信長は一人笑っていた。


 ◇ ◇ ◇


「申し上げます!織田信長、進軍!この城にめがけて来ています」


 長原場内は焦る。戦国最強であろう男が来ることに。しかし、竜頼は笑っていた。待っていた、とそう言っているようなそんな顔だった。

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