第3話 嚆矢濫觴

 1572年九月、上杉謙信軍は越中に入り、越中国尻垂坂(現 富山県富山市西新庄)において、加賀一向一揆・越中一向一揆連合と対峙する。

 尻垂坂の戦いである。上杉軍二万と連合軍三万で、上杉軍の指揮官には河田長親かわだながちか山浦景国やまうらかげくに三本寺定長さんぼんじさだなが鰺坂長実あじさかながざねがいた。

 対する連合軍は杉浦玄任すぎうらげんにん椎名康胤しいなやすたねらがいた。

 また、謙信自らが出向く前には、長尾顕景ながおあきかげ(後の上杉景勝)率いる上田衆が越中で戦っていた。


「父上、どうしますか」


 長尾顕景は謙信に問う。


「そうだな。新庄城まで押せ」


「分かりました」


 顕景はひやひやしていた。自分がここを任されているにも関わらず、富山城まで行くことができず、罰を受けるのではと思っていたからだ。


「伯治、新庄城を落とす」


 顕景の副官、伯治は軽く返事をし、去っていく。

 その後、数日かけて新庄城を落とし、上杉軍は富山城へと進軍する。

 新庄城へ入城した謙信は本国へ増援を要請し、新庄城周辺に向城を築城する。

 援軍が整った、九月上旬、攻城が行われた。数日して食糧が切れたのか連合軍は城より討って出て、新庄城と富山城の間にある、尻垂坂にて、白兵戦が行われた。


「左翼を前進させろ。右翼はぎりぎりまで引きつけ防戦に徹しろ」


「御意」


 そして、九月十七日に連合軍は火宮城方面へ撤退する。尻垂坂は両軍の血で朱く染まっていた。

 上杉軍は周辺の連合軍の拠点を攻略しながらも十月一日富山城落城。上杉軍の勝利となる。


 ◇ ◇ ◇


「ふっ、犠牲を多数出したとはいえ圧巻だったな上杉謙信」


 新庄城攻略あたりから見物していた竜頼たつよりは感心したように言う。それに続き英松えいまつも感想を述べる。


「敵の弱点をつき、切り捨てるべきところは切り捨てる。すごいお方だな」


 竜頼たちは満足したのか期限の六年間が迫ってきたゆえ、岩代国へ帰国しようとした時、


「私たちの戦を観戦していたのかな、君たち」


 竜頼の後ろから声がした。当然、竜頼たちは警戒を緩めてはいなかった。

 竜頼や晴仁はるひとも周囲の気配を気にしながら戦を見物していたため、油断はなかった。

 はずだが、後ろには一人の男が立っていた。


「私は上杉謙信と申す」


 逃げようとしていた竜頼だったが、意外にも謙信は好戦的ではなかった為、踏みとどまる。


「俺は長原竜頼───」


 キィィンと金属音が響く。竜頼に迫ってきた槍を竜頼は刀にて応戦した。


「物騒な挨拶だな」


 そう槍で攻撃してきた相手へ話しかける。


「貴様如きが謙信様に名乗ることなど許され───」


 竜頼の刀が槍を持った女の首筋にて止まる。


「じゃあ、俺も言わせてもらおう。お前如きが俺の前で囀るな」


 槍の女は悔しそうに竜頼を睨みながらも、槍を下ろし離れる。


「配下がすまないね。今は戦後処理中、皆ピリピリしているのさ」


「いや、状況は理解している。詫びる必要はありません」


 ぎこちない敬語で竜頼は話す。


「寛大な心に感謝を」


 謙信はそう言い竜頼に向かって頭を下げる。その行動には皆が驚いた。


「にしても、君は強いね。先ほどのを見るに新陰流といったところかな」


「そこまでわかるのですか。俺は上泉信綱かみいずみのぶつな殿に教えを乞うたのですよ」


「ほう、信綱殿が。それは是非、聞かせてもらいたい話ですね」


「もちろん」


 その後、英松も混ざりながら三人で話が進んでいった。雑談から軍略について様々な分野のことを話した。それほ数時間にも及び、夕暮れまで続いた。


「もうこんな時間か。君たちとはまた話し合えたらと思っているよ」


 そう言い、謙信は奪った富山城へと帰っていった。


「上杉謙信、尊敬に値する人物だな」


「そうだな」


 二人は晴仁と合流して、岩代国へと帰路についた。


 ◇ ◇ ◇



1572年十二月、長原竜頼は英松、九条晴仁、そして謙信より賜わった上杉将虎うえすぎまさとらを連れ、岩代国の長原家に戻ってきた。


「ただいま戻りました」


 すると、侍女たちが大慌てで出迎え、公頼きみよりたちを呼びにいく。


「おかえりなさい!竜頼」


 竜頼の母、実弥さねみが走って竜頼に寄ってくる。


「はい、母上」


 竜頼は久しぶりの再会を果たし、館の中に入っていく。


「それで、武者修行の旅はどうだった?」


 公頼は竜頼に問うた。そわそわしている。相当気になっていたようだ。


「はい、父上。良い修行でございました」


 そう言い、武者修行の旅を語る。


 一時間ほど食事を取りながら、話しをした。

 信綱のこと、会津軍略会のこと、英松のこと、上杉謙信のこと、将虎のことなど、多数話した。


「そうか。英松、将虎、今後とも息子を頼む」


「「御意」」


 ◇ ◇ ◇


 数ヶ月後、いつも通り過ごしていた長原家に悪報が届いた。


「報告。佐竹氏が軍を起こし、ここら一帯を傘下にするとのこと!」


 ここ長原は常陸国に属し、その最北部に位置している。

 そして佐竹といえば戦国時代関東で名を馳せた武将である。


「どうしますか、父上」


 公頼がどうするかを考えてきた時、またも報告が。


「西から菅家、増田家、蓮田家がこちらに向かってきています!」


「それは、本当か」


 竜頼はその報告を聞き、目を見開く。


「はい、私がこの目で見たので」


「竜頼、どうかしたのか?」


 公頼が疑問に思いながら問う。


「二日前、ここに戻る途中、菅家に佐竹の者が入っていくのを見ました。不可解に思ったので遠くから観ていたのですが、佐竹の者は追い払われていたので、恭順はしてないと思います」


「なるほど。信用できると?」


「信用できずとも、利害の一致はしてるかと」


 竜頼の言葉を聞いた公頼は神妙に頷く。


「では、とりあえず菅家一行を迎える。だが、警戒は怠るな」


「「御意」」


 数十分して菅家、増田家、蓮田家を迎えた。その一行の筆頭は菅正道すがまさみちだそうだ。

 正道は公頼と対面すると頭を下げ、願う。


「我らには、佐竹に対抗する力はない。先日、佐竹の者を強気に追い払ったが攻められれば勝つのは不可能。ゆえに、あなた方の力を貸してほしい」


 公頼は立ち上がる。


「良かろう!共に立ち上がり、佐竹に対抗するというのなら、我らが力を貸そう!竜頼」


 呼ばれた竜頼は返事をし立ち上がる。


「はっ。ここに」


「お前は増田家を束ねろ」


「承知しました」


 竜頼は増田家当主の下へ歩いていく。


「長原竜頼だ」


増田時上ますだときうえだ。よろしく頼む」


 挨拶を交わし、握手をする。

 その後、話し合いをし交友を深めていた時、報告が来る。


「佐竹軍、八溝山麓に陣を敷きいています。数は四千ほどです。その内の三百ほどがここを目指しています」


「ふむ。竜頼よ、いけるか?」


 そう問われた竜頼は笑って答える。


「もちろんです、お任せください」


「では、頼むぞ。晴仁、お前もついて行け」


「承知」


 竜頼は英松、将虎、時上、晴仁を含む、計二百の兵を率いて、佐竹三百を迎え撃つ。


 ◇ ◇ ◇


「どうする竜頼。平地での戦闘では勝ち目はないぞ」


 英松は竜頼に進言する。


「分かっている。ゆえにこの軍を百人の2軍に別ける」


 竜頼率いる、竜頼軍。時上率いる増田軍だ。


「まず、この二軍で挟撃する。だが深くは入り込むな。目的はあくまで撹乱、敵の態勢が整い次第離脱する」


「その後、俺たちは大木の地に奴らを誘き寄せる。時上たちは、敵を引き付けながら逃げろ。一日目が終了した後、長原の館に戻れ」


「承知した」


「では、武運を祈る」


「「はっ」」


 竜頼たちは配置につき、時を待つ。


 そして、馬を走らせ、前に立つ。


「全軍、突撃!」

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