第25話 周章狼狽
「良くやった。重道、為信」
戦が終わり、竜頼は重道と為信を天幕へ呼んだ。
「ははっ。ありがたいお言葉」
「拙者は何も、全ては重道様のご活躍でござる」
二人は今日の武功者だ。二人のおかげで戦が一日で終わった。
「これで、ようやく北条を潰せる。北条戦も頼むぞ、二人とも」
「「御意」」
二人は天幕を出る。竜頼も外へ出た。
「決戦は二日後か。何事にも冷静で居られると思ったんだがな。感情が高ぶる」
竜頼は珍しく高揚していた。初戦より三年の月日が経った。北条は今では因縁の相手。竜頼とっても、氏直にとっても、倒すべき敵だ。
「始めるとしようか。我らが力を天下へと轟かそう。より一層、派手に」
竜頼は拳を握った。若き戦士が立ち上がる。日本に新たな風は吹き荒れる。
◇ ◇ ◇
長原軍は後北条氏の拠点、相模国小田原に向け、出陣した。その数、およそ三万。後ろの憂いがなくなり、長原軍は快調に進んでいた。
しかし、途中で竜頼たちは見た。数個の軍団が壊滅していたのだ。調べると近隣の城の兵らしく死体はまだ日が浅い。竜頼は怪訝に思ったが、無視して進んだ。
「殿、長原軍が後一日でここ小田原に到着いたします。いかがいたしますか?」
「う、うむ………」
氏直は決めかねている。籠城か、白兵戦か、はたまた逃走か。
『籠城が策としては安全ではある。それに、籠城なればやつらとて数週間かかる。しかし、持久戦はやつらの望む所であろう。食料は後ろから手に入る』
『ならば白兵戦かと問われれば、それを難しい。我らが地上で叶うわけがない。かといって、逃走もできぬ。これは自尊心ではない、北条としての義務を果たさねばならぬ。死しても尚だ!』
「………やるしかあるまい」
「まさか……」
伊東政世は主君氏直の決意に胸を熱くする。
「出るぞ、北条!たとえ死してでも、我らの誇りを守らねばならぬ。これは、北条に生まれた者としての責務だ!」
「はっ」
氏直は立ち上がる。それに皆も続いた。
「平野にて迎え討つ。返り討ちにしてやれぃ」
「「御意!!!」」
翌日、北条と長原は平野にて対峙した。竜頼は驚いた。まさか、城から出てくるとは思っていなかったからだ。
「選択としては間違ってはいない。しかし、それが正解とも言い切れぬぞ、北条」
竜頼は北条軍を見渡す。
「ほう。二軍に分けたか。読めぬな。俺ならば決死隊として、ここ本陣に突撃する。覚悟を決めたならな」
竜頼は氏直の考えが読めなかった。ゆえに、氏直と同じ手を使った。
「第三軍を筆頭に、第四軍、第五軍は右へ流れよ。我ら第一軍と第二軍、第七軍は正面の敵と殺る」
「はっ、承知」
義重たちは離れて行く。戦はもう少しで始まろうとしていた。
「こっちの方が兵が少ないが、大丈夫なのか」
竜頼の隣に将虎が来た。
「あぁ、問題ない。いや、むしろあちらの方が問題があるがな」
「あっちが?」
「あぁ」
将虎は首を傾げる。しかし、すぐに吹っ切れ、兜を被った。
「良くわからぬが、先行かせてもらうぜ」
「待て、将虎」
竜頼は将虎を呼び止めた。それに将虎は不機嫌になる。最近、将虎は戦っていないらしく(ソース本人)血に飢えている。
「あ゙ぁ、なんでだよ」
「相手に合わせてやる。何か様子が───。いや!」
竜頼は何かに気づく。
「晴仁!横陣を解け!」
「承知!」
竜頼から何かを感じ取った晴仁はすぐさま命令をこなす。
「なんだ、何かあったのか?」
将虎は気づいていない様子で、竜頼に質す。しかし、竜頼は今それどころではない。
「英松を頼れ。あいつならもう気づいているはずだ。俺は義重の下に向かう。近衛三百ついてこい。ここは任せるぞ、将虎」
「何がなんだか分からぬが、この将虎、任されたからには勝利するぜ。だから、ここは案ずるな」
「助かる」
竜頼はそう言って手綱を引いた。馬を走らせる。それに、三百騎の近衛兵が竜頼に続いた。
そして、義重の下に向かう。将虎は竜頼に言われた通り、英松を頼った。
「何があったんだ?」
将虎は英松に問う。
「俺にも全ては分からぬ。竜頼が理解した全てを俺が理解するのは無理だ。ただ、この空気感。敵の配置は竜頼をここに拘束するものだった」
将虎は首を傾げた。まだ、理解できていないのだろう。そして、それは英松も同じだ。
「つまり、竜頼をこっち側に留めておいて、義重らの首を取る作戦なのか?」
「俺も最初はそう思った。しかし、竜頼が慌ててあっちに行ったんだ。それだけじゃないだろう」
「まぁ、とにかく、俺たちは目の前の敵を屠れば良いのだろう。それなら簡単なことだ」
「油断はするなよ」
「無論だ」
将虎は軍に戻って行く。英松は竜頼の本陣に入り、指揮をする予定だ。か
開戦まであと僅か。
◇ ◇ ◇
『意図せずにか。意図せずにあの配置ならば、どこまで先を読んでいた。俺たちは何も失敗していない。なのに、なんだ。あの圧迫感は。とにかく急がねば』
竜頼は駆けた。そして、それを見越した北条軍は英松らのいる第一軍へ突撃を始めた。
「若!北条軍が突撃を開始しました」
「分かっている。あちらは英松に任せよ」
竜頼は義重の下にたどり着く。こちらはもう始まっていた。正面から激しく殺り合っている。竜頼は本陣を目指した。
「これは、若。何用で?」
竜頼に気づいた義重は声をかける。
「高増はいるか?」
竜頼は高増を呼んだ。まだ、戦場に出ていなかった高増はすぐに本陣に駆け付けた。
「高増、参上いたしました」
「良く来た。義重よ、そなたは中へ入れ。ここは俺に任せろ」
「承知」
義重は鎧を纏い、側近たちと共に前へ出た。
「高増よ。そなたはここへいろ。時が来たら俺と共に来い」
「御意」
そう言い竜頼は軍の指揮を始めた。
「第二部隊、敵を撃破」
「第五部隊、劣勢」
「第八部隊長、永手様討ち死に」
次々と戦の報告が入って来る。それを竜頼は全て無駄なく
「第七部隊を横へ流せ。第六部隊は少し
「はっ」
竜頼は戦況を見極める。
『死者数が想定より多いな。それでも、勝ちは我らの方が多い。早めに型をつけるしかないか』
竜頼は決断してからが早かった。
「重道へ伝令。義重を援護させろ。多少の犠牲は構わぬ。義重の前の道を切り開け!」
「御意」
伝令兵は走って行く。その報告は重道の下へ届いた。
「そうか。良し、皆のもの。我らが主からの伝令だ。これより、
重道の兵たちはうなずいた。そして、加来の軍以外が乱戦を解いた。
「加来よ、ここは任せるぞぃ」
「お任せを」
加来は自信満々にうなずいた。重道も満足そうにうなずく。右方に流れる敵を見て北条兵は戸惑うも目の前の敵が少なくなったことで、士気を上げた。
「進めぇ!とにかく進むのだぁ!」
北条兵は士気が高い。それを率いるのは伊東政世だ。伊東は兵を突っ込ませる。高い攻撃力を誇る伊東軍は長原軍を壊滅させていく。
しかし、長原軍もただではやられない。加来が直接指揮を取り、なんとか持ちこたえ始めた。
「踏ん張れぇ!あと少しで、殿たちが敵を討つ!その時まで耐えるのだ!」
加来は叫んだ。脅威の猛追。長原兵は奮い立つ。戦況が変わった。
「なんだ、こいつら、急に」
戦場は血で朱く染められた。
義重は手堅く攻めている。そこに重道の援護もあり、敵将の遠山政景が見えて来た。作戦では先鋒を任されていたが、急遽、伊東が先鋒となり、左軍の将となった。
「あれだな、敵将は」
「そのようで」
義重と義斯は敵将、遠山政景を見据える。
「行くぞ」
「応!」
常陸の槍が北条を襲う。
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