第26話 送故迎新

 義重は敵の本陣へと突撃した。それを確認した北条右軍の将、遠山政景は配下に守備を命ずる。配下たちは肉壁となり、義重の侵攻を阻止している。しかし、それによって兵を失う速度も速く、どんどんと北条兵は倒れていった。

 義重は多少の犠牲は厭わずに兵を投入する。その最前線で指揮するのは真壁氏幹だ。氏幹は自らも刀を抜き、戦っている。それでもなかなか、本陣に切り込めない。義重は苦々しい顔をする。


「ぶつけろ!」


 横から他軍がぶつかった。


「部隊を二つに!側面を抉るのじゃ」


 重道は指示を飛ばす。それに配下たちは呼応した。そして、氏幹もそれを利用する。


「援軍と挟め!左はもう良い、右を片付けろ!」


「御意」


 氏幹は右側面から来た重道の軍とはさみ撃ちをするため、敵の右側の部隊を削るよう命ずる。義重もそれに気づき、左側の部隊を足止めさせた。


「義斯よ、殿とともに左へ行け。みどもは敵陣を突く」


 義久は義斯に声を掛ける。義斯はそれに従った。


「義重」


「あぁ、行くぞ」


「応」


 義重は義斯とともに左軍へと攻撃を仕掛けた。右には氏幹が、左には義重が、そして、中央に道はできる。義久はた。


「全軍突撃!狙うは敵将の首のみ!」


「はっ」


 義久が出る。竜頼はそれを本陣より見ていた。


「大丈夫でしょうか?」


「義久なら問題あるまい。それより、」


 配下は首を傾げる。


「それより、どうしたのですか?」


「いや、何でもない」


 竜頼は右へ振り向く。そして、舌打ちした。


「近衛三百、俺について来い。終わらせるぞ」


 竜頼は決断した。近衛はすぐさま呼応する。すぐに馬へ乗り、出陣の準備を整えた。


「ここは和田わだ、そなたに任せる」


「承知しましたぞ」


 竜頼は義重家臣の和田昭為わだあきために本陣を任せ、義重の下へ直行した。


「誰を狙うので?」


 近衛師団の団長、一条旬いちじょうしゅんは竜頼に問う。


「伊東の首を取る」


「御意」


 旬は竜頼の前に入った。


「先頭は我らにお任せを」


「では、進め」


 竜頼たちは義重の背後より敵部隊に突撃した。伊東は怪訝に思い、最前線の壁を厚くさせる。しかし、その程度では竜頼たちは止まらない。そして、伊東はそれを見た。


「あれは………」


『あの強さ。そして、あの若さ。まさか、長原竜頼か!』


 伊東は目を見開く。そして、配下に命じた。


「やつの首を取れぃ!やつは敵将、長原竜頼!」


 北条兵は竜頼を注視した。竜頼は炎魔を抜き放つ。


「この首、取れるものなら、取ってみやがれ!」


 竜頼は叫んだ。そして、敵を斬り伏せる。竜頼と近衛兵は義重に並んだ。


「義重、あれは届くか?」


 問われた義重は笑みを浮かべ答えた。


「無論にございます」


 伊東は竜頼に向けて大勢の兵を投入した。自らの側近たちさえ、竜頼に差し向ける。

 それは、竜頼たちにとって苦しい展開となる。


「戦が長引けばな」


 一つの部隊が伊東の本陣を襲った。


「さぁ、潰せ」


 伊東軍の脇腹を長原軍がえぐる。伊東はそれに気づく。


「もう、遅い」


 伊東本陣の中腹までその部隊は入っていた。敵将伊東の首はすぐそこに迫っている。


「伊東様!敵がもう懐まで来ており申す!」


「くそっ」


 伊東の顔は険しくなった。


「乱戦を解け!撤退だ!」


 伊東は撤退を決断する。配下たちは乱戦を解き、下がっていく。


「覚悟ぉ!」


 伊東の右方から叫び声がした。氏幹の家臣、照重である。伊東は配下を差し向けるも、無駄を終わる。そして、自らも刀を抜いた。


「この首はそれほど安くはないぞ!」


 伊東は走った。照重はそれに呼応する。両者はすれ違った。


「かはっ」


 照重から鮮血があふれる。照重は馬上から崩れ落ちた。伊東の勝利に北条軍は沸く。


「行くぞ」


 伊東は撤退を再開した。伊東は手綱を引っ張ろうとする。しかし、手綱が掴めなかった。ゆえに、自分の手元を見る。


「何?!」


 右腕がごっそり無くなっていた。伊東のアドレナリンは切れ、全身に痛みが走る。


「あ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 さっきの攻防で照重に斬られていたのだ。そして、その隙は竜頼たちにとっては十分なものだった。


「死ね、伊東」


 伊東の首はねられた。氏直の側近、伊東政世討ち死に。


 長原軍は歓声に沸いた。一方、伊東軍は主である伊東政世を失い戦意喪失していた。それからは一方的な狩りであった。


 北条左軍の将、遠山政景は伊東の死を知るとすぐさま撤退を命じた。しかし、それを見過ごす義重ではなく、容赦なく敵の背を斬った。

 無惨にも斬り伏せられていく北条兵だが、その甲斐で大将政景はなんとか逃げ切った。それでも多くの兵を失い、敗戦したのは事実。北条左軍は敗北した。


 その事実は右軍をまとめる北条軍総大将の北条氏直の耳に入る。敗戦を聞いた氏直であったが、今はそれどころではない。


「斬り込めぇ!ここを抜ければ敵の本陣だぞぉ!」


 将虎がもうすぐそこまで来ていた。それに呼応する形で配下たちも士気が上がる。氏直はそれに気圧される。しかし、北条兵は簡単には崩れない。これは先の戦いをもって将虎は理解していた。


「目を背けるなよ!」


 氏直を護る直下兵団と将虎率いる重装騎兵がぶつかった。互角、将虎は後ろから見てそう思った。ゆえに、自らも刀を抜き、敵を斬り込んだ。

 氏直は最後の砦であった直下兵団が勝てぬのを見て、側近らに撤退を指示する。しかし、それに側近らはうなずかなかった。


「なぜじゃ!あんなものが来れば、終わりぞ」


「落ち着きくださいませ、殿。あれは来れませぬ」


「なぜ、そう言い切れる?」


 少し落ち着き氏直は問うた。


「あの軍だけが頭一つ抜けた形で本陣ここに突撃しています。例え万が一があろうと横から援軍が来ましょう」


 確かに、と氏直は思うも不安は消えないようだ。そして、それを氏直は次の瞬間、確信する。


「さぁ、最終決戦だ!上げてけよ、お前ら」


「「応!!」」


 竜頼と竜頼率いる近衛師団、そして、高増率いる第五軍が氏直軍の脇腹を抉った。


「あれが………長原!」


 竜頼は氏直を視界に捉えると、不気味に笑った。


「義重に伝令」


「はっ」


 一人の配下が竜頼の後ろに控える。


「右に気をつけろ」


「承知」


 配下は右軍、義重の下へ走った。竜頼は時間がまだあることに安堵する。そして、もう一度、氏直を見る。その手前には将虎がいた。


「後ろに五百を配置しろ。決して逃がすなよ」


 近衛師団の百と第五軍の四百が氏直の後ろへ回った。撤退の道を塞ぐためである。


「旬よ」


「ここに」


 呼ばれ、旬はすっと前へ出る。


「行けるか?」


「お任せを!」


 旬は手綱を引いた。近衛師団が前へ出る。氏直本陣はそれに気づき、兵を割いた。その数、およそ千。それに対し、近衛師団は二百程度だ。


「近衛師団、魚鱗の陣だ。将虎殿に合わせて突撃する!」


 近衛師団は旬に続き前進した。将虎もそれに呼応する。氏直本陣は決断を迫られた。しかし、当の氏直は決めあぐねている。


「殿、どうされるので?」


「もう無理だ」


「それは………」


「ゆえに、我らは最期の特攻に仕掛ける!我らは北条だ。降伏など、散って行った仲間たちへの冒涜ぞ!ならば、我らは前進あるのみ!」


「はっ」


 側近はうなずいた。


「全軍進めぇぇ!!」


「「応!!!」」


 氏直本陣は後退ではなく前進を選んだ。


「親子揃って、変わりはせぬか。旬よ、沈めてやれ」


「無論でございます」


 旬は馬上にて槍を構える。近衛師団も全員武器を構えた。迫りくるは命を惜しまぬ北条兵。


 朱く染められた戦場に立っていたのは、竜頼率いる近衛師団百三十と高増率いる第五軍四百、将虎率いる第二軍の重騎兵五百。

 そして、氏直率いる側近ら五人。


「我らの負───」


「首をねよ、将虎」


 竜頼は氏直の言葉を遮った。そして、将虎に命ずる。将虎は竜頼の思いやりに気づき、刀を抜いた。


「我らの悲願は決して終わらぬ」


 氏直は竜頼に指を指した。


 将虎とその配下たちは首を刎ねた。

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