第24話 泰然自若
厳しい寒さと激しい日差しが戦場を支配する。まだ、重道は動かない。三日が経った今でも、軍は一ミリたりとも動いていたなかった。これには第四軍の下級兵たちも疑問に思っていたが、側近たちは重道の戦術を理解し、手を出さなかった。
だんだんと日は昇り、正午を迎える。なかなか動かない、重道に対して清重は焦りと怒りを発する。それでもなお、重道は動かなかった。それから、一日、二日と時は経つ。
そして、六日目。日は没ち始め、側近たちは重道の下に現れた。
「重道様、そろそろでございますか?」
「うむ。良かろう。では、───」
重道は天幕より、出て言った。
「───撤退」
「はっ、承知しました」
戦開始より六日、重道率いる第四軍は撤退した。
清重は驚いた。同時に疑問に陥る。
『なぜ、撤退した?ここを離れれば、我らは相模へ北条の援軍に向かう。そうすれば、先に行った軍は挟み撃ちに会うだろう。それが分からぬ間抜けな将ではないはずだ』
『だが、これで相模へ進めはする。行くべきか?やつらは今、調子に乗っている。北条敗北の可能性も視野に入れなくてはならぬ。いや、その方があるか。難しいところだな。行けばこの城は奴らに取られるが、本軍を壊滅できるかもしれない』
清重は決断を迫られる。しかし、なかなか答えは出ない。清重の顔は険しいものとなった。
「悩んでおられるのですか?殿」
思考に
「
清重は肯定する。
「不安であれば、残るのが懸命かと」
青足は言った。六年前から清重に仕え、今では一番の信用を勝ち取った男。それが、青足である。そんな彼からの助言は、清重にとって、ありがたいものだった。
「そうか、では───」
「ですが、この戦国の世で、勝ち残りたいのであれば、行くべきかと」
青足は清重の言葉を遮り、言った。清重ははっとする。自らの夢を思い起こしたかのように、清重は拳を握った。
「青足よ、感謝する」
清重は刀を手に取る。
「出陣だ。相模へ行き、長原を討つ!」
「御意」
清重は部下たち計六千の兵を率い、城を発った。向かう先は相模、目的は長原を討つため。清重は城の民を西に避難させ、城はもぬけの殻となった。
「重道様、城の兵が動き出しました」
「うむ。相分かった」
◇ ◇ ◇
「御屋形様、長原軍が相模へと入りました」
「そうか。それで、数は?」
「約三万ほどにございます。五千は錦城にて、水嶋と対峙しております」
氏直は報告を聞き、思考を巡らす。北条軍の数は各地から寄せ集めれば、三万ほどにはなる。
しかし、寄せ集めの兵では、役に立たない。機能するのは実質一万程度。
「小田原の籠城が懸命か………。否、さすれば逃げ場を失い、時間の経過と共に、我らが苦しくなる」
「出陣いたしますか?」
家臣の一人がそう言った。氏直は首を横に振る。
「白兵戦ではもっと勝率は下がる」
「左様で。であるならば、将を討ち取るしかありますまい」
家臣は言った。確かに戦で将を討ち取れば、その配下たちは降伏する。それが、一番手っ取り早い方法だ。
「だが、長原の将は武闘派だ。簡単には討ち取れまい」
なかなか策が思いつかない氏直の下に急報が飛び込んだ。
「錦城の城主代理、水嶋清重殿がこちらへ向かってきています」
氏直はそれを聞き、ひらめいた。
「それだ!こちらとあちらで挟撃するのだ。やつらは慌てふためく。その内に長原の首を取れば良い」
氏直は早速、軍議を始めるため家臣を召集した。
「よく集まってくれた、皆のもの。これより、長原掃討作戦を行う!」
皆の顔が引き締まる。氏直は早速、作戦を伝えるよう、命ずる。
「やつらは約二万五千の兵をこちらに向かわせています。そして、その後ろより、錦城の水嶋清重殿の軍が追っており申す。ゆえに、挟撃いたします」
「先陣は我ら
遠山政景は言った。それに反応したのは御馬廻衆の長、
「承服し申した。敵将の首は我らに任せてもらおう!」
皆は立ち上がる。
「さぁ、敵討ちといこうか!」
「「応!」」
北条軍は奮い立つ。伊東が、遠山が、長尾が、北条軍の中の強者たちが集う。四天王が敗れようとも、まだ北条は健在であった。
◇ ◇ ◇
「止まれ」
竜頼の号令で軍は一斉に止まる。
「一度、休息だ」
兵たちは疲れを取った。と言っても、今回の進軍速度はかなり遅い。過酷な北条戦を生き残った猛者たちならば、余裕であった。
「もう少しか?」
竜頼は英松に問う。それに、英松はうなずいた。
「でも、ここでの戦は危ない。平野での戦いの方が無難だ」
「確かにな。今無駄に兵を失うわけにもいかぬ。ここを抜けたところで良いな」
「あぁ、あの地なら問題ない」
竜頼は太陽を見上げる。小田原制圧が迫った今、ここからは作戦が肝になってくる。そして、練った策には自信がある。竜頼はそれを実行するのが待ち遠しかった。
二日が経った。竜頼たちはもう相模の中腹まで、来ていた。しかし、その進軍速度は遅い。兵たちは疑問に思ったが、口には出さない。
「時の流れは早いものだな」
竜頼はつぶやく。それに晴仁が気づく。
「どうしたのですか、若?」
「いや、北条を討ってから考えるようになったのさ。俺たちは今、とんでもない相手と戦っているんだなって」
晴仁は神妙にうなずく。
「確かに、初陣より六年。これほどに大きくなるとは思ってもございませんでした。これも全て、若のおかげにございます」
「そんなことはない」
「謙遜するなよ、竜頼。お前も今や天下に名の轟く武将なんだからな」
将虎が竜頼の隣に並ぶ、そう言った。
「天下……か。近いようで、遠いな」
「それはそうであろう。名だたる武将でも、天下を統一することはできなかったのだからな。簡単には行くまい」
「であろう」
竜頼は改めて自らの力を知る。そして、天下の重みも知った。強くなったその背中はより一層、大きく見えた。晴仁はそう思ったのであった。
「ふっ」
竜頼は小さく息を吐いた。
「頃合いか………。全軍聞け!」
竜頼は叫んだ。それに、全軍が反応する。
「ここを抜ければ平原である。そこで、追ってくる敵軍を狩る!」
全軍はどよめく。それは次第に歓声へと変わった。ここ数日、戦いに飢えていた。それが、ここに来て、ようやくやれるのだ。配下たちの目の色が変わった。
「これは前哨戦に過ぎぬ。一日で終わらし、小田原へ向かう!誰一人欠けることなく、小田原へ行くぞ!」
「「応!!」」
辺り一帯は震撼した。馬は震え上がり、大地は振るう。竜頼の号令一つで、皆の士気は最高点へと上がった。
「来たな。良し、各部隊長は近くの部隊と連携せよ。誰が将の首を取るか、競争でもするか?」
「それは良い、俺も参加させてもらおう」
俺も俺もと、どんどん志願者が増えていく。結局全員が参加することになった。
「死ぬなよ、お前ら」
「御意!」
清重軍が森林地帯を抜け、平野へ出る。清重は見た、悪夢の光景を。
「突撃!」
総勢二万五千が一斉に襲ってきた。清重は動けない。絶句している。部下たちも同様だ。
「は、反転!反転だぁ!」
清重はやっとの思いで叫んだ。しかし、部下たちは足がすくみ動けない。そこへ長原軍が突っ込んだ。大人vs子ども、それくらいの差があった。
竜頼たちは蹂躙する。清重は逃げる。狩る側と狩られる側。それを体現していた。
「なぜだ、なぜ、こうなった!」
清重は思考を巡らすも、全く分からない。とにかく、今は逃げることを優先させた。しかし、
「清重様ぁ!前より敵が!」
「なんだと!」
撤退した重道の配下であった。第四軍の本軍の撤退は囮であり、清重が錦城を出発したのを見て、再び方向を変え、追ってきたのだ。
完璧なタイミングで第四軍の先鋒は清重を襲う。清重は逃げ場を失った。
「為信、行って来い」
「御意」
竜頼は隣を駆けていた為信にそう命ずる。為信は百騎の騎馬を連れ、清重を追った。竜頼は馬を止める。英松たちも、竜頼と共に止まった。
「第二軍、第三軍は小田原への進軍の準備をせよ。第一軍と第四軍、第五軍で型をつける」
「はっ」
伝令兵は将虎と義重の下へ走った。そして、竜頼は前を見る。追う為信に、逃げる清重。そして、迫りくる重道。竜頼は勝利を確信した。
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