小田原制圧編

第23話 円滑洒脱

 年が変わり、1579年。竜頼率いる長原軍は1月、進軍を開始した。まず、常陸国の南に位置する国、下総国である。


「若!」


「なんだ?」


 義重が慌てて竜頼の下に駆け寄る。額には汗が滲んでいる。


「ここ、下総守は、滝川雄利殿ですじゃ」


「あぁ、そうだが」


「滝川雄利殿は織田家家臣の滝川一益殿と遠縁にあるとか。ゆえに、織田とともに足を並べていると、織田より書が届きましたのですじゃ」


「なるほど。よし、では滝川雄利の下へ行こうか」


 竜頼たちは雄利がいるであろう辛城へと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「滝川殿、話はきいておりますか?」


「えぇ、もちろん。あなた方をお通しせよとのお達しでございます。無論、道は開けますとも」


「それは、ありがたい」


 竜頼は雄利に用件のみを伝え、すぐに辛城を発った。


「朗報をおまちしておりますよ」


「お任せを」


 竜頼は軽く手を合わせ、城を後にした。後続に続くのは約三万の兵だ。長原軍と常陸より集めた軍と輝宗より借りた兵を合わせ、この数となった。

 数は三万と少ない気もするが練度はかなりのものだ。特に竜頼率いる第一軍や将虎率いる第二軍、義重率いる第三軍は強い。各国の列強とも軽く殺り合えるほどに強くなっていた。


 ◇ ◇ ◇


「高増を呼んでくれ」


「御意」


 竜頼は行軍中、第五軍を率いる将、大関高増を呼んだ。数分して、高増は竜頼の前に現れる。


「お呼びでしょうか、若」


「お前に託したい任務がある」


 高増は口角を上げた。最近は大仕事がなく、武功も全て義重や将虎、盾家たちに取られて、あまり出番がなかった。

 そんな高増が気合いが入らないなんてことはない。高増は膝をつき、太い声で言った。


「なんなりと」


「そろそろ、敵方の先鋒が来る頃だ」


 竜頼は笑って高増に命じる。


「叩き潰してやれ」


「御意!」


 高増は第五軍の三千の兵を率いて、一番を行軍する第三軍に近づいた。それに気づいた義重は馬の速度を落とす。


「どうしたのじゃ?」


「先鋒を預かった」


「そうか、派手に殺るが良い」


「はっはっはっ、無論そうするとも」


 高増は義重たちを追い越し、先頭に出た。第五軍は地味ではあるが、連携はかなりのものだ。戦術の幅が広く、頭脳戦では高増は長原軍の中でも随一だ。


「来たか」


 高増は感じた。敵の気配を読み取り、配下たちに命じる。


「そろそろ平野に出る。敵に出会ったら東の方角に避けろ」


「はっ」


 高増は千の騎馬隊を率い、平野を駆け抜けた。そして、その後ろに歩兵が続く。

 案の定、敵は出てきた。北条兵ではない。高増は安堵し、歩兵を予定通り、東に向かわせる。


「敵騎馬隊、およそ千!」


「千騎と千騎か。騎馬三百を切り離せ!残りの七百で応戦する!」


 高増は刀を抜く。そして、敵とすれ違うように走った。すると、敵は笑った。


「馬鹿め!それでは側面からもろに食らうぞぉ!」


 敵将はげらげらと笑いながら、進んだ。


「やってしまえ!」


「お前がな」


 敵騎馬隊は側面より攻撃を受ける。その軍は、


「断ち切るぞ!」


「「応!」」


 佐竹義久だ。義久の軍はどんどん敵軍を分断していく。そして、割れた。完全に前方と後方で別れた。高増は前方の軍、三百騎を潰しにかかる。


「まだだ。後ろが倒されなければ、機会はある!」


「ねぇよ、馬鹿め」


 声がした。敵軍の後ろより、高増が放った別働隊三百が敵軍を襲った。完全なる奇襲である。突っ込むことしか脳のない敵将に高増は呆れた。


「ここは歩兵により、包囲されている。降伏せよ」


 高増は声高らかに宣言した。敵兵たちは武器を捨てる。見事な完全勝利だ。高増は義久の下に向かう。


「助かったぞ、義久よ」


「そなたの作戦が良かったから参戦したまで。礼など要らぬ」


「ふっ、お疲れ」


「お疲れ」


 高増と義久は互いに労い、義久は第三軍の下に戻って行った。そして、高増も戦場の後片付けを終え、竜頼へ報告をしに行った。


「任務ご苦労。にしても、完勝ではないか」


「敵が弱かったゆえ。北条ならば、苦戦は間違いないかと」


「まぁ、そうだな」


 高増は下がった。開戦より、一刻。大関高増率いる第三軍は敵の先鋒を仕留めた。その早業には誰もが驚いていた。


「腕を上げたか、高増」


 義重は高増に会うなり、言い放った。


「さぁな、どうだかな」


「北条はこれからどうするのだか」


「攻めては来ぬであろう。仮にも奴らは敗北したのだ。守備に徹するのが定石だ」


 それに義重は同意する。


「だが、奴らは北条。それを忘れてはならぬ。せがれの北条直氏は冷静な男と聞く。戦となれば厄介ぞ」


 義重は危惧していた。北条を破ったとはいえ、次は敵の本拠地、小田原で戦わなければならない。鉄壁の小田原城を落とすには厳しいと義重は見ていた。


「小田原城、か。本国は大丈夫か?」


「そちらは問題あるまい。あれがいる」


 高増の不安を義重は一蹴した。


「殿、若より招集が。高増殿も」


「そうか、では行くか」


 始まるは、大乱戦。誰が勝ち抜くかは未だ知れず。それはまだ予兆に過ぎない。


 ◇ ◇ ◇


「入れ」


 ふすまが開けられ、男二人が部屋に入ってくる。義重と高増だ。これで、長原軍幹部が全員揃った。竜頼は会議を始める。


「先の戦はご苦労だった。そして、これより、我らは武蔵を抜け、相模に入る。そして、敵本拠地である小田原を叩く!」


 竜頼は力強く言った。


「して、策は?」


 重道は問うた。北条を相手にするには上策がなければならない。


「武蔵国では攻城戦が主要になるだろう。これは第四軍に任せる。速さが大事だ。それ以外の軍は第二軍を先頭に、相模を目指す」


「我ら第四軍は敵を城に留める、と?」


「あぁ、そうだ。頼めるか?」


 重道は平伏する。


「後ろは我らにお任せを!」


「うむ。次いで相模での戦だが、途中にある玉縄城で交戦になるだろう。ここは全軍を持って、三日で潰す。主戦力は義重、そなたに任せる」


「ははっ、お任せを」


「玉縄城を落とし、一日の休みを経て、小田原城へ向かう。小田原攻めは、将虎、英松、俺の三人でやる」


 将虎はやっと名前を呼ばれ、安堵している。英松も同様だ。


「この戦は大いに歴史に刻まれるであろう。容赦、情けは要らぬ!全力で殺るが良い。恐れることはない。お前らの前にはこの俺がいる!さぁ、出陣の準備をせよ。これより、最強を堕とす!」


「「はっ!!」」


 翌日、長原軍は野営地を出発した。そして、二日で国境付近にたどり着く。今や長原軍の名は天下に轟いている。その名を知らないものは少ない。

 それゆえ、ちょっかいをかける者はいなかった。下総南西部にたどり着いた長原軍は武蔵へと進入した。それに気づいた武蔵国を治める大名が動き出す。


 水嶋清重。元佐竹軍の武将だ。昔、長原侵攻の際に佐竹軍に所属し、竜頼と戦っている。


「申し上げます。正門に馬群有り!その数約、四千!」


 配下より清重は報告を受けた。そして、竜頼たちのことを知る。


「予定通り、籠城だ」


「はっ」


 ◇ ◇ ◇


 竜頼たちは重道率いる第四軍を切り離し、相模へ進路を変えた。重道は四千の兵を率いて、清重のいる錦城にしきじょうを包囲する。

 しかし、重道は仕掛けずに、ゆっくりと機を待った。一刻(二時間)が経っても、重道は動かない。清重は疑問に思った。そして、焦りも出ていた。


『籠城は間違いではなかったはずだ。だが、正解でもなかった。 やつらはこの軍を相模に行かせぬことが目的。今北条が脱落すれば、ここら一帯は長原のものになる。少しでも邪魔をするべきだったか』


 清重は思考を巡らすも、答えは出ない。そして、それは焦りと怒りに繋がる。


『くそっ。攻めて来ぬか!いや、冷静になれ。落ち着くのだ。感情的になってはならぬ』


 重道は何もしていない。にも関わらず、清重はこんな状態にまで陥っている。これこそが、重道の強みだ。相手の感情を読み取るのが得意なのだ。

 ゆえに、相手にとって何をすれば、嫌がるのか、焦るのかを熟知している。そして、今回は何もしない。それが、正解であった。


「重道様、今日も待機でございます?」


「うむ。まだ、待機だ」


 二日経ったが、重道は攻める素振りを見せない。


「しかし、そろそろかのぅ。敵方も我慢の限界であろう。経彦つねひこよ。準備は怠るでないぞ」


「承知」


 重道の戦が始まる。

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