第22話 凄凄切切

 氏政は斬り裂かれた胸を見て悟る。もう間もなく死ぬことを。氏政は地面に膝をついた。見上げる。そこには竜頼の姿があった。

 顔を知っていた訳では無いが、なんとなく氏政はそう思った。竜頼は荒い息をしている。まだ、政繁と戦ったときの傷は癒えていない。

 氏政は死を悟り、竜頼の話しかけた。


「分かって、いたのか」


「ここへお前たちが来ることが、か」


「そうじゃ」


「お前たち北条は強い。南常陸を守ったところでお前たちに得はない。俺を憂いたのだって、危険視からではなく、若い芽は詰んどいた方が良いから、くらいだったんだろう。ならば、お前たちは守備に捕囚われない。攻めてくる。そう思っただけだ」


「完敗……じゃな」


「そうでもない、お前たちはちゃんと強かったさ。もっと犠牲を払わず勝つつもりだったんだがな。四天王は強かった」


 氏政は倒れ込む。もう一分と持つまい。


「貴様には才能が………ある。我が城にいる……者共は貴様に……容赦しないだろう」


 氏政は血を吐きながら続けた。


「超えてみせよ、我らを!貴様が………王たる器を持っているなら………天下に轟かすが良い」


 氏政は立ち上がった。そして笑う。


「その名を、その武勇を!」


 そう言い氏政は果てた。

『1578年、北条家当主北条氏政死す』


 その事実は各地へ巡る。北条氏政の死は全国に伝わった。


「ガハハハ!あやつ本当にやりおったわい」


 信長は安土城にて家臣からその報告を聞いた。


「北条の死、新たな戦士の誕生。義輝の二の舞いにならねばよいが」


 土佐の長宗我部は険しい顔で東を見た。


「ははっ、北条を倒すか。面白い」


 毛利輝元は不敵な笑みを浮かべた。


 ◇ ◇ ◇


 竜頼は北条兵をぬまの砦にて拘束し、捕虜とした。竜頼とて降参した兵を殺す真似はしない。戦場は静寂に包まれた。

 さっきまではあれほどにも騒がしかったのに、今ではすっかり沈黙している。竜頼はそんな戦場を一人歩く。そして、立ち止まる。


「盾家」


 竜頼は盾家の刀を持っている。そして、それを地面に突き刺した。


「ありがとう」


 竜頼は踵を帰す。一粒の涙をこぼし、竜頼は天を見た。拳を握り天に挙げた。


 義重は配下より竜頼麾下の軍が北条軍に勝利したとの報告を聞いた。


「なんと!これほど上手くいくとはな」


 義重は唖然としていた。しかし、すぐに配下たちに命令を下す。


「府中城にて待機じゃ。若を待つ」


「承知」


 府中城より進軍していた第三軍は府中城へと馬を向ける。配下たちは竜頼たちの勝利に湧いていた。


 ◇ ◇ ◇


 三日後。竜頼たちは府中城へ入城した。


「ご健勝なによりで」


 義重は竜頼の前にひざまずく。竜頼は顔を上げさせた。


「お前たちも良くやった」


「ありがたき御言葉」


 重道は竜頼に感謝を述べる。軽い挨拶が終わり、義重は府中城攻略の詳細を竜頼に伝えた。


「捕えた兵はいかが致しましょうか?」


「五千をぬまの砦に待機させる。そいつらに監視を任せる。明朝送らせよう」


「承知しました」


 竜頼は部屋を出た。この場に残ったのは、義重と晴仁、将虎の三人だった。


「若は大丈夫であるか?」


 義重は二人に問うた。話だけは聞いていたが、これほどとは思っていなかった。義重の問いに晴仁は答える。


「若は強いお方です。必ずや立ち直られる。しかし、すぐにかどうかはお答えでき申さぬ。盾家殿はそれほどの人物であった」


「俺は大丈夫だとは思うがな。簡単には割り切れぬが、やつは大将だ。責務は全うする」


「そうじゃと良いのだがな」


 盾家の死は長原軍の幹部にとって、竜頼にとって、相当なものである。それを今回、思い知らされた。

 竜頼は部屋に入り、先の戦を振り返っていた。罠は完璧だった。にも関わらず、多くの犠牲を出した。将としては屈辱な戦であった。


 そして、失った。大事な仲間を。竜頼はそれが許せなかった。政繁に手こずり、負傷し戦線離脱。誰も守れずに殺されていくのしか見れなかった。それがなにより悔しかった。竜頼は拳を握りしめる。


「お前はそれほどの男か?」


 声がした、部屋の外から。竜頼は顔を上げる。部屋に入ってきたのは英松だ。


「もう、始まっている。立ち止まる訳にはいかぬ。お前はそれを知っているはずだ」


 英松の言葉が竜頼を抉る。


「分かっている。踏み出さねばならぬことは」


「それでも、あいつが死ん───」


「だから、俺は繋ぐさ」


 英松の言葉に竜頼はかぶせた。


「盾家の想いも、氏政の想いも、全て俺が背負ってやる。だから、今は、今だけでは、悲しませてくれ」


 理解してなお竜頼は感情を優先させた。それが竜頼にとっての筋だったのだ。英松は何も言わない。そして、ただ、うなずいた。


 ◇ ◇ ◇


 冷たい風が頬を貫く。季節は秋から冬へと移り変わった。今年は雪が積もり、進軍が困難になっている。どこの国も休戦状態だ。


「若、お早うございます」


「あぁ、お早う」


 晴仁は体を震えさせながら、竜頼を待っていた。


「別に部屋でも構わぬと言っただろう」


「いえ、そんなわけには参りませぬ」


 そう言い晴仁は本題に入る。


「ぬまの砦より報告が。魔那の一族が見つかったようでございます。その数、約三十。話を聞けば、戦を聞き、さすがに勝てぬと思い、一時的に離れたと」


「なるほど」


 竜頼はうなずく。


「よし。ここの指揮は義重に任せる。俺と将虎でぬまの砦へ戻ろう。晴仁、ここを頼むぞ」


「承知しました」


 竜頼は出立の準備を始める。将虎にも声をかけ、百騎の騎馬とともにぬまの砦に向かって行った。


 府中城より二日、竜頼たちはぬまの砦に着いた。砦にいた将校たちが出てくる。竜頼たちを出迎えた。


「こちらでございます」


 将校たちは部屋の一室に竜頼と将虎を通した。ふすまを開けると、その部屋にはすでに、人がいた。

 女性と幼女?だ。


「お初にお目にかかります。妾は魔那一族の長、朱魔しゅまにございます」


 朱魔と名乗った女性は深々と頭を下げる。反逆の意思なし、と竜頼は思った。そして、幼女の方も立ち上がり、挨拶をする。


「長の娘、舞亥まいです」


 舞亥は朱魔を真似、頭を下げる。


「なぜ、そなたらは頭を下げる?」


 竜頼は朱魔に質した。


「恭順の意にございます」


「我らに従う、と申すか」


「はい」


 竜頼は唸る。魔那の一族が頭を実際下げたのだ。嘘ではないだろう、と竜頼は考える。しかし、信用しすぎるのは危険だ。

 今は大事な北条戦が控えている。しくじりは許されない。竜頼は慎重に事を運ぶことに決めた。


「朱魔よ、貴様は何ができる?」


「索敵と弓の腕には自信があります」


 竜頼はさらに質問をする。


「他の奴らは動けるのか?」


「必要とあらば、なんなりと」


「そうか。では、ついてこい!将虎、府中城へ戻るぞ」


「は?お前、今、慎重にとか言ってただろ!」


 竜頼の言葉に将虎は困惑する。


「言ってない」


 言ってました。


「言ってない」


 ………。


「朱魔よ、活躍の場を与えてやる。己の価値を示してみよ。俺の懐なれば、安心だ」


「承知しました」


 竜頼は立ち上がり、部屋を出た。そして、砦を将虎とともに出る。

 後に続くのは魔那の一族、総勢五十。二十に追加され、五十となった。


「では、ここの守備は頼む」


「御意」


 竜頼は府中城に向けて、馬を走らせた。魔那の一族、総勢五十を引き連れて。


 ◇ ◇ ◇


 北条の中心拠点、小田原城。小田原城城主代理、氏政の息子、北条氏直ほうじょううじなおは父、氏政の死と北条軍の壊滅を知らされた。


「馬鹿な!その報告は真か!」


「はっ、間違いではございませぬ」


 氏直は目を見開いた。


「壊滅と言ったが、生き残った者は?」


「数千ほどだと聞いております。その者らは敵に捕らわれておると」


 氏直は焦った。まさか、敗北するなどとは思っていなかったのだ。氏直だけではない。小田原城に残った家臣たちも同様だ。

 小田原城内は動揺していた。このままではやつらはここまで来る。それは北条たちにとって恐怖以外の何物でもない。


「例え、下総しもうさや武蔵があるからと言っても油断できまい。いや、父を破ったのだから、来るだろうな」


 氏直は冷静に状況を分析した。


「どうしましょうか?」


「うむ、防衛戦を張れ!とにかく時間を稼ぐ」


「御意!」

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