第21話 全身全霊

 この戦場は死海と化した。朱い血が大地を染めていく。北条を止める長原、長原を蹴散らす北条。戦の絶頂が来ていた。


「耐えろよ、お前たち!」


 盾家は康郷を相手取りながら配下たちにそう命じた。指揮は雷覇が取る。盾家は後ろを気にせずに、康郷と対峙した。刹那、康郷の大錐が盾家の目の前に現れる。

 盾家はそれを右に躱した。態勢を立て直し、もう一度、刀を構える。大錐と刀では単純な攻撃力に雲泥の差がある。盾家が勝つには相手の懐に入るしかない。


 しかし、大錐を持つ康郷が有利とも限らない。大錐は重いのだ。ゆえに、だんだんと疲労が溜まってくる。それまで耐えれば盾家は勝てるが、康郷は本気だ。一撃一撃が致命傷になるほどの攻撃を放っている。


「くそっ!」


 盾家はなんとか避けているが、これでは攻撃に手が回らない。


「汝はその程度か?」


 康郷は盾家を煽った。笑いながら康郷は話しかけている。盾家は苦々しい思いをしながらも、回避に集中した。なかなか、康郷の攻撃は緩まない。盾家は止まった。そして、刀を突きの形で構える。


「ほう、突きですか。良いでしょう、かかってくるが良い!」


 康郷は大仰にそう言った。盾家は深く呼吸をする。そして、息をふっと吐き、止めた。

 ジジジィ゙と音が響く。盾家の突きは康郷に阻まれる。大錐で完璧に受け止められていた。


「っ!」


 盾家は感じた。康郷の威圧に盾家は防御態勢を取った。しかし、


「ぬん!」


 上段から振り下ろされた康郷の一撃は盾家の左腕を喰らった。


「がはっ」


 盾家は地に膝をつく。なくなった左腕からは血がドバドバ溢れている。口からも吐血した。


「盾家!」


 雷覇は叫ぶも助けには入れない。いや、入ったところで助けることなどできない。盾家の負傷により、長原軍の士気は低下する。

 一方、北条軍は康郷の勝利に湧く。そして、長原兵たちを蹂躙していった。


「ま……だ、だ」


「ん?」


「ま…だ、だ!」


 盾家は懸命に声を張る。


「まだ、終わっておらぬ!」


 盾家は最後の力を振り絞り立ち上がった。足取りはふらふらしながらもしっかりとそこに意識はあった。そして、康郷を睨む。


「まだ……終わってない。これからだ!」


 うつむく兵たちを見て、盾家は声を張り上げる。


「前を向け!刀を構えろ!」


「っ!やつを殺せぇ!」


 康郷は配下に命ずる。そして、五人の北条兵が走った。


「ここは……王の御下ぞぉ!」


 盾家は降りかかる北条兵を斬り裂いた。


「一歩たりとも進ませるなぁ!ここは我らが砦、王が造りし、不落の砦なり!」


「「おぉぉぉぉ!!!!」」


「やつらを殺せぇ」


「我らが砦を守るのだ!」


「な、なんだ、こいつら…」


 盾家に感化され、長原軍は勢いを盛り返す。形勢は逆転されつつあった。


「天晴だ、汝は某を相手にしながらこれほどの活躍。見事。しかし、悲しいかな、汝は某に討たれる」


 盾家は刀を杖代わりにし立ち上がる。気力で立っているが、もう動けないだろう。康郷は盾家に降参を勧める。しかし、盾家は断った。


「ここから先は一歩も通さぬ」


「残念だ」


 康郷は大錐を持ち上げる。盾家は動かない。大錐は振り落とされた。


『申し訳ありませぬ、竜頼様。僕はここまでのようです。ですが、あなたなら僕がいなくても必ず、この国を統一するでしょう。そのときを、黄泉の国より見守っておりまする』


 盾家は竜頼を思い出す。出会いは偶然だった。狩りをしていた竜頼とばったり出会い、それ以来良くしてもらっていた。盾家は運命に感謝する。


「託したぞ、雷覇ぁぁ!!」


 盾家、討ち死に。


「盾……家……」


 雷覇は立ち尽くした。ただただ、盾家を見つめていた。


「雷覇殿、ご指示を」


 配下は雷覇に指示を願う。しかし、雷覇は動かない。


「託されたのでは、ありませぬか」


 その言葉で雷覇は現実に戻る。


『託された、なんで、私に。私なんかに………』


「踏みとどまれ!決して通させてはならぬ!」


「はっ」


 雷覇は叫んだ。そして、拳を握る。


『見ててよ、盾家。必ず勝ってみせるから』


 ◇ ◇ ◇


 将虎は氏政を肉眼で捉える。距離にしておよそ五百メートルほどだ。将虎は手綱を握りしめ、馬を走らせる。敵は砦に向かって進軍している。

 将虎は不思議に思いながらも進んだ。北条軍は騎馬が少ない。船にあまり乗らなかったのだろう。将虎はそう思っていた。


風鈴ふうり、行けるか」


 将虎は信頼する配下の一人、風鈴に問う。風鈴は越後にいたときより、ずっと将虎に下についていた。


「問題なく、行け申す」


「よし、ではもっと上げるぞ」


 将虎はそう言い馬脚を上げる。それに配下も馬脚を上げ、将虎を追う。


『ここで必ず、やつを打たねばならぬ』


 将虎は強い想いを秘め、進んだ。


「見えてきたぞ、お前ら」


 将虎たちはついに敵本陣に追いついた。配下たちも本陣にぶつかっていく。


「託したぞ、雷覇ぁぁ!」


 盾家の声が響く。将虎はそれに反応し、振り向いた。ぐしゃり、と盾家が潰されたのを将虎はその目でしかと見た。


「な……盾家……」


 将虎は言葉を失った。


「……全隊突撃!」


 将虎は振り切り、命令を下す。


『仇は取ってやるぞ、盾家』


 将虎は誓った。そして、自らも突っ込んでいく。向かった先は氏政だ。将虎はこんな場面でも己の役割をしっかり理解している。

 それに三十騎が続いた。将虎と氏政との距離が近づく。将虎は声を張り上げた。


「我が名は上杉将虎、貴様が氏政だな!」


「殿を守れ!」


 氏政護衛の兵は将虎の接近を危険視し、氏政を将虎から遠ざける。氏政は兵に連れられ、将虎から離れていく。


「将が背を見せて逃げるかぁ!」


「止めよぉぉ!」


 将虎は迫りくる敵兵の首を跳ね飛ばす。返す刀で二人を切斬り裂いた。単純な武力なら竜頼にも引けを取らぬ男、それが将虎だ。


「無理です、止まりませぬ!」


 護衛の兵は焦った。頼みの康郷は盾家にやられた傷があり、それによって雷覇に足止めされていた。


『雷覇、こちらは任せよ!』


『頼むよ、虎』


 目で意思疎通し、将虎は氏政を追った。氏政は後ろを見ず、ひたすらに馬を走らせた。


「銃騎兵ついてこい!」


 将虎は第一軍の精鋭部隊、銃騎兵を呼ぶ。それに銃騎兵隊隊長、荒木藤四郎あらきとうしろうは呼応した。


「承知!」


 氏政を斜めから突いた。その勢いを保ち銃撃を行う。銃騎兵の強さの根源は馬上銃撃が可能なことだ。竜頼から教わった馬上銃撃をしながら、氏政を追う。


「とにかく、走るのだ!」


 氏政は配下たちに声をかける。その配下も残り数人になっていた。配下たちは笑ってそれに応じる。


「逃すものか!」


 将虎は敵から奪った槍を投げた。その槍は凄まじいスピードで氏政に襲いかかった。


「はぁぁぁぁぁ!」


 氏政に当たる直前、配下の一人が氏政の射線上に入った。


「皆のもの………殿を………」


「くっ、任せよ」


 男は笑って逝った。氏政はこらえる。しかし、将虎たちの追撃は終わらない。氏政はとにかく馬を走らせた。


「そろそろですぞ、殿!」


 砦の門が近づく。氏政は前を見た。そして、兵を鼓舞する。


「このまま抜けるのじゃぁ!」


「入らせるなぁ!死守だ、荒木ぃ!」


 藤四郎は火縄銃を構えた。左目を閉じ、呼吸をする。パァーンと轟音がなった。藤四郎の放った弾丸は氏政の肩を貫く。


「殿ぉ!」


「大丈夫じゃ!行くぞ!」


 氏政は耐えた。そして、門までたどり着く。


「こじ開けよ!」


「おぉ!」


 門が力尽くで破壊された。兵たちは氏政の後ろへ行く。


「お行きください、殿」


 兵たちは将虎を止めるつもりだ。氏政は止めようとしたが彼らの目を見て、とどまる。


「生きて戻るが良い」


「「ははっ」」


 門の破片を蹴散らし、門をくぐった。


「ここから先は一歩も通さぬ」


 炎魔が氏政を襲った。


「ここは我らが砦ぞ!」

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