第20話 万死一生

 竜頼たちは北条四天王を倒した。しかし、倒した二人はかなりの負傷をしている。ただ北条軍の士気は確実に低下していた。

 そこに雷覇や盾家が指揮して圧倒していく。あらかた北条兵が片付いた。竜頼は雷覇と盾家に氏政のいる本陣を目指すよう言い渡す。


「これだけの負傷だ。行きたいが多分無理だろう。ゆえに、お前らに任せる。必ず氏政の首を取ってこい」


「「はっ」」


 雷覇と盾家は返事をし、馬を走らせた。その後ろには三百騎の騎馬隊が付いている。残った兵たちは北条兵の残党を始末し、ぬまの砦に帰還した。


「大丈夫ですか、若」


 公頼のときより仕える配下が治療しながら竜頼に問う。竜頼は笑いながら答えた。


「問題ない。三日ほど休めば完全に治る」


「やはり、雷覇たちが心配ですか?」


「まぁな」


 竜頼はそう言い氏政の本陣を見る。豆粒ほどに小さいが、そこに雷覇や盾家らがいる。竜頼は心配だった。


「問題ありませぬよ。あの二人は強いですから」


「そうだな」


 竜頼は心配と同時に信頼もしている。雷覇たちなら、将虎たちなら、必ずや氏政の首を取ってくるだろうと、そう信じて。

 そして、竜頼の目は為信へと移る。為信は竜頼以上に深手だ。治癒があと数分遅れていれば、まずかったかもしれない。


「良くやったよ、お前は」


 為信を見ながら、そうつぶやいた。北条四天王の猪俣邦憲と大道寺政繁。全国に名を轟かす北条は強敵であった。竜頼は負傷した右腕を見る。

 政繁の一撃は重かった。竜頼の全てを砕かんとするあの攻撃はさすがの竜頼とて骨に響く。


「舐めていた訳では無いが、強かったな」


 しかし、四天王二人を討ち取ったのだ。残りは二人と氏政のみ。竜頼は信じて、勝報を待っていた。


 ◇ ◇ ◇


 平繁秋。この男も強かった。将虎は優勢なものの、攻めあぐねている。


「なんというしぶとさだ」


 斬っても斬っても向かってくるその姿はまさに恐怖。将虎は若干引いていた。


「やむを得ぬ、悪いな平繁秋とやら。本気で行くぞ!」


「来るがよい」


 将虎は刀を横に一閃させる。それを繁秋は打ち払い、槍でその刀に追撃をくだす。


「はぁ!」


 将虎は気合いで刀を振るった。繁秋はよろける。その隙に将虎は繁秋を襲った。しかし、繁秋はそれも耐える。押し合う形になった両者は拮抗していた。


「ぬ、おおおぉ!」


 雄叫びを上げ将虎が押した。その勢いのまま追従する。将虎はとにかく刀を振るった。右凪、袈裟斬り、切り上げ、刺突。手数で攻めにかかる。

 繁秋は顔は険しくなっていく。だんだんと繁秋は押されていった。


「これで終いぞ」


 将虎は刀を振り落とす。繁秋は槍で受け止めた、そのとき、繁秋の顔に一閃。

 将虎の攻撃は槍をも斬り裂いた。折れた槍が地面に転がる。将虎は荒い息をしながらも倒れた繁秋を見下ろした。


「それなりに強かったが、行かせてもらうぜ」


 将を失った北条兵はだんだんと統率を失い、蹂躙される。将虎は重装騎兵を率いて、氏政のいる本陣を目指した。


「急報!大道寺様、猪俣様、平様、討ち死にです」


「なんじゃと!」


 氏政は目を見開く。四天王の内、三人が破られたのだ。氏政は震え上がる。頼みの綱がもう殆ど残っていない。


「ご安心召され、殿よ」


「おぉ、そなたは」


「はっ、某松田康郷まつだやすさとがまだおりましょうぞ。やつら三人は四天王の中でも、さいじゃ───」


「そんなわけなかろうて!」


 康郷のボケは氏政に殺される。てか、そのネタこの時代にもあったのかな。


「報告によれば、敵将は負傷で後退と。某がここにいれば安心というものですぞ」


 康郷は氏政を安心させる。


「そなたがいれば安心だが、ここを抜けられると思うか?」


 氏政はこの後のことについて質した。


「可能な策は一つ。正面突破にございます」


「そこへ行けば、敵の領土だぞ」


「敵の策は挟撃。留まるのは危険かと存じます。そして、後ろからの軍の方が数が多い。ならば、こちらに向かってくる敵とすれ違うことが一番」


 挟撃でその場に留まればだんだんと潰される。突破するためには速度ですれ違うしかない。すれ違うときの危険はあるものの、それさえ抜ければ敵は反転に時間がかかる。それを考えて康郷は進言した。


「では、それで行くぞ。兵を集めよ」


 氏政は覚悟を決める。

 将虎は敵本陣を肉眼ではっきりと捉える。雷覇たちも同様だ。


「ここからが正念場ぞ!血を吐きながらでもついて来い!」


「「応!」」


 将虎は兵を鼓舞し馬で駆ける。内側に行くに連れやはり、軍は強くなっていく。だが、北条四天王の軍よりかは弱い。

 それでは将虎は止まらない。その配下もまた強者が揃っている。


「盾家、見えてきたよ!」


 ◇ ◇ ◇


 雷覇は先の軍議の事を思い出していた。


「おそらく、二万は長原城へ向かうだろう。だが、それは俺たちが阻止する。その策として、あれをやる。そっからは白兵戦だ。各々がしっかりやれば勝てる。そして、やつらは最終手段に正面突破を狙ってくるだろう。雷覇、盾家、そなたらにその対処を任せたい」


「はい!お任せを、竜頼様!」


 ◇ ◇ ◇


「分かった、じゃあ行くよ。みんな」


 雷覇たちも氏政たちに迫る。第一軍は火縄銃を取り出し、構えた。


「迫りくる軍と相対するのはたかが少し、殺すことはない。抜ければ良い!」


 氏政はそう言い聞かせ本陣の兵たちを動かした。その後ろの二千は囮だ。しかし、その兵たちは嬉々として、その命令を聞いた。


『すまぬ、わしのせいで』


 氏政は兵たちに謝罪の意を示す。そして、手綱を握った。


「出るぞ!」


「はっ」


 康郷を先頭に本陣は動き出した。目の前の長原軍は蹴散らされていく。本陣の北条兵は皆が精鋭だ。それが、長原軍に、雷覇たちに迫る。


「本陣が………、銃撃よーい!」


 康郷たちとの距離はだんだん縮まっていく。


「ッテー!」


 パァーンと轟音が鳴り響く。数十人の北条兵が倒れる。しかし、まだ健在だ。康郷は馬脚を上げ、雷覇を狙った。


「女か、容赦はせぬぞ!」


 康郷が持つのは大錐だ。それを雷覇に向けて振り下ろす。雷覇は刀を横にして、防御態勢に入った。


「はぁ!」


 大錐は受け止められる。受け止めたのは盾家だった。


「お前の相手は僕だ!」


「ほう、面白い。だが、そんな暇は某にはなくての」


 康郷は盾家を無視して走る。盾家はそれを追った。雷覇は氏政を見据える。そして、次の策を言い渡す。


「鉄壁、よーい」


 兵たちはそれに呼応し、馬と馬の距離を狭める。そして、刀を受けの形にした。それはさながら壁だ。通さないつもりだろう。

 氏政を取り巻く北条兵は全員が前へ出た。そして、壁にぶつかる。


「ぶち抜けぇぇ!」


「耐えろぉぉ!」


 両者は一歩も引かず、互角であった。


「ぬん!」


 鉄壁が崩れる。壊したのは康郷だ。戻ってきたのだ。鉄壁は正面の敵には強いが、内からの攻撃には弱い。康郷は瞬時にそれを見抜き、反転した。

 そして、空いた穴に氏政は刀を振るった。


「わしも北条ぞ!」


 氏政は会心の一撃を放つ。壁は砕け散る。北条兵は空いた穴をさらに広げた。鉄壁が敗れる。


「雷覇殿!」


 配下の一人が叫んだ。雷覇は振り向く。そこには康郷がいた。


「兵を勢いづけるには将を討つに限る」


 雷覇はすぐに防御態勢に入るが、それより早く大錐は振り下ろされた。


「雷覇殿ぉぉ!」


 配下の援護も追いつかない。


『あぁ、これは無理だ。竜頼様、あとはどうか───』


 パァーン。銃声がなった。


「死なせはしない」


「馬鹿な………」


 砦より約二百メートル。超遠距離狙撃。竜頼が放った弾丸は康郷の右腕を穿った。康郷はよろめく。


「ア゙ぁ!」


 盾家がよろめく康郷を襲った。康郷はなんとか打ち払う。しかし、右腕にはまだ痛みが残っていた。


「ここが踏ん張り時ですぞ、皆のもの。活路は前なりぃ!」


「おぉ!」


 戦場がどよめく。空気が震撼した。康郷の声で北条兵は振るい上がる。


「進めぇ!」


「走れぇぇ!」


 北条兵は死をも恐れぬ軍団と化した。ぬまの砦にだんだんと近づいている。


「まだ、だぁ!ここからは一歩も通さぬ。我らの誇りにかけて。兵よ続けぇ!勝利は目前ぞ!」


 盾家は叫んだ。それに兵たちは呼応する。


「「おぉぉ!」」


 どちらも士気は最高潮だ。


「行くぞ、北条!」

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