第19話 竜騰虎闘
「我ら北条を侮辱するとは、万死に値する!」
政繁は矛を構える。両者は走った。政繁の一撃を竜頼は受け止める。押し返そうとするがなかなか上がらない。
『四天王の名は伊達ではないな』
竜頼はそう思いながらも力尽くで跳ね返す。政繁はよろめくももう一度矛を振るった。
ガキィンと激しい金属音が戦場に響く。竜頼はそれを受け流し、政繁の胸に刺突を放った。しかし、それは矛の持ち手部分に阻まれる。
二人の息はもう上がっていた。
『このままでは埒が明かん。こちらはここで必ず氏政の首を取らねばならない。かといって焦れば俺が負ける。ここは耐えるしかない!』
竜頼は炎魔を持ち直し、馬を走らせた。馬上での戦いは地上戦よりも体幹の強さがいる。相手の攻撃を受けても崩れないほどの体幹。
重い一撃を放つための体幹。それは竜頼の方に軍配が上がっていた。しかし、単純な筋力は政繁の方が上だ。竜頼は焦らずじっくりと機を待った。
「なかなかにやるようだ、長原竜頼」
政繁は身を持って感じていた。目の前の男がこれほどの力を持っていることに。ゆえに、負けられない。政繁は意地でもここを通さぬつもりだ。
政繁は矛を持ち上げる。息を吐き、呼吸を止める。そして、会心の一撃を竜頼に放った。左からの一撃だ。
「ぐっ!」
竜頼は歯を食いしばる。両手で炎魔を持ち、政繁の矛を受け止めた。だがしかし、政繁はもう一段階ギアを上げる。
「我は北条四天王が一人、大道寺政繁なりぃ!!」
叫びと同時に竜頼の体は吹っ飛んだ。
◇ ◇ ◇
為信は猪俣邦憲と対峙していた。邦憲は政繁とは打って変わり、堅実型だ。腕力に任せるだけでなく、自らが培った技量を駆使して戦っていた。
為信は最初の方こそ優勢であってがだんだんと劣勢になっていく。それに為信は焦っていた。その焦りがミスを呼ぶ。
「くそっ」
「戦場で感情的になるなど愚かな」
邦憲は一瞬の隙を突き、為信の横腹に刺突を叩き込む。為信の顔は険しくなった。
『くっ、拙者はこの程度なのか。何十年も磨いてきた力は偽物だったのか』
為信は半ば諦めていた。自らの力が通じない。これは為信にとって、武人にとっては悔しいことだ。そして、悔しいながらも嬉しいものだ。
『ここまで、か』
『勝ちたいと心の底から願ったのならば、それに身を任せろ。俺はいつだってお前の心の中にいる』
「っ!いわずもがな!」
為信は意識が朦朧とする中、刀を本能で握った。邦憲は察する。まずい、と。
「勝つのは……拙者だ!」
会津流剣術、月花。早業の刺突三撃。邦憲は穿たれた胸を見た。だが、まだ動ける。邦憲はなんとな持ちこたえ、為信を見据えた。
為信の右袈裟。それを邦憲は押し返し、為信とすれ違う。馬を反転させ、今度は邦憲が仕掛けた。馬脚を下げ、その場に留まる。
そして、右凪で為信の防御を崩し、袈裟斬りにて鎧を砕く。しかし、為信はもろともせず切り上げにて邦憲の腹を叩いた。
肉を切らせて骨を断つ。捨て身の戦法で、邦憲に食らいついていた。そんな為信は今にも倒れそうだ。邦憲はあと少し耐えれば勝てるとそう思った。
それは過ちだったと邦憲は悟る。為信は全く倒れない。それよりかだんだん攻撃力が上がっているようにも感じた。
それに邦憲は危機感を覚える。そろそろ邦憲も限界が近い。これだけ戦って勝てぬ敵は今まで会ったことがない。
「なんだ貴様、なぜ倒れぬ」
「拙者は長原に仕える武者ぞ。我らはここを抜け、敵将の首を取る。それまで倒れぬのは必定ぞぉ!」
為信はそう言いながら刀を振り下ろす。邦憲はそれを受けた。
「なっ、馬鹿な」
邦憲の刀が叩き折れた。為信の一撃に持たなかったのだ。邦憲は自らの太刀を見た。
「貴様ぁ!」
邦憲は叫んだ。予備の刀を抜き、為信に突進した。
「戦場で感情的なるなど愚か極まりない」
為信は先程の言葉を返す。そして、刀を握った。
「会津流剣術奥義、
邦憲はひれ伏す。神速の刃が邦憲を襲った。痛みもなく逝っただろう、と為信は思った。強敵との戦いに勝利し、為信は満足そうに気を失い倒れた。
歓声が上がる。
◇ ◇ ◇
竜頼は横に数十メートル飛ぶ。なんとか受け身をとったが脇腹から鮮血があふれる。
『馬鹿力が。重すぎるだろ』
竜頼はその力に一周回って呆れていた。そして、その顔には笑みが浮かんでいる。まだまだ、やれそうだ。竜頼は敵から馬を奪い去り、政繁の下に戻って来た。
『馬上で矛と相対するのは危険だ。まずは馬上からやつを引きずり下ろす!』
竜頼は馬脚を上げた。自然と通り道ができる。政繁は竜頼に気づき、矛を構えた。竜頼は尚もトップスピードを維持する。
そして、刀を政繁に向かって投げた。しかし、それを悠々と政繁は対処する。
「臆したか、武士とあろう者が!」
政繁は憤りをあらわにし竜頼の方に向いた。しかし、そこに竜頼はいなかった。
「上です!殿」
配下の声で政繁は気づく。襲い来る影は竜頼であった。その手には炎魔を持っている。しかし、炎魔を振るう気配はない。一応防御態勢に入った。
それを竜頼は好機だと思い、炎魔を鞘にしまう。竜頼は政繁の間合いに入った。竜頼は矛を足で押した。体重を掛け、竜頼は政繁の態勢を崩させる。
「落ちろ、デカブツが」
竜頼は落ち際に政繁の腕を掴み背負投げをした。政繁の体は浮き地面に叩きつけられる。
「これで、地上で戦えるな」
「そういうことか」
政繁は理解した。そして、立ち上がり矛を構える。地上で二人はにらみ合う。先に仕掛けたのは竜頼だ。その行動に政繁は驚いた。
理由は一つ。竜頼は刀を鞘から抜いていないのだ。血迷ったのか、と政繁は疑問に思う。しかし、当の竜頼は笑っている。
政繁は矛を叩き落とした。それを竜頼はかわす。そして、その矛を竜頼は持った。政繁は竜頼を薙ぎ払うため矛を右に振るった。
その力を利用し竜頼は政繁の左に出る。そして、踏み込んだ。政繁は攻撃を諦め、防御に出る。竜頼はまだ炎魔を抜いていない。竜頼は拳を握った。
「はぁっ!」
正拳突きを放つ。狙ったのは政繁の矛。政繁はなにをと思ったが、次の瞬間理解する。
政繁の腹には鈍い痛みがあった。
『どこで斬られていたのか』
政繁は鎧を着ている。その鎧の一部分をさっき竜頼は砕いた。そこを狙ったのだ。しかし、普通の攻撃ではそこを突けるほど政繁は甘くない。
そこで、最も精密な攻撃のできる拳にてそこを狙った。まず、政繁の矛に打撃を与え、矛の防御を意識させる。矛は重い。自分の体に引き寄せるには時間がかかる。
竜頼はその隙を突いて腹部に一発入れた。政繁はやれたなと思った。
「さぁ、やろうか」
竜頼は炎魔を抜く。神々しく輝くその刀を竜頼は構えた。政繁も矛を持ち直し、腰を落とす。
竜頼は駆けた。大地を思いっきり踏み、唐竹を放つ。
「綺麗」
雷覇は竜頼の唐竹を見てつぶやく。唐竹とは上から下に振り下ろす斬撃のことだ。竜頼は基本、型に忠実だ。幾度にも修行を積んできた竜頼にとって雷覇の言う綺麗は普通であった。
しかし、政繁も負けてはいない。矛さばきはかなりの達人だ。
『噂には聞いていた。北条には最強の男がいると。武力のみならば織田の柴田勝家や上杉の
竜頼は改めて最強を実感した。
「だが、それがなんだというのだ。俺は、この国を統一する者───」
竜頼は炎魔を強く握りしめる。そして、政繁の矛を力尽くで叩き折った。
炎魔が政繁を襲う。
「───長原竜頼」
竜頼vs政繁、勝者『竜頼』。
これより、最強の座は入れ替わる。
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