第18話 浅薄愚劣

「殿、そろそろでございます」


「ん、そうか」


 氏政は立ち上がり船の甲板に出る。ここから先はかなりの急流だ。氏政はここまでだ、とそう思い停泊させるよう配下に命じた。


「ここから陸路で向かう。なに心配などありはしない。こちらの奇襲は必ず成功する!」


 氏政の言葉により北条兵の士気は上がる。その勢いのまま兵たちは進軍した。


 ◇ ◇ ◇


「北条軍を一網打尽にするためには必ず初手でこちらが優勢にならなければならない」


 竜頼は皆に言った。


「義重たちの府中城攻撃に北条は兵を割くだろう。多くて三万ほどだな」


「残りの二万は?」


 英松が質す。


「おそらく───」


 ◇ ◇ ◇


 氏政は川沿いにて休息を取っている。さすがの北条も休憩なしでは戦はできぬ。氏政は兵を休めるため、一度ここでの野営を決めた。

 そして、明朝に軍を再出発させ長原城へ行くつもりだ。氏政はそれだけで笑みがこぼれる。敵は攻めているつもりだが、それがいつの間にか攻められているのだ。


 南常陸が敵に落ちようと長原城さえ落としてしまえば、なんの問題もない。あとはゆっくり南下し敵を屠るだけだ。

 自らの城を奪われれば士気は下がるというものだ。氏政はそれを想像するだけで勝った気になる。


 そして、決戦の日。日が昇り始めた。氏政はそれを見て号令をかける。


「これより常陸の侵攻を始める。さぁ行けい!勝利は我らのものぞ!」


 野営地を抜け、広い平野へ出る。東には渓谷、西には讚川、北には濱名山がある。そして、


「なんだ………あれは………」


 兵士の一人がつぶやく。


「南常陸を囮にした北常陸の侵略。そう来るよなぁ、北条!」


 平野には砦があった。


「馬鹿な!いや、あの程度の砦、物の数ではない。進め!我らの恐ろしさを思い知らせてやれ!」


 氏政はそう断定し、突撃を命じた。それが仇となる。


「敵来ます!」


「矢を放て。狙わんくても良い、どうせ当たる」


 竜頼の指示の下、やぐらより無数の矢が放たれる。まさに矢の雨だ。しかし、北条は止まらない。


「止まりません!」


「それはそうであろう。なんせあれほどの数だ。よし、やれ」


 竜頼はさらなる指示を出す。すると砦の門が開いた。そこには数百人の兵士たちがいる。北条兵は好機だと思い、突っ込む。


「馬鹿どもに教えてやれ、戦のなんたるかを!」


 隊長らしい男が綱を手に持ち、叫んだ。


「引っ張れっ!!」


「「応っ!!」」


 綱が引っ張られる。それと同時に地面が震撼した。ドドドド、と音を立てる。そして、地面が上がった。持ち上がったのだ。

 そして、それは45度ほどで止まる。止まった地面は再び下に戻ろうとする。襲った、北条兵を。何千という北条兵を叩き潰さんと地面は、大地は唸る。


「た、退避ぃぃ!」


 だが遅い。地面は何千という北条兵を潰した。


「な、あ、あ」


 氏政は言葉にならない声を上げる。戦場での動揺、それは命取りとなる。


「突撃!」


 後ろから声がした。北条兵は何事かと振り向く。その光景は悪夢であっただろう。


「来ると分かっていたのなら対処はするさ。さぁ、どうする?北条氏政。正面には第一軍と第七軍が。後ろからは第二軍と第五軍、第六軍が迫っているぞ。くっははは」


 竜頼は笑った。


「雷覇」


「はい、ここに」


「銃騎兵三千を与える。ここから俺たちが打って出たあと、混戦状態になったら出よ。氏政の首を取れ」


「承知しました」


 雷覇は膝をつき返事をする。そして、竜頼は出陣の準備を始めた。竜頼率いる第一軍は千人、英松率いる第七軍は五百。そして、将虎より預かった兵が千人で計二千五百。

 さらに第一軍は長原軍の中の精鋭なのだ。そこに英松の育てた兵や重装騎兵が合わされば強力無比な軍が出来上がる。


「では行くぞ!」


「はっ」


 竜頼は砦の門を開ける。視界がひらけた。竜頼は腰にある刀を鞘から抜き放つ。


「やるか」


 その言葉とともに竜頼は馬を出す。陸奥の馬だ。ぐんぐんとスピードが上がり、最前線の北条兵と対峙する。となりには多くの兵がいた。


「ふっ!」


 刀を振るう。歩兵の北条軍はみるみる倒れていく。竜頼はある程度のところで止まった。


「回れ、左右の敵を狩る!」


 そう言うと軍は右と左に分かれていく。正面の敵は敵の数が減ったと思い、攻めてきた。


「ここが要ぞ!決して通らせるなよ」


 竜頼は後ろに下がりながら、兵を鼓舞した。正面に残ったのは五百のみ。その五百全員が馬から降りた。そして、地上戦へと移り変わる。

 さすがに強かった。騎馬の有利がない今、北条はさすがの強さを誇っている。精鋭であるこの軍もかなりの苦戦を強いられた。


「なんだ、そんなものか北条!」


 しかし、竜頼はその中でひと際目立っていた。北条をもろともしない体捌きで敵を狩っていく。その姿はまるで鬼神のようだった。

 余談だが、この戦より竜頼は鬼神と恐れられるのであった。


「若、もう持ちませぬ」


 配下の一人が報告する。竜頼はそれ聞き後退を命じた。じりじりと後ろに下がりながら、敵を屠っていく。北条は敵の後退に気づき、勢いづく。


「よし、止まれ。ここが踏ん張り時だ!」


 竜頼は声を張った。それに兵たちも続く。


「うおおおお!」


「な、なんだこいつら」


 北条兵は竜頼たちの異常な士気に怯んだ。それが景気となる。


「竜頼様ぁ!」


 雷覇率いる部隊が到着した。


「我慢の時は終いだ。さぁ、楽しい楽しい狩りの時間だぞ、お前たち」


「鬼ですか、若。もう無理」


 兵士の一人が音を上げる。それに続き皆も笑った。しかし、その顔にはまだ余裕があった。全員が馬に乗る。


「雷覇はこのまま進め。英松、晴仁!ここはそなたらに任せる」


「承知」


 竜頼たちは雷覇とともに氏政のいる本陣を目指し、馬を走らせた。氏政のいる本陣まではあと少し。


 ◇ ◇ ◇


 将虎は敵の背後より奇襲を仕掛ける。戦ってみた感じ、後方の部隊はあまり強くないことに気づいた。ゆえに、焦らずじっくり攻めることにした。


「出すぎるなよ、我らの目的はあくまで包囲だ」


「殿、旗が見えましてござる」


「そうか」


 将虎は竜頼の旗印を確認した。一度目の旗は竜頼たちの準備が整ったことを合図するものだ。


「殿、二度目でございます」


 将虎は馬を敵本陣に向ける。


「五百騎付いてこい!」


 将虎は刀を握りしめ、そう叫んだ。正面から竜頼たちが背後からは将虎が、挟撃の作戦に出た。将虎は敵を蹴散らし、敵本陣に近づいていく。

 しかし、そう簡単には通らせてくれない。


「北条四天王が一人、平繁秋たいらのしげあき。参る!」


 北条四天王、北条軍の中で最も強い武士四人を表す称号だ。繁秋は槍を構え、将虎と対峙する。


『この男、できる』


 将虎は実感した。


「だからといって………。力でねじ伏せれば関係ない!」


 将虎は迫りくる槍を避け、思いっきり刀を振り下ろす。繁秋はすぐに槍を防御の型にはめ込む。槍はすぐに繁秋の下に戻った。

 ジリリリ、とけたたましい金属音とともに二人の一騎討ちが始まった。


 一方、竜頼はというと、


「勢いを落とすなよ」


 順調だ。竜頼の指示の下、皆がしっかりと動いている。竜頼は後方にいるがこの部隊はそれでも止まらない。


「北条四天王、猪俣邦憲いのまたくにのり


「同じく、大道寺政繁だいどうじまさしげ


 こちらにも四天王が出てくる。


「為信、お前はあっちの相手をしろ」


 竜頼は邦憲の方を見てそう言った。為信は嬉しそうな顔をしている。やっと出番が与えられたのだ。

 竜頼は馬を前に出し、政繁と対峙する。竜頼は刀を抜いた。さっき使っていたのは量産品だが、こちらは違う。


 牡鹿家宣が打った蝦夷刀である。それを信じ、竜頼は走った。政繁は持っている矛を突き出す。やはり刀より矛の方が間合いは長い。

 しかし、それを竜頼は恐れず悠々と間合いに入っていく。そして、炎魔を振るった。政繁の甲冑が切れる。


「来い、四天王とやら。俺の力を、見せてやる」

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