北条編②

第17話 画竜点睛

 ほどよい秋の風が頬を貫く。1578年10月、竜頼は配下の佐竹義重と江戸重道に命じた。南常陸を実質支配しつつある小田氏治おだうじはるへの打倒を宣言した。それと同時期に織田信長率いる織田・徳川連合軍が上杉の領地である越後への侵略が始まる。

 報告を聞いた北条は常陸への進軍を開始する。その数、約五万。確実に竜頼たちを潰す気だ。対する長原軍は一万。数では圧倒的に不利だ。しかし、兵たちには微塵も恐れはない。


 それを見て竜頼はうんうんとうなずく。そして、竜頼は兵士を見渡し言った。


「我らはこの常陸を支配するにふさわしい軍団だ。それをけがす輩には死をくれてやれ!第三軍、第四軍、出陣せよ!勝利は我らの手にある」


 それに続き義重が刀を抜き天に掲げた。


「全軍前進!」


「「応!」」


 長原軍は動き出す。戦国最大の戦が幕を開けた。


 ◇ ◇ ◇


 義重はまず、前回手に入れた府中城に向けて進軍した。あそこの勝手は知っている。ゆえにそこに狙いをつけたのだ。この三年間、策をかなり練ってきた。義重には自信があった。

 府中城までは険しい道のりはない。義重は兵の具合を見ながらこまめに休息をとった。そして、進軍から四日で府中城に到着した。


「止まれぃ」


 号令とともに軍は止まる。義重は目の前の府中城を見上げた。造り自体は変わっていない。兵の数は増えているように感じた。義重は重道を呼ぶ。


「ここは我らに任せてもらおう」


「承知した」


 義重は配下の真壁氏幹に命ず。


「落とせ」


「はっ」


 氏幹は六千の兵を率いて、府中城を包囲した。いきなり現れた第三軍に一瞬府中城は動揺したものの、予想はしていたのか城壁に数百の兵たちが出てくる。

 それをもろともせず、氏幹は攻城戦を始める。第一陣として大はしごを城壁にかけた。大はしごの先端には杭がある。それが城壁に突き刺さり、城壁の兵たちはなかなか大はしごを落せない。


 その隙に佐竹兵は大はしごを伝い登っていった。あと数メートル、佐竹兵の一人が大はしごを登りきり城壁の上に上がった。

 一人また一人と佐竹兵は城壁の上に上がっていく。城壁の上ではガキンという激しい金属音が響いていた。氏幹はそれを見てガッツポーズをした。


 そして、すぐ冷静になり第二陣を出した。第二陣は城壁の上に注目がいく今、城門を破るため破城槌にて突撃する。

 ドンと鈍い音が響く。上では金属音の鋭い音が、下では鈍い音がする。府中城の兵士たちはどっちに行けば良いか分からず、城壁の上に集まってしまい城門はがら空きだ。


「打ち砕け!そして第三陣城門が開き次第突撃、市民は攻撃するなよ。府中城の城主らを捕らえよ!」


「「はっ」」


 氏幹は本陣の五百以外の兵を総動員させ、府中城を落とすつもりだ。


 府中城武将の蘆屋正経あしやまさつねは焦っていた。これほど第三軍が強いのかと肌身を通し実感した。


「どうすれば、一度引くしかあるまい」


 正経は即刻決断し、府中城の裏手からの脱出を試みた。地下の通路を通り、地上へ出る。


「ふっ、ははは、!やったぞ、これで…」


「将が背を見せて逃げるなど、愚かな」


 佐竹義久、彼は数騎の配下とともに城の裏手に来ていた。無論、逃げる兵をここで断つためだ。それがなんの偶然か、府中城の武将である正経に出会ったのだ。

 義久は刀を一閃させる。配下たちも同様に切り刻む。正経の首は胴より切り離された。


「真壁に伝えろ、こやつの首を取ったと。戦場にも触れ回れ」


「御意」


 配下の一人に命じ、義久は城を見た。


 府中城では未だ戦いは続いている。自分たちの大将が逃げ、死んだことを知らずにその主のために戦っていた。

 しかし、練兵された佐竹軍の快進撃は止まらない。どんどん侵食されていく城壁は府中軍を恐怖へと陥れていった。


「ほらほら!どうした、その程度か!」


 氏幹の配下、茂野成平しげのなりひらは叫ぶ。そう挑発するが府中軍は乗ってこない。その勢いに完全に怯んでいた。

 そして、下の鈍い音がさらに彼らの恐怖心を煽る。将たちがなんとか持ちこたえようとするも成平は止まらなかった。


 ドォーン。それは無情の銅鑼となった。破城槌にて城門が破られる。第二陣を率いる佐竹義斯たちは城の中を巡り、その半分が城壁に上がってくる。

 それを見た府中城の兵たちは戦意を喪失した。武器を投げ降伏するものもいれば、膝より崩れ落ちるものもいた。


「全員捕らえよ」


 成平は配下たちに命じ、敵兵たちを連行していく。府中城城壁での戦闘はこれにて終了した。


 義斯は屋敷を見渡す。しかし、どこにも敵将らしき男は見つからない。不思議に思いつつ義斯は馬を進める。


「殿」


「なんじゃ?」


「敵将、蘆屋正経は義久様が仕留められたようで」


「……そうか」


 義斯はうなずき馬を止めた。


『またあやつの出柄か。大掾のときもそうだ。敵将を仕留めたのはあやつじゃ』


 悔しそうに義斯は拳を握る。そして、ふぅ、と息を吐いた。落ち着いた義斯は配下に命じる。


「義重を呼んでこい」


「御意」


 配下は城を抜け、本陣まで走る。そして、事情を伝えた。


「そうか義久のやつが」


 義重は報告を聞き笑顔を見せた。


「よし、では我らも入城する。付いて来い!」


「はっ」


 義重は本陣の兵五百を府中城へ入城させた。開戦からたったの半日で府中城は落城した。また、第四軍の出番は来ず、第三軍の六千のみで府中城を攻略してみせた。

 これにより北条を迎え撃つ形ができた。それに義重はとても安堵した。


「やりましたな、殿」


 氏幹は酒を飲みながら義重を見てそう言った。それに義重も気分が良いのか大声で笑っている。


「そうじゃな。まさか半日で終わるとは、このわしとて予想できなんだか。それにしても義久よ、ようやったのぅ」


 義重は戦の立役者、義久を見てねぎらう。その義久はというと、こういう場が苦手なのか、かなり窮屈そうだ。


「裏手に回ったら偶然遭遇したまで、みどもの手柄ではござらぬ。この戦の立役者というのなら、そこの氏幹殿かと存じまする」


「相変わらずそなたは堅いのぅ」


 義重はそう言い義久の盃に酒を入れた。そして、飲め飲めと煽る。しかたなしに、と義久はそれを飲み干した。


 府中城攻略。竜頼たちにも報告がいった。伝令からの報告を聞いた竜頼は笑っていた。完全に呆れ笑いであった。


「将が無能だからといって、たったの半日で終わらすとは、あれもまだまだ現役か」


 竜頼は義重の顔を浮かべ苦笑した。隣りにいた英松も同意する。そして、竜頼は空を見上げる。暗黒な空にただ一つ、月が輝いている。


「さて、そろそろ来るか。北条……」


 竜頼はそうつぶやいた。


 ◇ ◇ ◇


「皆のもの!準備は良いな。では行くぞ、常陸の長原を潰す。出陣だ!」


 北条氏政は声高らかに宣告する。まだ日は昇りきっていない。にも関わらず、北条軍は進軍を開始した。北条五万の軍は二万が府中城へ、一万がその後方支援をする。

 そして、残りの二万は、


「進軍だ!やつらは攻めて側と勘違いしておる。それをとくと教えてやれ、攻めて側は我ら北条だと!」


 北常陸に向けて進軍をする。敵の虚を突くつもりだろう。今までの戦は毎度、竜頼たちから仕掛けていた。そして、攻めている。

 ゆえに今回もと錯覚していたのだ。北条はそれを見抜き、逆に自分たちから攻めようと、そう考えたのだ。


 氏政も見事な戦略だと自画自賛していた。そして、五日で常陸に入る。ここまでの道のりは決して険しくはない。

 問題はここからだ。府中城へ行く軍は良いとして、北常陸へ攻め入る軍はどうするかということだ。


 しかし、その問題も氏政は解決している。それは讃川を船で漕いでいく、というものだ。讃川ならば途中まで行くことができ、敵からの急襲の心配もない。

 そして、平野付近で降りそこから長原城を目指し陸路での進軍を図る。氏政は完璧だと思った。

 氏政そう思った。

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