第28話 外柔内剛
1580年。常陸守、長原竜頼が上京した。配下二千を連れ。それを出迎えたのは、織田信長とその家臣団である。
「良く来たのぅ、長原」
信長は大仰にそう言った。
「約束通り、北条は討たせてもらった。それと、上総国と下総国の譲国に感謝を」
「良い、そなたが治めるに値する人物だったから譲ったまで。他の者なら譲ろうはずがない」
一通り話が終わり、信長は去って行った。信長は忙しい。ゆえに、挨拶だけをしにここへ来たのだ。
「後は
「───羽柴をお使いくだされ」
明智光秀と羽柴秀吉が竜頼に一礼した。
『こいつらが羽柴に明智か。羽柴秀吉は戦略に長けているとか。明智光秀の情報は少ないが、戦はかなりの勝率だと聞いている』
竜頼は二人を見て分析した。
「相分かった」
竜頼は返事をして、今日から住まう仮部屋へ向かった。それに続くのは、英松と晴仁だ。将虎は京に付いてきた配下たちを指揮している。廊下を歩いていると、英松が竜頼に話しかけた。
「わざわざ、京まで出向く必要はあったのか?」
「あぁ、もちろん。天下を取るものが一度ま上京せぬのは、天下に対する冒涜だ」
「お前、変なところで律義だよな」
「は?当たり前だろ」
竜頼は部屋につき、
「あ、これはこれは。長原竜頼様ですね。私は織田信長の娘、
鈴橋院は平伏した。
「そうか。ならば、退出してくれ。これから三人で話し合いをする。なるべく聞かれたくない話でな」
「承知しました」
鈴橋院は部屋を退出した。竜頼は気配が遠のくのを視て、話を始めた。
「晴仁。ここらの治安を調べてくれ。まぁ、悪くはないと思うが、念の為な」
「承知しました」
晴仁は返事をした。
「はぁ~。しかし、こんな待遇は考えてもみなかった。俺たちはこんな待遇を受けれるほどになったのか?」
「それもそうだな。でも、実際我らは百万石を超える武将だ。それ相応の対応をせねば、あちらの格好もつかぬというもの」
英松は竜頼に言う。
「まぁ、そうだがな。それでも慣れぬよ」
「堂々としていればよろしいのです」
晴仁は言った。竜頼はぼりぼりと頭を掻く。その後三人は他愛のない話をした。
◇ ◇ ◇
竜頼は今、信長と対峙している。実に四年ぶりだ。そして、信長と竜頼の上座にはある男がいた。
竜頼と信長は平伏する。
「面を上げよ」
竜頼と信長は顔を上げた。
「信長よ。良く彼を連れてきてくれた。感謝する」
「感謝など、もったいのうございます」
信長は丁寧に言った。竜頼はそれを見て、吹きそうになっている。
「竜頼よ、朕が第106代天皇である」
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。某が長原竜頼にございます」
竜頼は挨拶をする。
「そんなにかしこまるでない。聞いているぞ。そなたは藤原の子孫。朕とも関わりは濃い」
「はっ。恐悦至極にございます。しかし、言わせてもらいましょう。陛下は唯一の存在にございます。某どもが推し量れる存在ではございませぬ。どうか、某の上に。それが某にとっての喜びにございます」
「うむ。承知した」
正親町天皇は優しい声で話した。
「して、陛下。我々に何用でしょうか?」
「うむ。それがな、今、朕の権威は低い。それで、そなたらの力を借りたいのだ。無論、ただでとは言わぬぞ」
竜頼は額の汗を拭う。信長も同様だ。
「そなたらが手を携え、共に天下を取ってほしいのだ。その暁には信長よ。そなたを征夷大将軍に。竜頼よ。そなたに太政大臣の地位を与える」
竜頼と信長は目を見張った。そして、目を合わせる。
「すぐに決めよとは言わぬ。ゆえに、考えてはくれぬか」
「「承知しました」」
竜頼と信長は正親町天皇が退出するまで、平伏していた。退出した後、竜頼は息を吐く。
「はぁ。あの方が現天皇である、か」
「人柄は良いのだが、政治には疎い。従ってもよいのだが。どうせなら儂が実質支配したいところじゃのう」
「俺もその意見には賛成ですがね。信長殿は政治も得意と耳にする。あなたになら任せられますよ」
竜頼は本心からそう思った。
「はっはっは、一番に興味はないのか?」
「俺が一番でなくとも、俺がこの手でこの戦国の世を終わらせられれば良い」
「死してもか?」
「死して尚、ですね」
信長は豪快に笑った。
「上杉が邪魔でのう」
信長は唐突に言い出す。何をと思った。竜頼だが、理解する。
「はっはっ、じゃあ、やりましょうか。俺の全軍を持ってして。いや、伊達や真田、武田をも巻き込んで、派手に祭りを上げるとしましょう!」
◇ ◇ ◇
翌日、竜頼は信長にある提案を仕掛けた。
「試合、だと?」
「えぇ、俺の配下と信長殿の家臣で試合を、と思いましてね。我々の成長もそうですし、信長殿の力も見ておきたいですからね」
「はっはっは、それは面白そうじゃのう。柴田、前田、信秀。やれるか?」
「無論、殺れますとも!」
字が怖ぇ〜。
「殿のご命令なら」
「父上に良いとこを見せまする」
織田家の武力のある者たちが選出される。竜頼はそれを見て、自らも出る決意をする。
「将虎、英松」
「待ってたぜぇ」
「まぁ、俺も久しぶりの試合だからね。全力でやらせてもらうよ」
しかし、ここで待ったが入る。
「お待ちを、若」
晴仁が竜頼に声をかけた。
「………なるほど。分かった、お前に任せる」
「ありがとうございます」
両者、選手が出払った。
織田家からは柴田勝家、前田利家、織田信秀。
長原家からは上杉将虎、英松、九条晴仁。
試合が始まる。
「では、先鋒は私が」
前田利家が声を上げる。勝家や信秀は譲った。一方、長原チームは、英松が出る。
「いけるのか?英松」
「俺を誰だと思っているんだ、お前は。俺とて武士の端くれ。刀には自信があるんだ」
そう言いながら刀を抜いた。今回、なぜか真剣を使うことになった。信長が決めたらしい。
「では、先鋒。始め!」
英松は刀を握り、先に仕掛けた。右袈裟である。しかし、それは利家の槍に阻まれ、ジジジと音が鳴る。英松は一度後退した。
次に仕掛けたのは利家だ。その長い腕から繰り出される突きに英松は苦戦した。それでも、英松にはまだ余裕がある。
利家は英松に十点中六点という評価を付けた。理由は一つ。遅い。そう遅いのだ。英松の一撃は鋭く重いものの、その速度は遅く、簡単に受け止めることができる。
利家は長原の栄誉のために、少し時間をかけて倒すつもりであった。そして、そろそろ頃合いだとそう思い、仕掛けた。
「はぁ!」
渾身の突きが英松を襲う。狙われたのは肩だ。肩ならば、もし命中しても大丈夫であろうという利家なりの判断だった。
英松は迫りくる刀の切っ先を見た。
『横』
英松は利家の渾身の突きを薙ぎ払った。利家は驚く。信長も同様だ。突きを避けるではなく、薙ぎ払ったのだ。
動揺。それすなわち、
「ふっ!」
敗北である。
英松の刀が利家の首筋に当てられた。
「っ!?」
信長は驚いていた。竜頼はうんうんとうなずいている。将虎や晴仁も同じくだ。
「そこまで!勝者、英松!」
信長サイドは唖然としていた。
「あ、あの利家が負けるなど………」
「信じられぬ………」
英松は涼しい顔で竜頼の下に戻った。
「やりましたよ、若」
「はっ、よく言うよ」
ドヤ顔の英松を見て竜頼は笑った。一方、利家はまだ負けた事実が認められないようだ。とぼもぼと信長サイドへ帰って行った。信長は額に青筋を立てている。相当怒っているようだ。
『まぁ、自業自得だな。完全に英松のことを舐めていた槍筋だったからな。死ななけりゃ、俺たちにとってはどうでも良い』
長原三傑vs織田三武仙。
先鋒、長原の勝利。
戦国物語 ヤマダ @yamada_1
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