第15話 枕戈待旦
燃え盛るような日差しが大地に降りそそぐ。春は過ぎ、だんだんと気温も上昇していくなか、竜頼は北常陸と南常陸を別ける境界線に来ていた。
ここへ来た目的は一つ。小さな城、城柵を造るためだ。
◆ ◆ ◆
「久しぶりの登場、北条氏親と申すものである」
また出たよ。
「またとは何だ。こほん、まぁ良い。ここで説明するは城柵についてだ」
そうか。では城柵とは何なのだ?
「城柵とは、奈良時代から平安時代に陸奥や出羽に造られた蝦夷を支配下に置くための城の周りに巡らせた柵のことだ。かつて朝廷に恭順していなかった蝦夷を坂上田村麻呂が蝦夷の将、阿弖流為を討った。それから胆沢などに造られたものが城柵だ」
つまり、見た目は城の周りに柵を巡らせたもの。理由は蝦夷を従わせるため、ということだ。
◆ ◆ ◆
「どうするのだ、竜頼」
付いてきた英松が竜頼に質した。
「ここ、だな」
竜頼は地形を見極め、そこの一点に立った。
「ここに城柵を造る」
「城柵を、か?」
「あぁ」
竜頼は返事をして、部下を呼んだ。すると、数分して部下たちは到着する。
「ここに城柵を造る。七日で完成させてくれ」
「御意」
隊長らしき男が頭を下げると後ろの部下たちも続いて頭を下げた。そして、作業に取り掛かる。
一部始終を見ていた英松だが、ここに城柵を造る理由が分からず、やきもきしていた。
「竜頼、なんでここに城柵を造るのだ?」
「東には渓谷、西には急流の
「いかにも。しかし、ではなぜ今までここに城を造らなんだか」
英松はふと疑問に思ったことを口にした。確かにそうだ。そんな天然の砦であるならば皆がこぞって城造りを始めよう。
しかし、今までここに造られた城は一つもない。英松が疑問に思うことは至極当然であった。
「ここには
魔那は鎌倉よりここに住み着いており、朝廷や幕府に縛られぬ、独立した一族であった。だが先日、竜頼麾下の配下が魔那一族の消息不明を確認した。
その理由は竜頼には分からぬが好機と見て、城柵を造り始めたのだ。
七日が経つ。竜頼は目の前にある城柵を見上げた。雄々とそびえ立つその城柵は竜頼の満足のいくものだった。
「良くやった。お前たち」
「はっ、ありがたき幸せ」
「今日は馳走だ!存分に呑め」
兵士たちは竜頼の言葉を聞き、喜ぶ。大騒ぎだ。兵士たちは意気揚々と次々に城柵の中に入っていった。
竜頼は城柵をまじまじと見つめ、笑みを浮かべる。英松は不思議に思いながらも城柵の中に入って行った。
造られた城柵は『ぬまの砦』と名付けた。ぬまの砦には長原軍から千の兵が配備され、竜頼たちの最前線基地となった。
また、竜頼はぬまの砦城主、
そして、竜頼は則任に消えた魔那の一族の捜索を兵たちに要求した。
二日経ち竜頼たちは長原城に帰還した。それを義重が出迎える。
「お待ちしており申したぞ、若」
「
留守居とは城主不在の城を守る役目のことだ。例えば、大坂の陣で前田家の
義重は竜頼を城の中に招くと、自分もそれに続く。そして、竜頼たちは義重よりある報告を聞いた。
「真田が同盟を?」
竜頼はその報告を聞き、思わず振り返る。竜頼は思いがない報告に目を見開く。そして事の詳細を義重より聞いた。
「昨日、真田より内密の使者が送られてきました。我々はそれを向かい入れ、話を聞きました。使者の口から出た言葉は皆が驚きましたぞ。同盟を結びたい、と。しかし、我々のみで決めるのもどうかと思い、使者をこの城に招いておりますれば、何卒」
義重はそう言い、昨日の出来事を締めくくった。竜頼は義重の話を聞き、使者への案内を求める。義重はぜひ、と言い使者のいる部屋まで案内をした。
「長原の当主、長原竜頼だ」
竜頼は高圧的な態度でそう言った。
「お初にお目にかかる、長原家当主殿。
「甲斐の………」
「ほう、この老いぼれを知っていると申すか?」
「甲斐の豪傑。かつては武田に仕えた武者」
忠信は信玄、勝頼と武田家に仕えてきた武将だ。そして今は真田昌幸に仕えている。昔は甲斐の豪傑と呼ばれ、数々の戦さ場を駆けてきたものだ。
だがしかし、そんな男にも竜頼は屈しない。
「して、禰津殿。同盟とは?」
竜頼はあえて聞いた。
「我々、真田家はあなた方との同盟を所望する。これが真田家当主真田昌幸の御意向でございまする」
太い声で忠信は宣言する。竜頼はその威圧を受け、不敵な笑みを浮かべた。
そして竜頼は座り直し、言い放つ。
「長原家当主長原竜頼、その同盟、有難く受けさせてもらいましょう」
竜頼と忠信は握手をする。そして、席は宴会へと移っていった。
◇ ◇ ◇
猛暑の夏は過ぎ去り、残暑の秋が訪れる。竜頼はまたもや陸奥に赴いていた。竜頼の隣には物部結妃と物部辰治がいた。
「お久しぶりですね、竜頼様」
相変わらず距離が掴めんと竜頼は困惑している。それを見ていた英松は吹き出しそうになっていた。
「予定の時刻だ」
竜頼は陽が南中するのを見て、そう呟いた。すると奥から人影が見えてくる。現れたには伊達輝宗であった。
梵天丸───ではなく元服し名を伊達藤次郎政宗と変えた梵天丸こと政宗も来ていた。
「お久しぶりですなぁ、当主殿」
語尾を上げ輝宗は言う。
「そうでもありませぬ、御前殿」
竜頼は少し呆れながらもそう答えた。しかし、輝宗には当主が認められた事実を竜頼は再確認する。
「して、今日は何用ぞ?」
さっそく輝宗が問う。
「あちらにて」
竜頼はそう言い近くの館を指す。輝宗はそれに同意し、竜頼一行は館に向かった。この談合に出席するのは竜頼と輝宗、英松、結妃、辰治の五人だ。
そして、輝宗はもう一度問うた。竜頼は一度目をつむり、息を吐く。
「あなた方、伊達家に陸奥全土を返還いたす」
「っ!」
輝宗は険しい顔をした。
「どういうことぞ?」
「そのままの意味でございます。我々が支配する奥六郡の支配権を放棄するという意味にございます」
奥六郡とは
かつては安倍一族が支配していたりと朝廷の手の届きにくかった土地だ。そこを竜頼は放棄しようとしているのである。
「主、それがなにを意味するのか分かっておるのか」
「無論でございます」
竜頼の意思が固いことに輝宗は気づく。悪くない話ではあるが唐突にそんな話をされると何か裏があるのではと思うのは当然のことだった。
そこで輝宗は質問をと声を上げようとしたとき、結妃が立ち上がった。
「なぜですか、竜頼様。奥六郡には竜頼様を慕っている方たちが多くいるはずです!」
結妃は力説した。しかし、竜頼には届かない。
「なぜです?理由だけでも、お教え願えないでしょうか」
結妃は涙を流しそう言った。さすがの竜頼も結妃を泣かせたのが心苦しかったのか、顔をしかめた。
「わしも気になりますぞ」
輝宗の言葉がダメ押しとなった。竜頼は言葉をひねり出すかのように言った。
「俺に奥六郡を支配するに値しない人物であるからだ」
「どういうことだ、竜頼?」
聞いていただけの英松も気になり、さらに問うた。しかし、竜頼はそれっきりこの話題については言葉を発さなかった。
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