第14話 按甲休兵
あれから数日、竜頼は刀の鍛錬していた。先日貰った蝦夷刀───炎魔を振るう。
振るってみて分かった、この刀の真髄を。剣士としての竜頼が湧き上がってくるようだった。
それから数十分、刀稽古をしていた。その後、着替えて朝食を食べる。玄米に味噌汁に少しのおかず。質素な暮らしをしていた。
今日は久しぶりの休暇だ。戦続きで休みが取れなかったが常陸北部や陸奥を支配下に置いてからは、連戦ということはなくなっていた。
「しかし、休暇といっても何をすれば良いのやら」
取り敢えずは母、実弥の下に向かった。最近は長原城での生活が続いていてあまり館には帰れていない。伝えたいこともあることだ。
館の扉を開け、中に入る。公頼が死んでから実弥は元気がない。竜頼はそれを気にかけていた。
長原に仕える侍女たちが竜頼に気づく。
「若様!お戻りでしたか」
「悪いな、急で」
「いえ、そんなことは」
侍女たちがどうしていいのか分からず戸惑っていると侍女頭が出てきた。竜頼と会うのは数年ぶりだ。
「ほら、あなたたち、どうしたのですか?早く仕事を………」
「久しぶりだね」
侍女頭───
「え、若様!」
後に倒れるかというほどにのけぞる。そして、天内は竜頼を見て涙する。
「りっ、立派になられましたね」
そう言い泣いていると、竜頼の母、実弥まで出てきた。
「竜頼、久しぶりね」
「えぇ、お久しぶりですね。母上」
竜頼は思った。いつもより元気がないな、と。いつもなら走って抱きついてきても不思議ではない。そんな母を竜頼は憂う。
「ここではなんですし、中へいきましょう」
「そうね」
◇ ◇ ◇
部屋の中には実弥と竜頼が対面している。竜頼は天内から茶をもらい飲んだ。一方、実弥は一口もつけていない。
「母上、お話があります」
座り直し、竜頼は言った。実弥は少し顔を上げ、竜頼の顔を見る。
「三年が経てば、我々は軍を興し、南下します。狙うは南常陸。対する敵は北条」
建前なく竜頼は話した。実弥はそれ聞いて、青ざめる。旦那を失い、息子まで………、と思う。
「勘違いはしないでほしい」
ぴしゃりと竜頼は言い放った。実弥はぴくりと肩を震わす。
「母上」
先程とは違い、優しい声で竜頼は語りかける。
「俺は天下を統一します。父上との約束、自身の夢として、俺はやらなければなりません」
「………」
実弥は何も言わず、静かに話を聞く。
「だからこそ、必ず、戻って参ります。そこが、死地だろうと、地獄だろうと、必ず生還いたします」
竜頼は立ち上がり、実弥の手を取る。そして、笑った。
「約束です、母上」
実弥は竜頼の手を握り直す。その目からは涙が溢れていた。
「約束ですよ、竜頼!」
「えぇ、もちろん」
実弥の目に光が戻る。もう大丈夫だろう。そう竜頼は思った。
◇ ◇ ◇
数日後、竜頼は練兵場に来ていた。ここでは、刀や弓、騎馬戦などの訓練や実践訓練などをしている。
今日は第一軍の練兵日だ。竜頼直属の配下たちが訓練をしている。
「調子はどうだ、晴仁」
練兵を指揮している晴仁に竜頼は声をかける。それに気づいた晴仁は一礼して、言った。
「練度は上がってきています。雷覇や盾家を中心に第一軍の精鋭隊をできつつあります」
「精鋭隊か………。それはいいな」
竜頼は訓練している兵士たちを見る。
「っ?」
「気づきましたか、若」
「あぁ、あれは誰だ」
竜頼は指を指す。そこには雷覇と打ち合う、青年がいた。雷覇は第一軍の中で、いや、長原軍の中でもかなりの腕を持っている。あれと打ち合えるのはそうはいない。それをあの少年はやってのけている。
竜頼はそれを注意深く見ている。打ち合いが終わり、晴仁が説明した。
「あの者は
「ほう、それは面白い」
竜頼は雷覇の下に歩み寄る。
「どうだった、雷覇よ」
「竜頼様!」
雷覇は竜頼を見るに頭を下げた。それに続き他の配下も頭を下げていく。為信はというと見事に放心状態だ。こんなところに竜頼が来るとは思っていなかったのだろう。
「若、今日はどのような御用件で?」
「視察をしに来た。続けて良いぞ」
「承知」
兵たちは訓練を再開する。そして、竜頼はもう一度雷覇に問うた。
「はい、とても強かったです。一撃をさばくので精一杯でした」
「ほう、雷覇にそこまで言わせるとは」
そう言い、竜頼は為信に視線を向けた。為信はその視線に一瞬たじろいだが、すぐに、膝をつく。
「面を上げよ」
その言葉を聞き、為信は頭を上げる。
「当主殿、拙者今野為信と申すものでござる」
「では、為信よ。俺と試合をしないか?」
竜頼は鋭い眼光を為信に向け、笑みを浮かべた。そして、まずその言葉に反応したのは、晴仁であった。
「若、それは………」
続けて雷覇も心配した目で、こちらを見ていた。一方の為信は、嬉しそうな顔半分、不安半分という表情だった。
「さぁ、為信よ。どうする」
こうなってはもうだれにも止められない。為信も覚悟を決めたような表情をしていた。
「では、お願いします」
◇ ◇ ◇
竜頼と為信はにらみ合う。まだ、どちらも攻めようとはしない。にらみ合いが続く中、焦っているのか為信の手からは汗が吹き出す。それゆえ何度も木刀を持ち直していた。
一方、竜頼はというと、極めて冷静だ。その顔には余裕の表情が浮かんでいる。そして、為信の焦りを感じだったのか、一歩、前に踏み込んだ。
そして、二歩三歩とどんどん間合いを詰めていく。為信は一歩、後ろへ後退した。
『くそっ、このままでは押されていく一方だ。ならば………前進あるのみ!』
為信は後退する足を止め、前に足を出した。
「ほう、来るか」
竜頼は木刀を強く握りしめ、走り出す。為信もそれに惹かれ、防御態勢に入った。五メートル…四メートル…三メートルと距離が狭まる。
竜頼は為信の剣域に入った。
「ふっ!」
竜頼は力強く踏み込み、上段から木刀を振り落とす。為信は木刀を横にして、受け止めた。ゴンという鈍い音が鳴る。
竜頼は勢いを弱めずさらなる攻撃に入った。右凪、刺突、切り上げからの袈裟斬り、竜頼の連撃は止まらない。
『まずいな、どこかで受け流し反撃せねば!』
そして、為信は機を見つけた。竜頼の袈裟斬りが空を切った。その隙を逃さず、為信は渾身の一撃を繰り出す。
「はぁぁぁ!」
狙うは竜頼の握る木刀の手首、まず木刀から落とすつもりだ。
「甘いなぁ」
為信の木刀が竜頼に当たる寸前、竜頼は身を反転させた。今度は為信の木刀が空を切る。そして、竜頼は反転した勢いで、為信の首に木刀をやった。
「しょ、勝負あり!」
練兵場は静まり返る。
「参りました、当主様」
為信の降参の一声。竜頼は木刀を降ろした。そして、だんだんとどよめきが起こり、歓声が上がる。
「なかなかの腕前、今後も精進せよ」
「ははっ」
為信は膝をつき、返事をした。竜頼が木刀をしまい、晴仁の下に戻る。
「お見事です、若」
晴仁は感服した様子で竜頼を褒める。先の連撃は実は晴仁直伝の技なのだ。竜頼はこの連撃を成功させたことはない。
それが今成功したのだ。晴仁は改めて、竜頼のすごさを知ったのだった。
「励むことだ、お前たち」
「「御意」」
そう締めくくり、竜頼は練兵場をあとにした。
◇ ◇ ◇
「報告!上杉軍が織田軍を破りました」
「ほう、上杉が、か。これで少しは懲りてくれればよいのだが」
男は立ち上がり、月を見る。そして、悲しげな表情を見せた。
「下がってよいぞ」
「はっ」
男は兵士を下がらせ、盃に酒を汲んだ。そして、それを飲み干す。
「織田め、ようやってくれるわ」
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