第12話 殷鑑不遠

「さぁ、第二陣を突っ込め、この勢いのまま押すのだ」


 義重は大胆に攻める。武茂兼綱は各地より援軍を求め、三万程度に膨らんでいた。それに対し、佐竹軍は二万と一万少ない。しかし、義重はそれをもろともせず突き進んでいく。

 佐竹は常陸の常勝軍団であり、竜頼たちが現れなければ、常陸を治めていたかもしれない家である。それに加え、江戸・笠間軍が指揮下に入っている。


 重道は慎重すぎるところがあるが、武力も知力も兼ね備えた、オールラウンダーな軍である。

 そして、綱家は誰も思いつかぬような作戦を実行する、奇天烈な軍である。これらが合わされば敵にとっては厄介極まりない。


 兼綱は苦しい戦局を迎えていた。だんだんと押されて行くこの状況に焦っていた。ゆえに、最悪な選択をしてしまう。


「出るぞ!あやつらを平地で殺せ!」


 兼綱はそう言い出陣を決意した。家臣たちはいやいやながらもその命令に逆らうことはない。そして、最悪な形での白兵戦となる。

 結果は言うまでもないだろう。と誰もがそう思っていた。義重や重道はもちろん冷静な判断を下していた。しかし、そこに魔の手が忍び込む。


 ◇ ◇ ◇


「いかん!撤退の銅鑼を鳴らせ!」


 義重は焦る。まさかあの軍が出てくるとは思っていなかったからだ。綱家や重道たちに退却を知らせる。そして、配下を竜頼の下へ走らせた。

 それほどの緊急事態である。義重は失態を犯したと思っていた。


「くっ!撤退だぇ。早く馬を───」


「遅い」


 綱家は後ろから槍に刺された。力尽きた綱家は馬から落ちた。配下たちはそれを見て、ようやく事態の重大さに気づく。そっからはもう一方的なものだった。狩る側と狩られる側。

 佐竹軍は下野侵攻にて、大敗した。


 ◇ ◇ ◇


「急報!佐竹軍壊滅、佐竹軍壊滅です」


 竜頼は湲城にて、その報告を聞いた。驚いたもののすぐに冷静になる。そして、報告書を読んだ。

 竜頼は危機察知能力に優れていた。そして、判断力もある。それが彼らを生かした。


「撤収だ!長原城まで戻る。急げ!」


 竜頼はすぐに命令した。そして、数刻ほどして竜頼たちは湲城から出て行った。

 後ろからは砂ぼこりが見える。北条軍だ。佐竹軍壊滅の報告を受けたと同時に攻めてきた。つまり、あいつらは繫がっている。そう竜頼は確信した。


 長原城にて竜頼は義重たちと合流した。その中に笠間綱家の姿は無かった。


「戦死か?」


「はっ、申し訳ございません」


「いや、良い」


 竜頼は悔しそうな顔をしながら、そう言った。そして、すぐに配下たちに命令した。


「防衛線を敷いておけ」


「御意」


 竜頼は座る。そして、義重から戦の報告を聞いた。その内容は予想打にしなかったことだ、竜頼を含め。


「順調に攻めておりました。綱家を一陣におき、多段攻撃を仕掛け、相手が疲弊したところに我が軍で決め込む。しかし、途中で邪魔が入りました」


「上杉………!」


「はい。上杉謙信の跡を継いだ上杉景虎。やつがあの戦場───下野に入ってきたのです」


 上杉景虎。上杉謙信の養子であり、氏政たちの兄弟。景虎は武力に優れている軍を持ち、さらに謙信の死後、謙信軍まで加わり強力な軍団へと成り代わった。そんな男が大軍を率いて下野に入ってきたのだ。

 竜頼たちはてっきり信長の相手でもしているのかと思っていた。しかし、その相手をしていたのは長尾顕景であり、景虎ではなかった。


「上杉め、西には来るなと言うことか。しかし、上杉と北条は繋がっていた。ならば話は単純になってくる」


 皆は言っている意味が分からなかった。まずい状況なのではとそういう雰囲気になっていた。なっていたいたのにも関わらず、竜頼は笑みを浮かべそう言ったのだ。


「どういうことだ?竜頼」


 英松は問うた。


「上杉と北条が手を結んでいる。しかし、こちらも同じだ。信長が上杉、我らが北条を討てば、この時代に終止符が打たれる日も近づく」


 皆はごくりとつばを飲み込む。


「そんな決戦をあの男が逃すはずがない。英松、伊達氏と真田氏をこちらへ引き入れろ。四年だ、四年以内に準備を終わらせろ」


 皆の雰囲気が変わった。より一層気合が入っている。そして、一斉に立ち上がった。


「我らで戦国最強の一角、北条を堕とす!」


「「応!!」」


 ◇ ◇ ◇


 北条戦及び小田原制圧に向けて、竜頼はまず軍備の増強にかかった。

《長原軍の編成》

 第一軍、軍団長は長原竜頼。この軍には晴仁や雷覇、盾家がいる。

 第二軍、軍団長は上杉将虎。重装騎兵のいる破壊力のある部隊。

 第三軍、軍団長は佐竹義重。佐竹軍をまとめ、氏幹や義久らを従えている。バランスの取れた部隊。

 第四軍、軍団長は江戸重道。水戸・笠間軍を率いていて、戦術戦に特化した部隊。

 第五軍、軍団長は大関高増。宇留野・小野崎軍を率いていて、攻撃力のある部隊。

 第六軍、軍団長は菅正道と増田時上。遊撃部隊として、本陣付近に陣取る。

 第七軍、軍団長は英松。この軍は竜頼の護衛の兵で、個々の武力を特化した部隊。機動力にも優れる。


 そして、新たな戦術として銃撃戦が組み込まれた。銃撃戦とは馬に乗った状態から火縄銃を放つことだ。

 本来は止まった状態から撃つものだが、竜頼はその天賦の才で馬上からの銃撃を成功させている。それを配下たちにもやらせている。


 しかし、これは至難の業だ。竜頼や精鋭兵なら可能だが、それでもかなりの訓練を積んでいる。できたらいいね、くらいでやらせていた。

 続いて、城を建設していた。常陸北部に一つ、中央に二つ、東部に一つ。それぞれ、かなりの規模の城が出来上がった。


 そして、一年が経った。1577年。この年、上杉謙信が大暴走していた。信長との戦でことごとく勝利を収めている。

 西日本では島津義弘や長宗我部元親らが躍動している。そして、竜頼はというと、陸奥に来ていた。


 先の一年で伊達輝宗とともに最上氏や南部氏を降し、伊達氏が陸奥の頂点となった。

 そして数多の資源を手に入れた竜頼はあるものを造らせていた。


「お久しぶりですな、子息殿」


 竜頼が集合の場所に着くとそこには輝宗と梵天丸、伊達の配下たちがいた。


「お久しぶりに」


 竜頼は挨拶を交わす。


「お久しぶりです。竜頼様」


 梵天丸だ。もう10歳になったのかと竜頼は時の流れを感じる。そういう竜頼もまだ17歳だ。


「うむ、久しぶりだな。梵天丸。見違えたぞ」


 梵天丸は少し笑う。そこにはまだ、幼さが残っていた。竜頼は再会に頬を緩ませる。

 そして、本題に入った。


「できた、という報告があってのぅ。行こうぉか」


 竜頼たちは馬を進める。辺りにはきれいな野原が広がる。竜頼はその景色を見ながら目的地を目指す。数十分して、ある小屋が見えてくる。


「あれだそうじゃ」


 輝宗は小屋を指差す。見た目は茶色?で、すごいボロボロだ。その外観は傾いている。小屋の周りは草が生え、まったくの無手入れ状態だった。

 竜頼たちはその中に入っていく。扉を開けると一人の男がいた。年齢は60代くらいだろうか。かなり高齢だ。その男は輝宗を見るなり、ひざまずく。


「お待ちしておりました。御屋形様」


 白髪の老人はそう言う。そして、竜頼をちらり、と見た。


「あなた様が最近噂の長原竜頼様にございますか。その腕、素晴らしい。いかん、自己紹介を忘れておりましたのぅ。わしは牡鹿家宣おしかのいえのぶと申す者ですじゃ」


「長原竜頼だ。しかし、牡鹿………か」


 竜頼は疑問に思う。牡鹿なら道嶋氏の分家。しかし、道嶋の前の姓が牡鹿なのだ。つまり、道嶋になっていない。もしくわなりそこねた。


「ほっほっほっ、わしの先祖は道嶋とは無縁ですじゃ。ただ牡鹿と姓が被っただけなのですよ」


「なるほど」


 竜頼はそれで納得した。いや、納得しておいた。自己紹介が終わり、さっそく例のものを持ってきてもらう。

 家宣は少しして戻って来る。その手には細長い箱があった。家宣はそれを、開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る