戦国物語

ヤマダ

第1話 プロローグ

 戦国時代。それは、波乱の時代。各地の猛者たちが兵を集め、城を作り、君臨する。

 そして目指すは『天下統一』

 皆、それを目指し日々研鑽を積んでいる。ある武将は最強の軍隊を作り、ある武将は武を極め、ある武将は知恵を絞る。

 そんな時代に一人の赤子が生まれた。


 ◇ ◇ ◇


 1560年四月。


「奥方様!産まれましたよ。元気な赤子です!」


 侍女が涙ぐんだ声で言った。周りでは歓喜の声が上がる。嫡男の出産に皆が安堵したのだ。


「そ、そうか。それは良かった」


 奥方、長原実弥ながわらのさねみは息を切らしながらもそう答える。

 そして産まれたのに安心したのかそのまま気を失ったかのように寝てしまう。

 それもそうだろう。二人目の出産時間の平均は五〜八時間ほど。しかし実弥は十五時間以上もかかったのだ。相当辛かっただろう。


「御屋形様もおめでとうございます」


 侍女頭が頭を下げ、祝を述べる。


「うむ。さすがは我が子、あれは強くなるぞ」


 長原公頼ながわらのきみよりはそう言い豪快に笑う。


「御屋形様、ご子息のお名前はどうしましょう」


 そう問われ待ってましたとばかりに公頼は笑みを浮かべる。


「そうか。では、竜頼たつよりとしよう!」


「それは、よい名前ですね!」


 それに続き、侍女たちは賛辞を述べていく。

 

 これが長原竜頼、誕生の瞬間である。


◇ ◇ ◇


「ガァ゙ルルル」


 イノシシが叫ぶ。そして突進した。その先には1人の子供が。


「はぁぁ!」


 出された刀はきれいな右薙。イノシシの首が切れその場に倒れる。

 齢六歳の竜頼だ。もうこの年で狩りをしている。紛れもない天才だ。


「若、お見事でございます」


 そう言い近づいてきたのは、竜頼の顧問の九条晴仁くじょうはるひとである。長く長原家に仕えている家の現当主でもある。


「うん。でも、ちょっと外した」


 竜頼はそう反省する。だが、狙った場所を少し外したとはいえそれはたったの数ミリ。

 反省するほどのものなのかと晴仁は思う。


「いやいや、大分上手になられたと思われますぞ」


「そうかな」


 少ししょんぼりした姿を見て晴仁はアドバイスをする。


「では少々、手解きをさせてもらいますぞ」


 そう言い、晴仁は刀を抜く。


「先ほど若は踏み込みが甘かったのです。なので納得できないのでしょう。次からは踏み込みの足に意識してはいかがですかな」


 それを聞いた竜頼は頷く。


「わかった」


 数分してまた、イノシシがやってくる。そのイノシシは先ほどのよりでかい。体長は約四メートル、そして鋭利か牙を持っていた。

 そのイノシシは竜頼に気づいたのか、全力で駆け出す。


「踏み込みに意識して……」


 呼吸を整え、刀を構える。そして、間合い一メートルほどで刀を一閃。見事な逆袈裟だ。

 イノシシは倒れ、活動を停止する。


「お見事。先ほどの反省をよく活かしておりましたぞ」


 竜頼は褒められ、少し笑う。


「ありがとう、晴仁」


「もったいないお言葉でございます」


 晴仁は竜頼からの感謝に感激する。良い子に育ったなという表情をしていた。

 その後二人は館へ帰る。


「母上、ただいま戻りました」


 館に戻ると実弥が一番に出迎える。ほか数名の侍女を連れ、竜頼の帰りを待っていたのだ。


「おかえりなさい、竜頼。今日の狩りはどうだったのかしら」


 そう聞かれ、竜頼は満足そうに答える。


「今日はイノシシを二頭狩りました。晴仁にも褒めてもらいました」


 実弥は笑顔で晴仁に感謝を伝える。


 夕食の時間になる。今日の献立は玄米に味噌汁と野菜だ。ここ、長原家はそれほど大きい家ではないため収入が多くあるわけではない。

 自給自足と街で薬を売っているのみで生活はかつかつだ。それでも、皆が充実していた。


「竜頼」


 夕飯の最中、公頼が竜頼に話しかける。呼ばれた竜頼は食事の手を止め、公頼に向き直る。


「はい、何でしょう。父上」


「お前は将来、この家を継ぎ戦乱に身を置くことになる」


 公頼の言葉に竜頼はより一層真剣な面持ちとなる。


「そこで明日よりお前には武者修行をしてもらう」


 竜頼は首を傾げる。ほかの皆もそうだ。


「武者修行……ですか」


「あぁ、晴仁とともに六年間諸国を歩き、お前には強くなってもらう」


 皆は驚き、公頼を見る。


「戦に勝つには、色々なものが必要だ。まず、自らの手足となる軍隊が必要となる。そして、それを指揮する知識、軍の前に立ち前線で戦う勇気なども必要だ」


 竜頼は頷く。だが、分かっていても『智・武・勇』を兼ね備えることはそんなに簡単なことではない。


「ゆえに、明日からの六年間で自らを鍛え、そして、信頼できる仲間を見つけてこい!」


「っ!はい、父上」


 このときこの二人以外は皆が同じ感想を抱いただろう。『六歳にそんなに期待する?』と。

 しかし、公頼は確信していた。日本を変えるのは竜頼だと。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の朝、竜頼出発の時。


「嫌になったらいつでも戻ってきていいからね」


 実弥は心配そうにそう声をかける。ほかの侍女たちも頷いていた。


「はい。ですがこの修行やり遂げてみせます」


 笑顔でそう答えると、少し心配が和らいだようだ。


「では、行ってきます!」


 馬が走り出す。まず向かう先は岩代国(現在の福島県)。晴仁の提案により岩代国では、軍略を学ぶことになった。道中では時折、狩りや各地の剣豪たちと試合をした。そこでは刀の扱い方や抜刀術、人体の弱点など多くのことを学んだ。また、晴仁からは薬についても学び、薬学にも精通するようになる。

 1567年二月、ある男に試合を申し込まれた。竜頼は断らずにその申し入れを受けた。試合の場は河川敷。二月の風は寒く肌を貫くような痛さに見舞われる。竜頼たちが河川敷に着くとその男はすでにいた。年は六十歳くらいで、白い長髪と白髭を蓄えた炯眼の老人だった。

 その男は竜頼たちに気づき寄ってくる。


「今日はわしの提案を受けてくださり感謝する」


 竜頼は一瞬にして分からされた。その男の技量が。


「ではさっそく、やりましょうか」


 そう言い、男は刀に手をかける。その構えは竜頼の見たことのあるものだった。


「……抜刀術」


 刀を抜かず右足を前に構え、腰を落としている。その構えで、やはりすごい人だと竜頼は認識する。

 一方、竜頼の構えは非常に豪胆だ。両足を斜めに開き、左手で柄を握り、右手を刀の切っ先に置く。片手突きの構えだ。


「ほう。突きですか。おもしろい」


 両者は極限まで集中し、晴仁の合図を待つ。


「始め!」


 その合図とともに竜頼は踏み込む。男も刀を抜き始め、竜頼の首を狙う。その時、狙っていたかのように竜頼は足を抜く。急に視界から消えたかのように見えた男はそのまま刀を抜こうとする。

 しかし抜けなかった。竜頼が突きで狙ったのは男の体ではなく刀。ガキィィンと激しい金属音が鳴る。竜頼は突きの後、左足を軸に左に回転しながら男の首を狙おうとしたとき、竜頼の首には刀があった。


 奥義之太刀『添截乱截てんせつらんせつ


 相手の攻撃を執笛勢の構えで刀で受けるよう相手を誘い、斜め前に体をずらし相手の腕を削ぐように斬り裂く。


「参りました」


 竜頼は降参の意を示し、刀を鞘に納める。その男も刀をしまい、笑う。


「フハハハ、これほどまでわしを追い詰めたのものはそうそうおりませんぞ。貴殿には才能と努力の結晶がある。励めばわし以上になるやもしれませんな」


 竜頼と晴仁は首をかしげる。この人はそんなにすごい人なのだろうか、と。


「おっと、申し遅れました。わしの名は上泉信綱かみいずみのぶつなと言う」


 2人は驚愕した。上泉信綱といえば、新陰流の開祖であり、最強の剣豪と呼ばれている。

 そして、そんな男に強いと言わせた竜頼の将来が楽しみであった。


「そんなにすごいお方とは」


「フハハハ、だがわしよりも強い男はいたぞ。昔な」


 その言葉に興味を持った、竜頼が問う。


「そ、それは誰なんですか」


塚原卜伝つかはらぼくでんじゃ」


 塚原卜伝といえば、上泉と並び戦国時代に双璧をなした剣豪だ。


「あの、信綱殿」


「ん?なんじゃ」


 信綱は理解していただろう。次になんというかを。


「俺に、刀を教えてください」


 信綱は笑って答える。


「良かろう。だが、数日のみだぞ。わしも行くところがあるのじゃ」


「はい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る