第7話 生殺与奪

「なんの御用で、最上御前殿」


 公頼の問いに輝宗は豪快に笑った。


「がははは、そう好戦的になるなよ、長原当主殿。ぬしたちが佐竹と揉めあってるって聞いてな、来てみただけのことよのぅ」


 そう言い、自前の酒を飲み干す。空になった瓶を配下に渡し、新しい酒を要求する。


「で、どうなったのじゃ」


 輝宗は酒瓶を持ちながら聞いてきた。


「我々が勝ちましたよ、圧勝でね」


 答えたのは公頼ではなく竜頼だ。


「主は誰ぞ?」


 鋭い眼光で輝宗は問うた。竜頼は座り直し、名乗りを上げる。


「長原家嫡男、長原竜頼」


 ほう、と輝宗は竜頼を見る。


「して、圧勝とは」


 竜頼は戦の詳細を話した。八溝山での戦い、佐久早城での戦い、平原での戦いなど、事細かに話した。


「なるほど………」


 輝宗は鋭い眼光で竜頼を見た。そして、


「素晴らしい、ではないか!」


 立ち上がり、大仰に褒め称える。公頼は呆気にとられていた。

 すると、輝宗は自らの配下に誰かを呼び出させた。少し経ち部屋の外から声が聞こえた。そして、障子が開く。入ってきたのは、幼い子供であった。


「こやつは梵天丸ぼんてんまる。わしの息子じゃ」


 梵天丸は紹介され、頭を下げる。竜頼は一つ気になることがあった。それは、右眼に眼帯にしていることだ。


「これが気になるか」


 心に見透かされてか輝宗は竜頼を見る。うなずくと素直に答えた。天然痘による失明、と。

 天然痘は紀元前より、伝染力が非常に強く死に至る疫病 として人々から恐れられていた。

 また、治癒した場合でも顔面に醜い瘢痕が残るため、江戸時代には「美目定めの病」と言われ、忌み嫌われていたとの記録がある。(現代知識)


「それで、こやつは内気になってしもうてな」


 一つ願いがある、そう輝宗は竜頼と公頼に言った。


「年の近い主にこやつを少し預けてはくれんかのぅ」


 竜頼は公頼を見る。最終的な決定権を持つのは公頼であるため公頼の了承を待った。


「……良かろう。竜頼、頼むぞ」


「承知しました」


 竜頼は梵天丸とともに部屋を退出し、外へ出た。竜頼は梵天丸に話しかける。


「梵天丸、好きなことはあるか」


 そう聞くと梵天丸から意外な答えが返ってきた。


「わ、和歌や茶の湯などを少々嗜んでおります」


「ほう、どんな和歌が好きなんだ」


「相聞歌を良く聞いたり、します」


 そこから数十分互いについて話し合った。梵天丸も最初の方は緊張していたものの、段々とそれもほぐれていき表情も良く笑うようになった。

 しかし梵天丸は少し俯く。そして、竜頼に質問する。


「こ、この眼帯、竜頼様は、ど、どう思いますか。なんて、へ、変ですよね」


 自虐したようなその言葉を竜頼は否定した。


「そんなことはない」


 梵天丸は驚いて、竜頼を見る。竜頼は言葉を続けた。


「お前の隻眼はお前がお前である象徴だ。天然痘の死亡率は五割程度。それにお前は勝ったんだ。お前の仲間と、紛れもない梵天丸、お前の力でだ」


 なおも続けた。


「失明した。その事実は変わらない。だが、未来は変わる。卑屈になるな、誇れ。自分に自信を持てば世界は変わる」


 竜頼の言葉に梵天丸は涙を流す。今まで家族以外、誰も自分の右眼を受け入れなかった。しかし、今ここに新たな理解者を得たのだ。

 梵天丸の心は満たされる。これは枷ではないんだと、理解する。


「あ、ありがとぉ、、、ございます」


 ◇ ◇ ◇


 数年後、1576年。竜頼は十六歳になった。この三年間で世界は動いた。まず信玄公の死亡だ。そして、その後を継いだ武田勝頼は昨年織田・徳川連合軍と戦い、自害したと。

 また、織田信長が躍動していた。一乗谷の戦いや小谷城の戦いなどで領土を拡大していった。


 そんな中、竜頼は元服していた。長原の当主となった竜頼は今、長原の館に馬を走らせている。

 息を荒げながらも館にたどり着く。そして、父、公頼の部屋へと走った。


「父上!!」


 障子を開き、竜頼は声を上げる。竜頼は公頼の姿を見た。


「お………ぉ、我が………むす………こ、よ」


 かすかながら公頼は声を出す。寿命なのだ。戦国時代では五十歳まで生きれば長生き、そういう世界なのだ。


「えぇ、来ましたよ。父上」


 竜頼はその容態を見て、いいや、報告を聞いてから理解していた。父がもう長くないことを。助からないことを。ゆえに、最期を見届けるためにここまで来たのだ。


「お、おま……え…は、この………常陸国…をはん……ぶん、支配……した」


「お前なら………できる。天下………統一、も夢……じゃ、ない」


 公頼は最期の力を振り絞り言った。


「この………時代…に、終止符を打て!!」


 がはっ、と血を吐く。公頼は満足そうに笑い、竜頼を見た。

 竜頼は父の手を取り、言った。


「もちろん………もちろん、やってみせますよ、必ず」


 公頼の手は力を失くす。


 『1576年。長原公頼、老衰。』


 竜頼は涙を流しながら、独り言をつぶやくように、安らかにと言う。

 この三年で、竜頼は仲間とともに常陸国の北半分を実質支配した。宇留野氏や小野崎氏、笠間氏、江戸氏などを破り、参加に加えた。そして、南下しようとしたときにこの吉報だった。


「ならば、なおさらやらねばならぬ」


 覚悟を決め直す。そして、皆に告げた。


「我らは常陸の北半分を支配している」


 皆はうなずく。そして、次の言葉を待った。


「………南下する時が来た!俺たちはここから、南下し常陸全域を支配する。小田氏、大掾氏、結城氏を降す。準備せよ、出陣だ!」


 ◇ ◇ ◇


 大地が震撼する。長原軍三万が長原城から出陣した。その軍には佐竹義重や大関高増おおぜきたかます江戸重道えどしげみちなどが配下に加わり、戦力は増強された。

 それに加え、竜頼の参謀である英松、竜頼直下の武将、上杉将虎、公頼軍を指揮する晴仁。これだけの戦力を有し、南下を始めた。


 それに気づいた小田氏、大掾氏、結城氏やその他南側の武将たちは同盟を組み、迎える形となった。


「始めるか。佐竹と大関を出せ。まず大掾を潰す」


 1576年、常陸全面戦争が開戦した。智将である佐竹義重は平原に位置する大掾貞国だいじょうさだくにを包囲しにかかる。


「貞国様、佐竹軍が来ました。その数約、約一万」


「一万……だと!」


 貞国は目を見開く。そんな馬鹿な、と顔に書いてあった。


「とりあえず、他から援軍を要請しろ」


 配下を小田氏の下へ走らせる。そして、貞国自身は立ち上がり兜をかぶる。


「我らも出陣だ。佐竹を降し、敵軍を討つ!」


「「応!!」」


 配下八千を率い、討伐に向かった。

 斥候からの報告を聞いた義重は高増を呼ぶ。あちらは義重以外にはいないと思っている。高増軍が来れば勝ちは揺るがない。そう義重は考えていた。


「義重、敵は俺達より少ない。お前だけでいいのではないか?」


「ならんのだよ、それではな。確実に潰さねばいかん」


 高増は不服ながらも参戦を決めた。


「さぁ、お前ら。そろそろ始まるぞ、氏幹うじもとを呼べ」


 義重は側近の真壁氏幹まかべうじもとを呼ぶ。そして、作戦を伝えた。


「昨年、長篠の戦いにて織田信長は鉄砲三段撃ちとやらをしたらしい」


 聞いていた氏幹は嫌な予感がした。


「やろう、それ」


「本気ですか?」


「あぁ、もちろん」


 氏幹はため息をつき、その場を去っていく。氏幹は佐竹義斯さたけよしつなとともに戦場に向かう。


「先鋒はそなたに任せる」


 義斯は厳しい面持ちのまま、戦場を俯瞰する。いつも通りだな、と氏幹は思った。


「えぇ、二陣は任せますよ」


 氏幹は横陣を敷いた。そして、配下に命ずる。


照重てるしげ、魚鱗の陣だ」


「はっ」


 素早く逆三角形を築いていく。そして、義重からの号令がかかった。


「突撃せよ」


 手を前に出し大仰に言う。それと同時に銅鑼が鳴る。ゴォーン、ゴォーンと音を響かせ、佐竹軍は前進した。


「進め!るべき首は大掾氏ただ一つ」


 馬の足音が響く。

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