第42話 そっちの方が怖ぇよ

『……オカシイ』


 マザーリザードは大きな違和感を覚えていた。


 大量の卵を産み落とし、そこから子供が次々と孵化。

 生まれた幼体はあっという間に成体になるため、すでにこの沼地に溢れかえるほどの数になっているはずだった。


 しかし明らかにそんな気配はない。

 母たる彼女は、我が子たちの反応が明らかに少ないことを理解していた。


『何カガ……我ガ悲願ヲ……邪魔シテイル……』


 この沼地に彼女の崇高な目的を挫く天敵がいる。

 そう直感したマザーリザードは、ゆっくりと動き出した。


 上位種を数多く含む護衛を引き連れ、沼地を闊歩するマザーリザード。

 するとすぐに悲劇的な光景に遭遇する羽目になる。


『愛シノ我ガ子タチガ……』


 我が子たちの死骸が沼地を埋め尽くしていたのだ。


『絶対ニ、許サヌ』


 怒りに燃えたマザーリザードは、沼地を歩き回った。

 必ずや邪魔者を見つけ出し、仇を取らなければならない。


 邪魔者を発見するまで、そう長くはかからなかった。


『イタ。奴……イヤ、奴ラダ』


 足場の悪い沼地を、悠然と進軍する漆黒の集団だ。

 隊列を組みながら、立ちはだかるリザードマンたちを瞬く間に斬り殺していく。


 しかも通過した後に残った死骸は鱗を剥がされ、体内の魔石が抉り取られている。


『殺ス……絶対ニ殺ス』


 激高するマザーリザードだが、漆黒の集団は彼女には見向きもせずに遠ざかっていってしまう。

 やがて姿が見えなくなってしまったものの、その姿ははっきりと彼女の脳裏に刻まれたのだった。


『全我ガ子ニ命ズル。奴ラヲ殺セ』




     ◇ ◇ ◇




 今までずっと産卵しかせず、同じ場所にいたマザーリザードがいきなり動き出した。

 多数の配下を連れながらの進軍で、沼地を散々歩き回った。


 一度、影騎士たちの部隊と大きく接近したが、マザーリザードは攻撃しないようにと命じてあるため、すぐに撒くことができた。

 巨体だけあって、マザーリザードはそれほど速くは動けないのだ。


 しかしそれ以降、影騎士たちの元へリザードマンが殺到するようになった。

 もしかしたらマザーリザードが何らかの命令を出したのかもしれない。


 こちらとしては好都合だった。

 なにせ相手の方からわざわざ近づいてきてくれるのだ。


 影騎士たちは無数のリザードマンを斬って斬って斬りまくった。

 昼夜も休む暇も一切ない。


 もし人間の騎士たちだったら疲労であっという間に全滅しているだろう。

 だけど幸い影騎士には睡眠も食事も必要ない。もちろん痛みもない。


 僕からの魔力供給さえ続いていれば、攻撃を受けてもすぐに修復する。


 魔法を使える相手だったら一撃で影を消し飛ばされ、修復ができなくなってしまう可能性があるけれど、相手は物理攻撃一辺倒のリザードマンだ。

 影騎士との相性がめちゃくちゃいい魔物である。




     ◇ ◇ ◇




「一体何が起こってやがるんだ……?」


 Cランク冒険者のギエナは、沼地に溢れかえるリザードマンの死骸を前に思わず呻いた。


「これだけリザードマンが繁殖しているとなると、マザーリザードが出現したのは間違いないないだろう。だが、それが死骸ばかりになっているこの状況はまったく理解できねぇぞ」


 現状把握のため、彼女を含めたCランク冒険者たちは定期的に沼地に足を運んでいた。

 マザーリザードの出現がほぼ確実視されている一方で、未だにリザードマンの大量死の理由ははっきりしていなかった。


「……やはり鱗の大部分が奇麗に切り取られています。魔石も抜かれているようですし、こんな真似、人間以外には不可能でしょう」


 死骸を確認しながら、パーティメンバーの一人が難しい顔で言う。


「となると、どこかの誰かがリザードマンを殺しまくってるってことか? この数だぞ? ソロじゃ絶対に無理だぜ? パーティでも不可能だ。もはや軍隊とかじゃねぇと……。そもそもこんな真似ができるなら、とっととマザーリザードを討伐してるだろう」

「そうですね……。もしかすると何らかの目的をもって、あえてマザーリザードを生かしたままにしているのかも……」

「……マジで何なんだ。もはやマザーリザードなんかより、そっちの方が怖ぇよ……」


 マザーリザード攻略におけるセオリーは、マザーリザードの居場所を特定し、一気に討伐してしまうことだ。

 延々と産み落とされ続けるリザードマンを相手にしても、数を減らすことはまず不可能で、やがては爆発的な繁殖に屈してしまうだろう。


「それにしても、先ほどから死骸ばかりで生きたリザードマンをまったく見かけませんね?」

「確かにそうだな。まさか、殺し切っちまったってことか?」


 十分に警戒しつつさらに探索を続けた彼女たちは、信じがたい光景を目撃することとなった。


「何だ、あの塊は? なんか動いてるような……って、まさか、大量のリザードマン!?」


 信じられない数のリザードマンが、沼地のある場所に大集合していたのである。

 しかも方々から新たなリザードマンが続々と集まっていく。


 慌てて枯れ木の陰に隠れつつ、彼女たちは様子を確認した。


「な、何かと戦っているようです」

「となると、あそこに大量死を引き起こしてる犯人がいるってことか!」


 枯れ木に登り、そこから目を凝らすギエナ。

 すると見えてきたのは、リザードマンの大群に囲まれて奮闘する、とある集団だった。


「なんだ、あれは? 真っ黒い全身鎧みてぇなやつらが……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る